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24- 前日

「衣装届いたよー!」


 文化祭前日の放課後。

 教室内に残った俺たちの下に、ダンボール箱を抱えた女子たちが駆け込んでくる。

 その後ろからさらに大きなダンボール箱を持った柿原が現れると、それを俺たちの前に置いた。


「予算の都合で極力レンタル数を少なくするために、ちょっとサイズが合わなくなる人も出るかもしれないんだけど……とりあえずは一日目と二日目で使い回していく感じで頼む」


 フロアの人間は基本的に男子三人、女子三人という人数配分で、二時間ごとにローテーションさせていく。

 そしてキッチンの人間も同じ人数で回していくため、最低でもクラス全員がフロアとキッチンの両方を二時間ずつ担当するというシステムだ。


 ちなみに初め時間割を雪緒と合わせるつもりだったのだが、あいつが女子から誘われて一緒に回ることになったため、この話は破談となっている。

 さらに加えて言うのであれば、相手の女子はあの調理実習の時に雪緒を誘った宮本さんだ。

 順調に青春していて何よりである。

 

 ――――と俺が雪緒に伝えると、奴は何故か頬を膨らませて不服そうな態度を取った。

 かなり長い付き合いだと思っていたのだが、雪緒に関してはまだまだ理解できない部分が多い。


「もう内装の準備は終わっているし、今日は衣装合わせできる人は合わせて、後はゆっくり休んでくれ。――――ひとまず! 明日から二日間、頑張りましょう!」

「「「おー!」」」


 柿原の鼓舞に合わせ、クラスメイトたちは気合が入った様子で声を上げる。

 

「あ、柿原君。明日トラブルが起きた時に備えて確認しておきたい部分があるんだけど……時間大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫。何から話す?」

「えっとね――――」


 いざ解散という流れになったところで、柿原の下に近寄る二階堂の姿が目に入る。

 柿原が復帰してからここまで、恐ろしくスムーズに準備が進んだ。

 それもこれも、今まで以上に二階堂が奴のことを献身的に支えたからだろう。

 

 あの日、柿原の家を訪ねた二階堂が、実際に二人で何を話したのかは分からない。だけど二人の関係が進展したということは間違いなさそうだ。

 あるべきものがあるべき場所に落ち着いたというか、何というか。

 ともかく俺の胃を痛める原因が一つなくなったと考えていいだろう。

 この調子なら、柿原の告白も上手く行く――――かもしれない。


「凛太郎、僕らも帰ろ?」

「おう。今行く」


 学生鞄を肩に背負い、俺は雪緒について教室を出る。

 その際、丁度ドアの近くで話し込んでいた女子二人の会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、乙咲さんのメイド姿ってどんな感じかな?」

「マジ楽しみだよねー! しかもすぐ側で見られるんだから、クラスメイトでよかったーって感じ!」


 ――――まあ、気になるよな。

 

 女子からの要望で、フロアの衣装はメイド喫茶などでよく見るスカートが短いタイプの物となっている。理由は可愛いから、らしい。

 一部男子にやたらとクラシックメイドを推して来る奴がいたりと、少し議論になりかけたのだが、いわゆる"映え"を意識したイケイケ女子どもの圧力に負けて引っ込んでしまった。

 ……哀れ。


「……凛太郎も乙咲さんのメイド姿には興味ある感じ?」

「へ? え、ま、まあ? そこは健全な男子だし……ある程度は」

「……すけべ」

「ぶっ飛ばすぞ」


 やたらとジト目で見てくる雪緒と軽口を叩き合いながら、帰路を歩む。

 

(そう言えば……結局最初に見せるってのは難しかったな)


 電車の窓から外を眺めながら、玲とのやり取りを思い出す。

 あいつは俺の執事服姿を誰よりも最初に見たいと言ってくれていたが、レンタルした大事な衣装を持ち帰るわけにもいかず。

 結局俺も玲のメイド姿を初めに見ることは叶わないわけで――――。

 仕方ないことだと割り切ることはできるが、残念なものは残念だ。

 俺にだってスケベ心は山ほどあるのだから。


 マンションまで帰ってきた俺は、オートロックを抜けて我が家のドアの前に立つ。

 そして鍵を使って中に入れば、いつもとは違うちょっとした違和感に気づいた。


「……靴が多い」


 玄関に綺麗にそろえて置かれている靴は、玲がよく履いているものだ。

 急遽仕事の打ち合わせが入ったとかで学校を休んだ彼女だが、もう解放されたらしい。

 どうせ中でくつろいでるのだろうと廊下に足を乗せたその時、リビングの扉が開き、玲が姿を現わした。


 ――――しかし。


「お、お前……」

「……おかえりなさいませ、ご主人様」


 そんな言葉と共に、玲は綺麗なお辞儀をする。

 その格好はどこからどう見てもメイド服……いや、メイド服をモチーフにした、ミルスタのMV用衣装だ。動画配信サイトで配信されているミルスタの楽曲の中で、この衣装を見たことがある。


 明らかにキョドリまくっている俺を前にして、玲は首を傾げた。


「りん――――じゃなかった、ご主人様、どうしたの?」

「あ、いや……」


 何と言えばいいのだろうか。

 画面越しにしか見ていなかった衣装を着ているスーパーアイドルが、同じ空間の空気を吸っている。

 それがあまりにも現実離れしている出来事のせいで、頭の整理が追いつかない。


「もしかして……似合ってなかった?」

「いや、いやいやいや! そんなことは断じてない!」


 申し訳なさそうに目を伏せる玲を見て、俺は慌てて否定に走る。

 

「めちゃくちゃ似合ってる! めっちゃ可愛い……ぞ?」

「そう? ならよかった」


 テンパり過ぎてめちゃくちゃ乱れた言葉で喚いてしまった。

 冷静さを取り戻すために頬を叩き、改めて玲の姿を見る。

 

 うむ、何も言うことがないくらいに魅力的だ。

 これを着るためだけに本格的なメイクも施したのか、普段よりも顔立ちが整って見える。

 

 ――――ここで冷静に考えて欲しい。


 学生服を着た普段の乙咲玲ですら一般人離れしている容姿なのに、それをさらに整えたとなると、間近で見てしまった俺にどんな影響があるのかを。

 語彙力が溶けてしまっても仕方ないことだと思わないか?

 いわゆるこれが"限界化"ってやつなのかもしれない。

 最近ミルスタのファン界隈で聞く言葉なのだが、まさか自分がそれを使うことになるとは思わなかった。


「文化祭で着る衣装は凛太郎に一番には見せられないけど、どうしても見せたいって思ったから……事務所に衣装だけ借りてきたの」

「お前は本当に可愛いなぁ」

「え……どうしたの? 凛太郎」

「悪い。何か漏れた」


 まずい。こんなのは俺じゃない。

 早く真面目な感想を言えるようにならなければ、どんどん自分が自分じゃなくなっていく気がする。

 というかそもそも俺の服装に対する好みは、ホットパンツやショートパンツのような太ももが魅力的に映る格好だ。故に別にメイド服フェチというわけでは――――。


「……あ」


 いや、めっちゃ太もも見えてるな。

 ライブの衣装だし、スカートの中身は激しい運動にも対応できるような仕組みになっているだろうけど、膝上にはしっかりとガーターベルトとスカートによる絶対領域が作られていた。

 うん、これは俺に刺さってしまうかもしれん。

 

 勘違いされたくないから何度でも言っておくが、俺だって毎日必死に堪えているだけで、立派に欲情できる男子高校生なのだ。

 そりゃ興奮くらいするだろうよ。ね?


「とにかく、喜んでくれたみたいでよかった」

「……ありがとな。俺も執事服みたいな何かを用意できたらよかったんだけど」

「それは仕方ない。私もたまたまMVで使った物が残ってただけだから」


 確かに、滅多にたまたま執事服を持っていたなんてことがあるわけない。


「……っていうか、悪い。俺のフロアのシフト明日になっちまった」


 そうだ、最初にこれを謝っておかなければならなかった。

 俺のシフトは、初日にフロア、そして二日目にキッチンという形。

 玲は一般の客を入れる都合上、初日は出席することができない。

 つまり見たいと言ってくれた俺の執事姿を見せることができないというわけだ。

 これに関しては、本当は今日衣装合わせの際に見せることができるだろうという考えがあったからこその選択だった。

 しかし玲が急な仕事で欠席してしまい、上手いこと噛み合わなくなったというわけである。


「私の仕事のタイミングも悪かった。だから、私の方こそごめんなさい。でも、大丈夫」

 

 そう口にして、玲は胸を張る。

 相変わらず表情筋の動きこそ少ないが、この顔はよからぬことを考えている顔な気がした。


「私に、名案がある」

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