25-5
とんだ爆弾が増えてしまったが、俺がやるべき仕事は変わらない。
彼女らに注文された品を置いた後、新たな客が来たことを確認して、出迎えに行く。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
大学生くらいの女性二人組の前に立った俺は、とびっきりの営業スマイルを浮かべる。
どうやらそれがお気に召していただいたようで、二人は何だかきゃいきゃい言いながらはしゃぎ始めた。
「二名様でよろしいでしょうか?」
「はいっ。あのあの、接客って君がやってくれるの?」
「え? あ、はい。私の方で担当させていただきますが……」
「えー! めっちゃ嬉しいんですけどぉ!」
どこがお気に召したのかは分からないが、身内びいき抜きで褒められるというのも悪くない。
少しだけ気分がよくなっていると、後ろの方であの三人が騒がしくなったのを感じ取った。
さりげなく横目で確認してみれば、玲が水の入った紙コップを握り潰してしまったのを二人が慌てた様子で隠している。
ダイナミックにこぼしてしまったわけではなさそうだし一旦放置しておくが、ひとまずこれ以上分かりやすく喜ぶのは控えた方がよさそうだ。
「ではこちらへどうぞ」
「はーい!」
浮かれた様子でついてくる二人を席に案内し、注文が決まるまでに紙コップに水を入れて提供する。
その際に何故か呼び止められた俺は、一度彼女たちの席の前で立ち止まった。
「ねぇねぇ、君なんて名前?」
「志藤と申します」
「上だけじゃなくて、下の名前は?」
「……凛太郎です」
「へぇ、りんたろーくんって言うんだー。可愛い名前だね」
「そうでしょうか?」
「りんたろーくんは彼女とかいるのー?」
「いえ……現在交際している相手はいません」
「えー⁉ こんなにカッコいいのにもったいなくない?」
「そんな……自分なんて大したものじゃ――――」
「でも彼女がいないならー、あたし立候補しちゃおうかなー? なーんてね」
「ははは……」
何だよこの会話。
どう反応していいのか分からず、俺はとりあえず愛想笑いで流すことにした。
あからさま過ぎるかと一瞬考えてしまったが、そんなことは関係なしに目の前の二人の女性は楽しげに笑っている。
すると再び後ろの席からぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえてきた。
またもや目線だけで確認してみれば、今度は玲だけでなくミアまでもが紙コップを握り潰している。
何だか背筋に悪寒が走った。
「凛太郎! ちょっと手伝ってくれねぇか⁉」
「え、あっ! 分かった! 今行く!」
慌ただしく動いていた堂本に声をかけられ、俺は今まで接客していた彼女たちのテーブルから離れる。
正直助かった。別に不快な思いをしたわけではないが、客故に無碍に扱えない以上、無駄に時間が取られてしまうところだった。
「えー! 行っちゃうの?」
「申し訳ありません。注文がお決まりになりましたらまたお声掛けください」
残念そうな声を背中に受けながら、俺は柿原と堂本の手が回っていない客の対応へと向かう。
全体的な席の数は対応しきれなくならないために少なめにしてあるつもりだが、それでも回転率が上がってくれば忙しさは増えていく。
俺たちと同じ時間帯に入ってくれている女子たちはファミレスでバイトしているらしく、男性客を手際よく捌いていた。申し訳ないことに、それに俺たちの対応が間に合っていない。
(くそっ……やっぱり働くもんじゃねぇな)
まだ仕事は始まったばかりとは言え、とにかく慣れていかないことにはどうしようもない。
すでに柿原は小慣れてきている様子が見られるし、俺も堂本もさっさとついて行けるようにならなければ――――。
「――――ほらお前ら! さっさと来いよ!」
そうして改めて俺が動き出した時、入口の方から苛立った様子の男の声が聞こえてくる。
そこにいたのは、他校の仲間を引き連れた金城だった。
仲間に囲まれお山の大将気分なのか、いつも以上に態度が悪い。
接客に向かった女子も、どことなく困った様子を見せている。
「はぁ……ったくよぉ、お前らがこんな時間まで寝てるからギリギリになっちまったじゃねぇか」
「来てやっただけでも感謝しろよぉ……俺らまだねみぃんだからよ」
金城の後ろで欠伸をしている連中は、さっき見かけた時にはいなかった奴らだ。
これで合計五人。いつの間にか、だいぶ目立つ集団になっている。
「えっと……おかえりなさいませ、ご主人様。五名様でよろしいでしょうか?」
「あ? 見りゃ分かんだろ」
「し、失礼しました! 席にご案内いたします」
だいぶ不快な態度を取っている金城は、苛立った様子のままメイド姿の女子の後ろをついていく。
その際奴の仲間がヘラヘラとウザったらしい笑みを浮かべながら、目の前の女子へとちょっかいを出し始めた。
「へー、安っぽい感じかと思ってたけど、意外と本格的じゃん? 君も可愛いし?」
「あ、あの……やめて」
「え? 別にいいじゃんいいじゃん。ほら、ちゃんと接客してくれよー」
男はベタベタと女子に触れようとしていて、彼女は不快そうな、怯えたような、そんな表情を浮かべていた。
これはさすがに目に余る。
やめてもらうよう声をかけに行こうとすると、その前に正義感の強い柿原が動き出した。
「あの、うちのクラスの女子に触れるのはやめてもらっていいですか?」
「は? まだ触ってねぇだろうが。言いがかりも大概にしてくれよ。態度悪い奴だな」
「なっ……」
態度が悪いのは明らかに向こうだが、彼らは悪びれる様子もなく、むしろ注意するために割って入った柿原のことを馬鹿にするように笑っている。
そんな連中の顔を見て今にも怒りを爆発させようとしているのが、堂本だ。
堂本は眉間に深い皺を寄せて、柿原の後ろから奴らに対して詰め寄ろうとする。
「……竜二、抑えてくれ」
しかし、そんな堂本を柿原が手で制する。
「でもよ……」
「失礼しました。引き続きうちのメイド執事喫茶をお楽しみください」
柿原はこの連中がとにかく面倒臭い相手だと判断したのだろう。
このまま堂本を奴らに近づければ、最悪暴力沙汰になった可能性もあった。
もちろん堂本から手を出すようなことはないだろうけど、向こうが本気で問題を起こそうとするならばそうもいかない。
だからここは牽制だけで事を一旦治め、ここからの接客を女子と変わるつもりのようだ。
「柿原君……」
「大丈夫だから、任せてくれ」
女子を別の接客に向かわせ、柿原が金城一派を案内し始める。
しかし奴らがそれに不満を抱かないわけがなく――――。
「おいおい! メイドがもてなしてくれるって聞いて来てやったのに、何で野郎に担当されなきゃならねぇんだよ!」
「申し訳ありません。彼女たちも忙しいもので」
「はぁー、冷めるわー。なあ金城ォ、お前が俺たちを連れてくる時に言ってたことは嘘なのかよー?」
気になる言葉を金城に投げかけたその男は、不満げなフリをしつつ狡猾な笑みを浮かべていた。
それは奴だけでなく全員が浮かべているものであり、中心にいる金城はそんな連中をなだめるように手で制す。
「いやいや、絶対いるんだって。こいつらも騒ぎになるから隠してるだけだ」
金城のセリフを聞いて、俺の背中に嫌な汗が伝う。
ここに来て、ようやく金城の目的が理解できた。
「お前ら男子に用はねぇんだよ。さっさと出せや、ミルスタのレイをよぉ!」
わざわざ声を張るようにして、金城はあいつの名前を口に出した。
廊下にもその声が響き渡ったせいで、一般客たちがざわめきだす。
ミルフィーユスターズのレイが通っている学校だからという理由でここを訪れている奴もいるくらいだ。そんな声が聞こえてくれば、いるはずのない人間を求めて多くの野次馬が寄ってくることだろう。
それこそが金城の狙いだ。
玲にフラれたことに対する逆恨み――――復讐である。