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20-1 新学期

 弦を指で弾いて、音を鳴らす。

 軽快に響く低音のメロディーだったが、サビが終わる直前にその音は俺の指が止まると同時に聞こえなくなった。


「……集中できねぇ」


 弦から手を離し、俺はソファーに背中を預ける。

 ミアとデートをした日から、すでに三日が経過した。

 彼女との約束は、玲が帰ってくるまでの間、仮初の恋人として過ごすこと。

 そしてその約束は、今日で終わる。

 本来であれば一週間ほどと見積もっていた玲の不在期間だったが、だいぶスムーズに仕事が終わったようで今日の夕方には帰ってくることになったからだ。


 あのデート以来、ミアと特別な行動をしたかと聞かれれば、それに対しては否と答えざるを得ない。

 精々夏休みの宿題を手伝った程度だろうか?

 正直あれ以上小恥ずかしいことをしなくて済んだのは、素直に助かったと思っている。


 ただ――――。


(何で気まずい思いをしてんだ……俺)


 昨日まではミアに会っていて、今日からは玲に会う。

 何だか女をとっかえひっかえにしているような罪悪感があり、気分が晴れない。

 

(つーか、何で俺がモヤモヤしなきゃならねぇんだよ)


 そうだ。別に誰と付き合ってるわけでもないのだから、所詮友達と遊んだ程度に思っておけばいいんだ。

 

 ――――などと言い聞かせても、俺の心はいまだ晴れない。


「……大丈夫?」

「うおっ⁉」


 突然耳元で声がして、俺は驚いた声を漏らしながら振り返る。

 そこには俺と同じく驚いたような顔をした玲が立っていた。

 彼女は俺を見ながらパチパチと何度か瞬きをする。


「ごめん、そんなに驚くとは思わなかった」

「お、お前……いつ帰って来たんだ?」

「たった今。普通に鍵を開けて入ってきた。そしたら凛太郎が全然気づかないから、声をかけることにした」

「あー……悪い。考え事してた」


 俺は立ち上がって代わりに玲をソファーに座らせると、キッチンへと向かう。


「アイスコーヒー淹れようと思ってるけど、飲むか?」

「ん、飲みたい。帰ってくる時もすごく暑かったから」

「分かった。ちょっと待っててくれ」


 普通のコーヒーを淹れる時と違って、アイスコーヒーを淹れるには氷の分を考えてコーヒー自体を濃く淹れる必要がある。

 とは言え、やることはそこまで変わらない。

 多めに豆を使って、普段と同じ量の水で作るだけだ。

 グラスに氷を入れ、上から濃くて熱いコーヒーを注ぐ。

 これで氷が解ければ、丁度いい濃さになるのだ。


「コーヒーフレッシュとガムシロップは一つずつ入れておいた。もし違和感があったら調整するから言ってくれ」

「ありがとう」


 玲は俺からグラスを受け取ると、用意したストローでコーヒーを吸う。


「んっ、美味しい。ちょうどいいかも」

「そっか。じゃあ今度から同じ分量で作るわ」

「そういうことをしてくれるから、私は凛太郎から離れられない」

「大袈裟だっつーの」


 悪くない気持ちになりながら、俺もソファーに座ってアイスコーヒーを飲む。

 冷たいコーヒーが胃に流れ込み、どこか浮ついていた思考を冷静にしてくれた。


「ずいぶん早く片付いたんだな、仕事」

「うん。動画サイトとかの広告で流す小さなCMの撮影だったんだけど、急遽必要な尺が短くなったから半分くらいの時間で済んだの」

「そっか……」

「ねぇ、凛太郎?」

「な、何だよ?」



「ミアとデートしたって、本当?」



 ――――ぶわりと汗が噴き出す。

 

 全身の水分が蒸発してしまったかのような錯覚を覚え、喉が急激に乾いた。


(いやいや、おかしいだろ?)


 そうだ。どうして俺が浮気がバレた旦那みたいな反応をしなければならないのだ。

 悪いことなどしていない。

 そう、その気持ちで行く。


「ああ、まあな。次の仕事のために恋人の気持ちみたいなのが知りたいらしくて、協力したんだよ」


 うーん、何か言い訳臭くなっちゃったぞ? 困ったなぁ。


「ってか、何でお前がそれを知ってるんだ?」

「ミアがこれ見よがしに自慢してきたから」

 

 玲はひたすらに不機嫌な顔で、俺に対してスマホの画面を見せてくる。

 そこには俺とミアがそれぞれの手でハートを作っているプリクラが表示されていた。

 改めてこういう風に見せられると、心の底から恥ずかしい。


「……ずるい。私も凛太郎とデートしたい」

「いや、その……お前とは何回かしてるだろ?」

「それはそう。でも、もっとしたい」


 ずいっと玲が身を乗り出したことで、顔同士がすぐそこまで接近する。

 出先でいつもと違うシャンプーを使ったからなのか、普段とは少し違う匂いが鼻腔をくすぐった。

 こんな距離では、意識しないようにしたとしても心臓が跳ねてしまう。


「わ……分かったから。今度はお前のしたいことに付き合うよ」

「ほんと?」

「ああ。また一緒に出掛けてもいいし、他にやりたいことがあるならそれでもいいよ」

「じゃあ、文化祭を一緒に回ってほしい」


 文化祭かぁ。

 再び冷静になってきた頭で考える。

 

「いや……できなくね?」

「どうして?」

「学校の中を二人で行動するなんて、どうぞ勘繰ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか。普通に自殺行為だろ」


 二階堂を納得させるために使ったはとこ設定でごり押ししようとしても、親戚同士で文化祭を楽しむってのも何だか不自然だ。

 多くの人間はそれで納得してくれたとしても、一部から疑われるだけで面倒くさくなることには避けられない。


「それは……そう。じゃあまた別のことを考えておく」

「なあ、さらっと言うこと聞かせられる権利が増えてないか?」

「気のせい」

「無理があるだろ……」


 油断も隙もない女め。


(まあ、別にいいか)

 

 俺はやはり玲のおねだりには逆らえないらしい。

 それにこうして要求してもらえたことで、罪悪感がスッと薄れていった。

 我ながら、自分の頭の中も単純だと言わざるを得ない。

 

「仕事はしばらくは休みなのか?」

「うん。スケジュールはだいぶ余裕がある。学生は夏休みの課題が辛いだろうからって余裕ができた分は全部休暇に当ててもらえた」

「アイドル活動も夏休みか」

「そういうこと」


 つまり今日からはほぼ毎日玲のために飯を作れるわけか。

 

「んー……せっかく仕事が落ち着いたわけだし、今日はご馳走作るか」

「いいの?」

「お前が頑張ってるおかげで俺もこうしてこの部屋で暮らしていられるわけだからな。これくらいはお安い御用だ」


 玲が帰ってくることは分かっていたから、食材はちゃんと買ってある。

 これなら多少豪華な飯を作る分には十分だ。


「ちなみに何食べたい?」

「じゃあ、ハンバーグ」

「おっけー。任せろ」


 俺はエプロンを手に取り、少しカッコつけた口調でそう言った。

 

 

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