25-1 文化祭当日
そしてついに、文化祭当日が訪れた。
朝早くから学校に集まった俺たちは、教室に集まり各々の準備を始める。
この教室内に、当然ながら玲の姿はない。
(いい考えがあるって言ってたけど……)
何か嫌な予感がするんだよなぁ。
俺は普段の乙咲玲のことを頭がいい存在だと思っているが、それはあくまで"普段の"彼女であればという話であり、欲望に任せた突発的な行動のことは指していない。
何かめちゃくちゃな行動を起こさなければいいのだが————。
「凛太郎! 衣装合わせするよ!」
「ん? ああ……」
雪緒に呼ばれ、俺は衣装がある場所へと向かう。
衣装は六着しかなく、三着はホール用であり、もう三着はサイズが合いにくい場合における予備だ。
そうして余った衣装に関しては、時間のある人間が自由に着て宣伝として出歩くことになっている。
ちなみに女子の方も同じだ。
「あ、志藤も今日だっけ?」
「うん。三番目の予定だよ」
俺が近づいてきたことに気づいた衣装を持っているクラスメイトは、俺の背丈を一瞥して衣装を一着渡してきた。
「志藤は180はいってないよな?」
「ああ、そこまではいってないよ」
「まあ平均よりはでかいし、Lサイズで合わせてみてくれ」
「了解」
渡されたLサイズのジャケットを羽織ると、俺にはぴったりのサイズであることが分かった。
普段着を買う時も基本的にはLサイズを目安にしているから、これもこのままで大丈夫だろう。
「ジャケットが合うなら大丈夫だな。中身に関しては自分のワイシャツをそのまま着てもらって、蝶ネクタイとズボンはここにあるやつを履いてくれ」
「分かったよ」
俺がこれを着ることになるのは、文化祭開始から四時間後。
二時間単位で三コマある一日のスケジュールのうち、最後のホールを担当することになっている。
俺がそこを希望してシフトを組んでもらったのだが、理由としてはまず客が少なくなることが見込まれるからだ。
去年の傾向からして、一般客の大部分が午前中で満足して帰っていく。
もちろんそれでも目に見えての変化は期待できないだろうけど、俺がこの時間を選んだのにはもう一つ理由があった。
「三番目かぁ……羨ましいな。一番目と三番目はストリートダンス部のステージの時間と被ってるもんなぁ」
「ははは、じゃんけんで勝ててよかったよ」
表向きは爽やかに。そして内心でほくそ笑む。
うちの学校にはストリートダンス部というものがあり、男女問わず様々なダンスに取り組んでいる。
彼らのステージはかなりクオリティが高く、毎年生徒も一般客も問わず多くの観客を集めていた。
故にその時間帯は他の出し物に対する客が少なくなる。いつでも訪れることのできる店系に対し、時間が決まっている公演系の出し物に人が集まるのは当然と言えるからだ。
それを理解しているコスプレ自体にそこまで乗り気でない連中としては、狙わない理由がない。
もちろん俺も執事服を着て人前に立つことに喜びを覚えるタイプではないため、極力人に見られない方がありがたいわけで。
特定の時間を狙う他のライバルたちとの運試し(と言う名のじゃんけん)に勝利した俺は、見事目当ての時間を手に入れたのだ。
――――と、思っていたのに。
「でも三番目って柿原と堂本も一緒だよな? 結局あいつら目当ての客が来そうだよな」
「……ウン、ソウダネ」
そう、何故かあいつらと同じ時間帯なのだ。
クラスカースト一位の陽キャ筆頭みたいな連中なのに、何故かこの時間を狙い、そして何故かじゃんけんにまで勝利したのである。
主人公のような絶対の運を持っていると言うか、補正がかかっているというか。
ともかく目で見て分かるイケメン二人が執事姿で出迎えるのだ。
噂はすでに他校にまで及んでいると聞くし、一目見ようとする連中が多くなっても不思議ではない。何ならストリートダンスを見た後にこっちに流れてくる可能性もある。
要するに、楽できると思っていた俺のプランは無に帰したということだ。
「よぉ、凛太郎。衣装合わせできたか?」
「あ……LLサイズの男だ」
「ははっ、何だよそのあだ名」
やけに楽しそうに、柿原を引き連れた堂本が俺の下にやってくる。
ガタイのいい堂本は俺よりもワンサイズ上のジャケットを羽織っており、隣にいる柿原は俺と同じLサイズのジャケットを手に持っていた。
「なあ、凛太郎。何かやたらと女子たちが俺の見た目を整えようとするんだけど、そんなに今日の俺やばいかな?」
「……いや」
不安そうに問いかけてくる柿原の見た目は、普段通り憎らしいくらいの好青年だ。
周りの女子がそうやって彼を取り囲む理由としては、最強の執事を誕生させたいが為だろう。
「素材がいいから、理想の執事って感じで完璧に整えたいんじゃないかな? 祐介君自体はいつも通りだよ」
「そ、そうか? うーん……まあ凛太郎が言うなら」
こいつの憎たらしいところの一つは、自分が優れていることへの自覚がない部分である。
と言いつつも、変に気取ってくる奴よりは百万倍マシだけどな。
玲に迫っていた金城がいい見本だ。
「……そろそろ時間か」
柿原が壁に備え付けられた時計を見て言う。
あと十分かそこらで、一般客が入れる時間だ。最初の当番はもう準備を終えて配置についていなければならない。
「よし、皆! 改めて頑張ろう!」
「「「おー!」」」
こうして、今年の文化祭が幕を開けた。
◇◆◇
「……平和だ」
俺は校内を歩きながら、極めて小さな声でつぶやいた。
人口密度はかなり濃い。以前からこの学校の文化祭は評判がいいし、ちらほら他校生の姿も見受けられる。
そのせいかうちの生徒が他校生にナンパされているところと遭遇したが、逆にこっちの男子が他校の女子に声をかけている姿もあるため、それはお互い様ということで。
教師も巡回しているし、万が一にもトラブルが起きても何とかしてくれるだろう。
――――さて。
「……暇だね、凛太郎」
「ああ、暇だな」
俺は隣を歩く雪緒とそんな会話をしながら、廊下を歩く。
雪緒が女子と文化祭を回るのは明日。この後ホールとキッチンをそれぞれ一コマずつこなして、明日は完全にフリーという形にするらしい。
「とりあえず小腹でも満たす? 外じゃ焼きそば売ってる場所もあるらしいけど」
「朝飯はしっかり食ってきちまったんだよなぁ」
「じゃあかき氷とかは?」
「ラインナップが縁日すぎねぇか?」
「そういうテーマらしいよ。C組がやってるって」
へぇ――――と口にして気づいたが、俺はあまりにも他のクラスのことに無頓着だった。
思えば、クラス単位の出し物に関しては何があるのかすら把握していない。
どうりで暇になるはずだ。何せ目標がないわけだからな。
「んじゃ行ってみるか。見て回るだけでも時間潰せそうだし」
「そうだね」
二人して校舎から出てみれば、外には確かに祭りの縁日のような出し物がいくつか並んでいた。
運動部の男子が必死に大量の焼きそばを焼いている姿は、見る者に本物の縁日を想起させる。
「外で焼きそばを買うなんて何年ぶりだろ? ちょっと楽しみだなぁ」
そうだな、と言おうとして口を閉じる。
思えば柿原たちと行ったプールで食べたではないか。あの時の味を思い出すと、空腹が突然加速したような感覚に襲われた。
「……やっぱり俺も食べるか」
「お、食いしん坊だね」
「どっかの金髪アイドルには負けるわ」
あいつの食欲は常識を超えていると言っても過言ではない。
あの食い意地に比べれば、俺の食欲なんて可愛いものだ。
『――――ねぇ、本当かな?』
「……ん?」
屋台に向かう途中、一般客とすれ違った際に聞こえてきた声に思わず反応してしまう。
『ここってあのミルスタのレイが通ってる学校なんでしょ? ネットで見たもん。絶対どこかにいるって』
『でもそれじゃ騒ぎになっちゃわない?』
『いいからいいから! とりあえずレイのクラスに行ってみようよ!』
――――まあ、そういうことが目当ての客もいるわな。
玲と会えるかもしれないと期待する気持ちは理解できる。
ただどう頑張ろうが、今日のところは学校にすら来ていないのだから会えるわけがないのだ。
気がかりなのは、それだけのことで俺たちに文句を言ってくるような厄介な輩がいるかもしれないという点。
願わくば、何のトラブルもなくこのイベントを乗り切りたいものだ。