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14-4

 ともかく塗れとのことだが――――。


「んじゃ背中向けてるカノンからやるわ」

 

 俺はいまだに寝そべったままのカノンの側に膝をつくと、今度は足ではなく手を乗せる。

 最初に彼女から手を付けるのは、足蹴にしてしまったことへの若干の罪悪感も関わっていた。口にしたら弱味を握ったとばかりに調子に乗るだろうから口にはしないけれど。


「あっ、冷た」

「我慢しろ」


 少し足りなかったため、新しく日焼け止めを少し出してからカノンの背中に塗り込んでいく。

 ニキビ一つない綺麗な背中だ。何を食ってどう生活したらこんな綺麗なまま保てるのだろうか。


「へー……あんた上手いじゃない」

「日焼け止め塗るのに上手いも下手もあるか」

「手つきの問題よ。……ま、やってる側は分からないだろうからいいわ」

「?」


 よく分からないが、嫌悪感を抱かれていないならそれに越したことはない。

 全体的に塗り終わったカノンは礼を言って立ち上がり、俺に背を向ける形で前面にも塗り始める。代わりに寝そべったのは、ミアだった。


「じゃあ次はボクを頼むよ」

「はいはい」


 カノンもそうだったが、意外と背筋もしっかりしてるんだな――――なんて思いながら、同じように日焼け止めを塗り込む。

 まずは肩甲骨周り。そこから徐々に腰の辺りまで下がっていくのだが。


「あんっ」

「……」

「んっ……そこはだめだって……りんたろー君……」


 脇腹の近くを触った時に、ミアは何故か悩ましい声を上げた。

 やめてくれ。こっちは反応しないように意識を遠い世界に飛ばしているんだから。


「りんたろー君……上手だね」

「お前も足で十分そうだな」

「待って待って! 悪かったよ!」


 立ち上がって足を乗せようとすると、ミアは苦笑いしながら慌てて止めてくる。分かればいいんだよ。分かればな。


「むぅ……意外と手強いね、君」

「これに懲りたら雑にからかうのはやめとけよ」

「それは嫌だね。困っている君の顔は意外と面白いんだよ?」


 さすがは魔王。俺の苦しみすら楽しんでやがる。

 

「まあ今はこの辺りでやめておこうかな。お姫様がお怒りみたいだからね」

「え?」


 ふと玲を見てみれば、彼女はずいぶんと険しい顔で俺たちを見ていた。

 ああ、確かにこいつは急ぐ必要がありそうだ。


「ふぅ、ありがとう。ほら、玲。変わるよ」

「……うん」


 ミアが退き、代わりに玲が寝そべる。

 

「凛太郎、お願い」

「……おう」

 

 いや、何だろう。

 ここまで好意を剥き出しにされていると、さすがに強く保っていた心も揺れてしまうわけで。

 それに加えて玲の素肌を見ると、あの時の風呂場での出来事を思い出して頬が熱くなる。

 駄目だ、ここで反応したら人生が終わる――――。


 俺は目を閉じて、彼女の背中に触れた。


「んっ……もう少し強く塗り込んで?」

「ぶッ!」


 あぶねぇ、鼻血噴き出すところだった。

 ミアと違ってこいつの場合は天然で悩ましい声を出していることが分かるから、下手に注意できない。

 分かってはいたことだが、俺が対面した中で一番ペースを崩してくるのは間違いなくこいつだ。それを天然でやらかすから質が悪いのだ。

 

「んっ……あっ」

「玲……もう少し声を抑えてくれ」

「だ、だって……りんたろぅ……くすぐっ、たい」


 もはや殺人兵器だろ、こいつ。


 理性と欲求が体の中で暴れまわっている。

 頑張れ頑張れ凛太郎。お前はやればできるはずだ。厄介な欲の化物を強い理性で抑えつけろ。


「あっ、そこっ……だめ」

「――――っ!」


 うむ、限界だ。

 

 俺は縋るような視線を、カノンの方へと向ける。


「あたしの助けが必要みたいね」

「ああ……頼む」

「歯ァ食いしばりなさい」


 大きく振りかぶったカノンの拳が、頬にめり込む。

 今はこの痛みさえもありがたい。

 ジンジンと頬が痛むおかげで、俺の中の欲は一時撤退していった。


「ありがとう、助かった」

「いいのよ。困った時はお互い様よね」

 

 カノンとはいずれいい親友になれるかもしれないな。

 声がでかいのが玉に瑕だけど。


「なるほど……あんな感じで声を出せばりんたろー君は興奮する、と」

「お前も大概ろくなこと考えてねぇな」


 ミアにツッコミを入れつつ、俺は玲の背中を塗り切る。

 ふう、ようやく終わった。

 塗り切ったことを伝えるため背中をポンポンと叩くと、玲は少し息を乱した様子で立ち上がる。

 何か一々色っぽいんだよなぁ。


「ありがとう、凛太郎。気持ちよかった」


 俺とカノンが同時に噴き出し、さすがのミアも口元を押さえて笑いを堪えている。

 俺たちの反応の意図が分かっていないのは、玲本人だけだった。


「と、とりあえず塗り終わったし、お前ら泳ぐのか?」

「ううん、まだ。凛太郎が塗り終わってない」

「いや俺は自分でやった――――」

 

 言葉を遮るように、ガシっと左右の腕をミアとカノンに掴まれる。

 何事かと呆気に取られていると、俺はさっきまで玲が寝そべっていたマットの上にうつ伏せで押し倒されていた。


「まあまあ、もっかいくらい塗っとかないと後が怖いわよ?」

「そうだよ。ボクらも塗ってもらうだけじゃ申し訳ないからね。お返しにちゃんと隅々まで塗ってあげるよ」


 この場から逃れるために藻掻くが、普段から運動に運動を重ねているような彼女らには敵わず。体勢が悪いという要素込みでも若干のショックを受けていると、俺の体にまたがるようにして玲が上から乗ってきた。

 もう駄目だ、逃げられない。


「凛太郎、じっとしてて」

「や、やめ――――」


 背中に、ぞわぞわという快感が駆け抜けた。


◇◆◇

「……ひどい目に遭った」

「最高の間違いじゃない? アイドル三人に体を触られまくったのよ?」

「俺はもっと体を大事にしたいんだよ」

「それ男側のセリフじゃないから」


 結局満遍なく日焼け止めを塗られてしまった俺は、パラソルの下でぐったりと横たわっていた。

 まだ海に入ってすらいないのに、立ち上がるのが億劫になるくらい疲れている。対する元凶三人組はぴんぴんしており、被害者と加害者の差が如実に表面化していた。


 そんな中でも、こいつは俺に手を差し伸べてくるわけで――――。


「凛太郎、行こう?」

「……おう」


 そして俺は、こいつの誘いを断れないわけで。

 玲の手を取り、立ち上がる。

 向かう先は、真っ青な海だ。

 水に足首まで浸かれば、血管が冷やされて体温自体が下がっていくような心地よさを感じる。


「こいつはいいなぁ……」

「凛太郎?」

「ん? ぶっ⁉」

 

 呼ばれた方向に顔を向ければ、その瞬間に顔面に水をかけられた。

 途端に口の中が塩辛くなり、ぺっぺっと水を吐き出す。


「何すんだよ⁉」

「悔しかったら、やり返せばいい」

「おいおい、俺がそんなガキ臭いこと――――」


 ――――いや、こういう時だからこそか。

 

 俺たち以外に誰もいないこんな場所で、大人ぶっている方がアホらしいのかもしれない。

 せっかくあの玲が盛り上げようとしてくれているんだ。楽しまにゃ損だろう。


「分かったよ。日々の洗い物で鍛えた水捌きを見せてやる」

「それ多分関係な――――わっ」

「隙あり!」 


 水をすくい上げ、玲の体にかけてやる。

 俺が乗り気になったことで笑みを深めた彼女は、対抗するように水をぶつけてきた。


「もー! だからイチャイチャすんなっての!」

「ボクらも混ぜてくれないとね」


 バシャバシャと水をかき分けながら、カノンとミアも参入してくる。

 

 高校生四人が年甲斐もなくわーわーきゃーきゃーと水合戦。

 本来なら眺めているだけでも恥ずかしくなるような光景だが、そんなことは振り切ってはしゃいでみれば、これが意外と悪くない。


「日頃の恨みよ! 玲! 食らいなさい!」

「あっ……」

 

 カノンに水をかけられそうになった玲が、それを何とかかわそうとする。

 そのかわした先にいたのは、俺だった。

 衝撃で足を砂に取られた俺は、そのまま彼女と共に水の中に落ちる。

 ひんやりと冷たい青い水の中に、玲の金色の髪が揺れていた。

 その美しさに感嘆した俺の口元から、無数の泡が逃げていく。


 何だよ。夏も案外悪くないな。

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