16-1 夏に置いてきた秘密
「さて、全員いつでも寝られるくらいには準備ができたし――――ババ抜きするわよ!」
ビーチバレーの時と同じように、カノンが突然そんなことを言い出した。
彼女の手には一般的なトランプが握られている。
ワクワクした様子の顔を見る限り、初めからやることを想定していたようだ。
「いいね、じゃあ何を賭ける?」
ミアは愉快そうに問いかける。
もうすでに何かを賭けて戦うことは確定しているようだ。
「さっきは何でも一つ命令できる権利だったけど、ババ抜きに関しては一回で終わりじゃつまらないし、ゲームが終わる度に負けた奴が今まで隠してた秘密を一つ暴露するってのでどう?」
「おい……正気か?」
「まああくまで遊びだから、どうしても言えないことは言わなきゃいいのよ。小さな秘密なんていっぱいあるでしょ?」
まあ――――それはごもっとも。
「ただその秘密でオッケーかどうかっていうのは、周りが判断するってことで。じゃないと「お風呂に入ったら頭から洗います」なんて内容でもオッケーになっちゃうからね」
「ある程度恥をかく覚悟はしておけってことだね」
「その通りよ。他に質問はある?」
俺もミアも玲も、特にこれといった質問は思いつかなかった。
ババ抜きならルールもへったくれもないだろう。
ローカルルールが多い大富豪ならともかく、ババ抜きなんて相手からカードを一枚ずつ引き合って数字が揃ったら捨てるというのを繰り返せばいいだけだ。
戦略なんて最初はあってないようなもの。後半になって徐々に相手の癖などが分かるようになって、ようやく頭を使い始める程度だ。
結局は運。だからこそ、ビーチバレーの時とは違って勝ち目がある。
「そんじゃ始めるわよ!」
テーブルを囲み、俺たちはカードと睨めっこを始める。
配られた段階である程度手札が揃っていると、少ない枚数で気持ち的には有利を取れた気になれるが――――実際は後々にカードが噛み合わなくなり始めるため、そこまで差はできない。
順番は、玲がミアのカードを取り、ミアが俺のカードを取り、俺がカノンのカードを取り、そしてカノンが玲のカードを取るという順番。
「あ、揃った」
玲がミアのカードを取ったところ、ワンセット揃ったようでテーブルの上にカードを捨てる。
ざっと全員の手札枚数を見る限り、平均七枚と言ったところか。
ちなみに俺はババを持っていない。最後まで引かないでいられるといいのだが。
「ほら、引きなさいよ」
目の前にカノンのカードが差し出される。
枚数は六枚。この辺りから気を張ったって意味はない。
俺はおもむろに一番端の一枚に手を伸ばした。
「っ!」
「……ん?」
掴もうとした瞬間、彼女の目がくわっと見開かれた。
他のカードに手をずらせば、その目は元に戻る。
しかし再び一番端のカードに手を伸ばせば、またもやその目は見開かれた。
――――確かめてみる必要があるな。
「これにするか」
一番端のカードを引っこ抜いてみる。
そのカードの表面には、堂々とジョーカーの文字が書いてあった。
まさかとは思うが……こいつ、ババ抜きめちゃくちゃ弱い?
(……とりあえずは引いちまったババを何とかしねぇと)
結局は引かされてしまったわけだし、これで一番状況が不利になったのは俺だ。
俺からカードを引くのはミア。
何とか彼女にババを渡さなければならないわけだが……。
「さっきのカノンの反応を見る限り、どうやらババはりんたろー君に移ったみたいだね」
「はっ、お見通しかよ」
「まあね。とりあえずここからは気を付けて引くことにするよ」
そう言いながら、ミアは一枚一枚俺の顔色を窺い始める。
故に俺は無心を貫くことにした。
直接勝敗に関係ある状況でない限りは、態度に出さないようにすることなんてそう難しいことじゃない。
ここでババを回避されたところで、まだまだチャンスはあるのだ。
むしろここで引かれて、一周回ってまた俺のところに戻ってくるよりはマシとすら思う。
「ふふっ、さすがにこの時間帯じゃボロは出ないか」
結局、ミアは適当な一枚を選んで持っていった。
それはババじゃなかったものの、彼女の手の内と合うものでもなかったようで、そのまま何も捨てずに手札を玲の方へと差し出す。
今の会話からミアがババを持っていないと分かり、玲は安心しきった様子でカードを引いた。
このようなやり取りが数巡続き、ババを抱えっぱなしの俺以外は順調に手札を減らしていく。
そしてついに――――。
「あ、揃った」
玲がミアのカードを引いた際に、そんな言葉をもらす。
そして元々あった手札と合わせて二枚のカードをテーブルへと捨てると、彼女の手札は残り一枚となった。
そして次はカノンが玲からカードを引く番。
つまりその一枚は、このターン中に消えてしまうことになる。
「チッ、一番手くらいは譲ってあげるわよ」
「ん、ありがと」
こうして玲の手札からカードがすべて消えた。
文句なしの上がりである。
「ふん、あたしも揃ったわ。はい、じゃああんたの番」
カノンがカードを捨てた後、俺は残った手札に手を伸ばした。
残っているのは二枚だけ。カノンの上がりももう間もなくと言ったところか。
対する俺はまだ四枚。うち一枚がババという状況。
ここで一組でも多くペアを作り、ババを引かせる可能性を増やしたい。
「さっさと引きなさいよ。どうせまだババはあんたが持ってるんでしょ?」
「余裕でいられるのも今の内だからな……」
直観で、左にあったカードを抜く。
そのカードは手札にあった数字と一致し、これで何とか手を進めることができた。
俺の手札は三枚。これなら十分ババを引かせることができる。
「ほら、引けよ」
「……減ってきたからってずいぶん強気じゃないか」
この状況、引いてしまう恐怖がある分むしろメンタル的にミアの方が不利だ。時間帯的に、ここでのババの移動は勝敗に直結しかねない。
「もういい、これだ!」
考えたって仕方がないと判断したミアが、俺の手札からカードを抜き取る。
その瞬間、俺は思わず口角を吊り上げてしまった。
もう俺の手の中に、ババはない。
「ちょっと待ちなさいよ……! まさかミア、あんた引いたの?」
「悪いね、カノン。できればこの厄介者を引き取ってくれると助かるんだけど」
「いやよ! 絶対引かないから!」
あ、フラグだ。
そう思った時にはもう遅く。カノンは見事にミアからババを引き抜いてしまう。
もちろん手札は見えていないが、もう目が口よりも物を語っているのだ。
これで彼女の手札は二枚だけ。うち一枚がババということは、二分の一の確率でそれを引くかもしれないということになる。
ただ、カノンにはさっき見せた致命的とも言える癖があった。
「……これだな」
「え⁉」
容赦なく取り上げたカードは、やはりババではなかった。
やはり表情が分かりやす過ぎる。これなら負けようがない。
「どうやら二抜けは俺みたいだな」
ついでにカードも揃った。
ここで俺の手札は一枚になる。そして次はミアが俺のカードを引く番だ。
「ふぅ……まあ、まだ一戦目だしね」
ミアが俺のカードを引き、これで俺は上がり。
そして、ここでカノンにとっての悲劇が起きた。
「あ、揃った」
俺からカードを引いたミアの手の中で、カードが揃ってしまう。
そして揃ったものを捨てれば、彼女の手札は一枚になった。
順番はズレ、次はカノンがミアからカードを引く番。つまりもうカノンに勝ち目はない。
「……次のゲームじゃ覚えときなさいよ」
悔しそうな表情を浮かべ、カノンは最後の一枚を引き抜いた。
「御託はいいからさ、早くカノンの抱える秘密とやらを教えてもらおうかな?」
「結構長い付き合いだけど、カノンの秘密聞いてみたい」
俺よりも長い付き合いなのに、ミアと玲の二人はカノンの秘密に興味深々だ。
確かにこれだけ時間を共にすれば、むしろ知らないことの方が少ないのだろう。そう考えれば、気になってしまうのも頷けた。
「分かってるわよ……言い出しっぺだもの。ちゃんとした秘密をバラしてやるわ!」
こんなに綺麗に自棄になる人間初めて見た。
「その……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……最近、身長が一センチ縮んでた」
あー、そう……。