19-3
「お前らの超人っぷりには何度も驚かされてきたからなぁ……って、どうした?」
「――――へ? あ、うん! そうだね!」
「……急にどうしたよ」
顔を真っ赤にして震えるミアを、訝しげな目で眺める。
すると彼女はすぐに顔をそらし、俺の視線から逃れてしまった。
「おい、まさか照れてんのか?」
「い、いいや? ど、どうなんだろう……分からないや」
ミアは自分の火照った顔を冷やすが如く、近くにあった水を一気にあおる。
しかし一つ問題なのは――――。
「それ、俺が口つけたやつだけど……」
「ぶっ」
冷静さを欠いていたせいか、俺が飲んでいた水をミアは飲み干してしまった。
気管に入ってしまいげほげほと咳込む彼女の背中を撫でてやりながら、落ち着くのを待つ。
「うっ……も、もう大丈夫だから」
「本当に大丈夫か?」
「うん。急に動揺しちゃってごめんね」
とりあえずむせていたのは落ち着いたらしい。
ミアは胸を撫でるようにして気分を落ち着かせると、再びラーメンに取り掛かり始める。
「本当にもう大丈夫だから、伸びる前に食べてしまおうよ」
「ああ……そうだな」
何かに照れたミアは、あんな風に取り乱すのか。
それが分かっただけ、ここに来た価値はあったかもしれない。
◇◆◇
「うっぷ……俺はもう食えねぇぞ」
「おや、意外と小食だね、君は」
「うっせーな……男子高校生が皆ご飯三杯とか食えると思うなよ?」
日々体が鈍らない程度に運動はしているものの、部活に勤しむ男子高校生の運動量には遠く及ばない。
それに夏ということもあり、夏バテ気味なのは否めなかった。
断じて俺が小食というわけではない。言い訳じゃないよ。
「お前は夏バテとかないのかよ? 見てた感じ、ライスの大盛りまで追加注文してたけど」
「うーん、ないわけじゃないと思うけど、それ以上に体がカロリーを欲しがっている感じかな? 最近は夏らしい激しい曲のダンス練習が多かったからね。ボクは玲やカノンほど消化器官が強くないから、過剰に取り過ぎた後はある程度ダイエットが必要だけど」
「へぇ……つーか、そもそもよく入るよな」
俺は出っ張りすらしていないミアの腹に視線を送る。
玲もそうだが、めちゃくちゃ食べたと思っても一切腹がぽっこりしないのだ。
まさかとは思うが、腹筋で抑え込んだりしているわけじゃないよな?
「もう、さっきからどこを見ているんだい?」
「腹」
「正直過ぎるね、君」
口元を押さえ、ミアは笑う。
とまあ、こんな会話をしているうちに、苦しかった腹も多少は楽になった。
しばらくは擦っている必要がありそうだが、歩く分には問題ない。
「よし、とりあえず今のところの目的は全部達成したと思うが、これからどうする? 別に今日はとことん付き合えるけど」
「んー、じゃあお言葉に甘えようかな。まだ行ってみたいところがあったんだよね」
「ふーん?」
「カップルが行きそうなところさ」
カップルという部分に思わず息を詰まらせた俺を見て、ミアは再び愉快そうに笑う。
ふぅ、これでようやく本調子と言ったところか。
ミアが進むままに、俺はその後ろをついて行く。
やがてたどり着いたその場所は、何とも音が喧しい駅前の大型ゲームセンターだった。
「ゲーセンか」
「うん。正直ボク一人じゃまったく来たことがない場所でさ、レイやカノンとも来たことがなかったから、ちょっと興味があったんだよね。君は詳しかったりするのかな?」
「いいや、別に俺も数えられる程度しか来てねぇよ」
「そうなのかい?」
「でかい雑音が苦手って言うか……ほら、色んな効果音とか音楽が混ざり合ってるだろ? だから自分から進んでくるようなことはなかったんだよなぁ」
未成年が故に入ったことはないが、パチンコ屋の前などはゲーセンよりも苦手だ。
多分ゲーセンよりも興味が湧かないからだと思う。
「あ……じゃあもしかして、あんまり乗り気にはなれない……かな?」
「んなことはねぇよ。アレルギーでもあるまいし、嫌ってわけでもねぇからさ。お前と一緒なら、今日はどこにだって行ってやる」
「……それなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
ミアは少しだけ申し訳なさそうな様子で、ゲーセンへと入って行こうとする。
今のはミスだったと、自分の心の中で反省した。
たどり着いてから店の前で乗り気じゃない態度を見せるなんて、ミアにもゲーセンに対しても申し訳ない。
苦手と伝えるのなら、もっとはっきりと言うべきだった。
その上でできれば行きたくないと言えたのなら、妙な空気になることもなく別の場所に行けただろうに――――。
何にせよ、中途半端な対応はしたくないものだ。
「りんたろー君! UFOキャッチャーがあるよ!」
店内に入った途端、ミアは興奮した様子で俺の手を引いた。
彼女の視線の先には、様々な色のクマのぬいぐるみが置かれたUFOキャッチャーの台がある。
「どうせならやってみない?」
「……だな、やってみようぜ」
「うん!」
そう言いながら、ミアは台の方へと歩み寄っていった。
急にテンションを上げたのは、一度下がってしまった俺たちの間の空気を温めるためだろう。
こういう時に気遣いは、素直にありがたい。
俺も遠慮なく乗っておくことにする。
こうして初めにUFOキャッチャーをプレイすることになった俺たちなのだが――――。
「「…………」」
振り出しに戻ったはずの俺たちの間の空気は、再び徐々に冷めていくこととなった。
「……ねぇ、UFOキャッチャーって難しすぎないかな?」
「まあ、簡単に取られたら商売あがったりだろうしな」
「それはそうだけど……」
すでに千円が台の中に消えていったが、ぬいぐるみは一向に取れる気配がない。
話に聞くところアームの強さが難易度に関係するらしいが、見ていた感じではずいぶん掴む力が弱そうだ。
「りんたろー君、やってみてくれないかな?」
「えぇ……? どうせ取れねぇぞ?」
「いいよ、それでも。ボクだけが遊んでるのも不公平だしね」
不公平は違うだろうに。
目の前で自身の財布から百円玉を投入している時点で負担はすべてミアが背負っているのだが、それに関してはノーコメントのようだ。
ともあれ自分ではプレイする気もないようだし、俺がやらねば金がもったいない。
「終わった後で文句言うなよ?」
「言わないって。大丈夫、君を信頼してるから」
「それはプレッシャーをかけてるって言うんだぞ?」
俺がツッコミを入れれば、ミアは楽しそうにけらけら笑う。
まあ、楽しんでもらえてるならそれでいいか。
「……ふぅ」
息を吐き、まずはどうするべきか観察する。
ミアのプレイを見ながら自分ならどうするかを考えてはいたが、こうしてボタンの前に立つとまた少しだけ感覚が違った。
ひとまず横軸を合わせよう。
結局のところ、ミアだって位置までは簡単に合わせることができていたのだ。
アームの力にまったく期待できない以上、運よく脇の下などに引っかかることを願うしかない。
「ここ、か……?」
不安な気持ちを抱えながら、横軸を揃えた後に縦軸を動かすボタンから手を離す。
ゆっくりと下がっていくアームをどこか諦めた目で見守りながら、俺はその時を待った。
クマの体にアームが食い込む。
そして持ち上がっていく際に、アームの先がクマの表面でずるりと滑った。
「はぁ……言ったろ、どうせ無理だって――――」
「待って! りんたろー君!」
「あ?」
ミアは台から目を逸らした俺の肩を叩き、無理やり前を向かせる。
すると、信じられないモノが視界に飛び込んできた。
「嘘だろ……?」
クマの体を掴み切れなかったはずのアームが、見事にクマの脇下に引っかかっている。
そのままあれよあれよと言う間にクマは持ち上がり、取り出し口の中にポトリと落ちた。
呆然としたまま、俺は透明なプラスチックでできた扉を開け、落ちた景品を取り出す。
「取れたね……」
「ああ、取れちまったな……」
何とも言えない沈黙が、俺とミアの間に広がった。




