20-3
「それじゃ後の進行は柿原君と二階堂さんに任せようかな」
「分かりました」
柿原と二階堂は立ち上がると、春川先生と入れ違いに教卓の前に立つ。
「じゃあさっそく出し物を決めようか。意見がある人は手を上げてもらっていいかな?」
こうして議題はスムーズに文化祭での出し物の話へと移っていった。
柿原が俺たちから意見を聞きつつ、二階堂がそれを黒板に書いていく。
特に話し合いもしていないのにこの形ができているのは、やはり長い付き合いが故だろうか。
「はいはい! 俺お化け屋敷やりたい!」
「お化け屋敷か、最初の意見としては定番だな」
一人の男子の意見が黒板に書き加えられる。
一年生の頃、比較的人気な出し物であるお化け屋敷は学年という権力の下、二年生が担当していた。
というか、人気どころは軒並み二年生が牛耳っていたと言える。
これは多少仕方ないことであり、最高学年である三年生が受験で苦しんでいる以上、ノウハウもすでに理解してもっとも自由に動けるのが二年生なのだ。
こうなると必然的に二年生の要望が一番採用されやすくなる。
「ショーみたいなやつはどうかな? 演劇とか、ダンスショーとか、そういうパフォーマンス系の」
「ショーか……結構大変そうだけど、やり応えはありそうだね」
一人の女子の意見が黒板に書きこまれ、これで選択肢は二つになった。
「ショーの内容については一旦意見が出切った後にもう一度案をもらうよ。今は他の意見を聞かせてくれ」
「あ……じゃあ喫茶店とかどうかな? これも定番だと思うけど」
「いいね、喫茶店も去年は二年生が中心だったから、皆鬱憤は溜まってたんじゃないかな?」
柿原が冗談めかして言うと、俺たちの間で笑いが起きる。
ほとんどのクラスメイトに心当たりがあったのだ。
喫茶店もお化け屋敷に並ぶレベルの人気コンテンツであり、去年は案の定今の三年生によって独占された。
今年こそはと燃えている者も多いことだろう。
ちなみに俺は、面倒臭すぎなければ割と何でもいい派だ。
別にどうしても喫茶店やお化け屋敷がやりたいわけでもないから、今は場の空気に合わせてとりあえず笑っておく。
「この調子で遠慮なく意見を言ってくれ。最初の意見なんていくつあってもいいからさ」
こういう時の柿原はやはり頼りになる。
彼の的確な進行の下、意見出しはかなりスムーズに進んでいった。
そしてそこから多数決によってある程度絞られ、結局は皆が憧れていたであろう喫茶店という案が生き残る。
まあここまでは妥当と言えるだろう。
「――――うん、じゃあ喫茶店ということで。問題は何の喫茶店かってところなんだけど……梓は何か意見あるか?」
「私? うーん……和風喫茶とか、かなぁ。女子は着物で男子は甚平みたいな格好で接客してみたら楽しいんじゃない?」
「いいじゃないか! ひとまず書いておいてくれ」
柿原のテンションには多少贔屓目が入っているだろうが、二階堂の意見自体は悪くない。
派手な装飾を作る必要もないし、和風で言えば透明なわらび餅なんかを作れば学内ではまだまだ話題性も確保できるだろう。実は作り方も意外と簡単だし。
その後いくつか案が出た結果、最終的に残ったのは「和風喫茶」、「メイド執事喫茶」、「女装喫茶」の三択に絞られた。
見事に定番どころが残ったと言いたい気持ちはあるが、高校生たる者憧れてしまうのも理解できる。
「意外とスムーズにここまで来れたな。じゃあ後はまた多数決でどのジャンルにするか決めよう」
「柿原ー! その前にしつもーん!」
ここから多数決に移るといったタイミングで、一人のお調子者男子が手を上げる。
「ん? どうしたんだ?」
「メイド喫茶になったら、乙咲さんもコスプレすんの?」
その言葉によって、皆(ほとんどは男子)の目線が玲に向けられる。
それまではほとんど傍観状態だった彼女は、突然話の中心にされたことで困惑した表情を浮かべた。
「え……私?」
「えー⁉ 乙咲さんのメイド姿みたーい!」
続く形で、今度は女子の興奮した様子の声が上がる。
大人気現役アイドルのメイド姿を間近で見ることができるなんて、めったに経験できることじゃない。
ファンからすれば一生モノの思い出になる。
「……初日は一般の人も来るからできないと思うけど、二日目だったら大丈夫だと思う」
「「「おおー!」」」
今日何度この歓声を聞いたことだろう。
あまりにクラスメイトの勢いが良すぎて、さすがの玲も困惑している様子が見られた。
「あー、今の流れで先に言わせてもらうけど、乙咲さんが文化祭に参加するのは二日目だけだから。初日は一般の方が入れちゃうし、何か騒ぎが起きてもまずいからね」
「分かってます、先生」
春川先生の言葉に、皆が納得する。
うちの学校の文化祭は二日間に渡って行われ、初日が学校関係者以外の人間でも出入りすることができる日。そして二日目が生徒たちだけで楽しむことのできる日という形で構成されている。
一般人が出入りできる状態で玲が接客していたり出歩いたりしていれば、文化祭どころではなくなるのはまず間違いない。
やはり有名になるのはいいことばかりではないというのを思い知る典型的な機会である。
「ははは……この流れじゃどれが選ばれるかは決まったような物だけど、一応多数決を取ろうか」
どこか呆れた様子で柿原が挙手を求めれば、クラスの八割がメイド執事喫茶に手を上げた。
この流れに従い、俺も控えめにメイド執事喫茶に手を上げる。
別にどれになってもいいのなら、人が多い案に手を上げておくのが無難だ。
他意はないよ。
――――――ないよ?
「じゃあ早速だけど、メニューとか仕事の配分も何となく決めてしまおうか。何か案がある人は?」
柿原の問いかけに答えるべく、何人かの手が上がる。
その全員が喫茶店に対して最初から意見を出していた者たちであり、やりたいと言い出したなりの案をいくつか出していった。
紅茶、コーヒー、コーラやオレンジ等のジュース類。
飲み物が大体出揃った辺りで、問題は食べ物の方へと移っていく。
「飲み物の案はこんなものかな。じゃあ軽食についてだけど……」
「柿原君、食べ物のことなら志藤君を頼ってみたらいいんじゃないかな?」
「え、凛太郎を?」
突然二階堂が名前を出したことで、クラス中の視線が俺に集まる。
本当にあまりにも突然過ぎて、俺は動揺が隠せない。
「お……俺?」
「うん。この前の調理実習の時はすごく手際がよかったし、何か作るって話になったら頼れるかなって」
「あ、ああ……そういうこと」
同じ班で調理していた柿原、野木、堂本はどこか納得したような表情を浮かべている。
そして玲が皆に気づかれないように小さく何度も頷いているのを見て、俺は小さくため息を吐いた。
「今はパッと思いつかないけど、さっき和風喫茶になるなら提案しようと思っていたメニューがあるよ。透明なわらび餅なんだけど……」
「透明? どういうことだ?」
「片栗粉とかで作るんだよ。そんなに難しくないし、意外とあっさりできると思うけど」
「へぇ、いいじゃないか! とりあえず案として受け取っていいか?」
「ああ、こんなのでいいなら」
俺の提案した透明わらび餅という文字が、黒板に刻まれる。
マジで適当な提案だったが、誰からも反対されることもなくて安心した。
何だかこうしてクラスメイトの前で頼りにされると、いつも以上に照れ臭い。
しかし、悪い気分でもなかった。
「この調子でどんどん皆も意見を出してくれ。この文化祭が高校生活の中で一番はしゃげるイベントと言っても過言じゃないんだ。後悔しないように頑張ろう」
柿原の言葉で、どんどんクラスがまとまっていくのが感じられる。
恋するあまりポンコツな印象が強くなってしまった柿原だったが、やはり先頭に立つ時はさすがのカリスマ性と言わざるを得ない。
だから二階堂、どうか俺ではなく隣にいるそいつを見てやってくれないだろうか? 頼むから。