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14-3

「はー! 何よあんたたちまで! もういいわ! それよりも凛太郎、あんたにお願いがあるの」

「何だよ、藪から棒に」

「これ、何か分かるわよね?」


 そう言ってカノンが俺に何かを手渡す。

 お肌の味方、日焼け止めだ。酷い日焼けは痛いだけだし、俺も念のため肌に塗り込んでいる。


「そりゃ分かるけど、これがどうしたんだ?」

「塗って」

「は?」

「だーかーらー! あたしらに塗ってって言ってるの!」


 カノンの言っていることが理解できず、俺の頭はしばしフリーズする。

 俺にアイドルの生肌に触れと申すか?


「なーにほざいてんだお前ぶっ飛ばすぞ」

「ここに来て暴力⁉ 顔は駄目だからね!」

「どこも殴らんわ舐めんじゃねぇ! 誰よりもお前らの体を心配してるのが俺じゃボケナスが!」

「暴言の中に優しさを混ぜるんじゃないわよ!」


 ――――さて、ひとしきり大声を出したことで混乱は収まった。


 ここからは冷静に会話しよう。


「なあ、お前たち。この常識知らずが何を言っているか翻訳してくれないか?」

「え、もしかして常識知らずってあたしのこと?」

「他に誰がいるんだよ。男に日焼け止めを塗らせるなって保健体育で習わなかったか?」

「そこまでピンポイントに習ったことはないわよ!」


 どういう形であれ、それこそ命の危機でもない限り、恋人でもない男に肌を触らせるなんていかがなものかと思う。


 そう、俺はめちゃくちゃピュアなのだ。


 この事態をあっさり受け入れたら、運を使い果たして明日死ぬ気がするだなんて決して思っていない。俺はどこまでもカノンたちを心配しているのだ。本当だよ?


 そんな俺とカノンのやり取りを笑って見ていたミアが、観念した様子で口を開く。


「まあまあ、あまりカノンを責めないでやっておくれ。この話はボクらも乗っかっているんだ」

「は? お前らもしかして俺を植物かなんかと勘違いしていないか?」

「植物に匹敵するくらいには手を出してこないなーって思っているけどね。一応これでもトップアイドルだなんて言われてるのに、ちょっと自信なくすなーって」

「俺は筋が通っていないなら絶対に手を出さない人間だ。むしろ男らしいと言ってもらいたいね」

「それならむしろ安心だ。やましい気持ちなく日焼け止めを塗ってもらえるね」

「む……」


 あれ、上手く口車に乗せられている気がするなぁ。


「別に全員分とは言わないよ。一人だけ選んで塗ってくれればいいんだ」

「はぁ……別にお前らで塗り合えばよくないか?」

「ここで君が選んだ人間が、今夜は君と同じ部屋で寝ることになる」

「地獄かな?」


 何だその究極の選択は――――。


 さっき一通りコテージの中を散策させてもらったのだが、二階には寝室用の部屋が二つあるだけだった。

 中にはベッドが二つ。つまり一つの部屋では二人しか寝ることができない。


 日焼け止めを塗る段階ですら苦悩することが分かりきっているのに、その先にもう一段階あるだなんて、褒美を通り越してもはやお仕置きだ。


「地獄なんて人聞きが悪いわねぇ。こんな美少女たちと同じ部屋で眠れるなんて、むしろ感謝してほしいくらいなんだけど?」

「できねぇよ。つーかそもそもの話、それをやってお前らのメリットは? 俺がリビングのソファーで寝ることよりもメリットがあるのであればぜひ教えてくれ」

「え? 女として自信が持てるとか?」

「よーしよく分かった。お前ら面白半分で始めたな?」


 俺の問いかけに、三人は同時に頷く。

 ああ、なるほど。俺はからかわれているわけだ。

 こうなったらとことん乗っかってやろうじゃねぇか。


「……分かった。じゃあ一人選べばいいんだな?」

「な、何よ、急に乗り気になって」

「カノン、こっちに来い」

「へ⁉」


 俺はカノンの腕を掴み、そのまま砂浜の中央に設置されたパラソルの下へと向かう。

 パラソルの下には休憩用のマットが敷いてあり、いつでも座って休めるようになっていた。俺はそこにカノンをうつ伏せで寝かせる。


「ちょ、ちょっと待って⁉ あたしなの⁉ 本当に⁉」

「おうよ。ちゃんと塗ってやるから覚悟しろよ」

「待って⁉ ドキドキしてるから! 今すんごいドキドキしてるから! ――――ひゃっ⁉」


 カノンの背中に、日焼け止めクリームを垂らす。

 そして両手にも多めにクリームを出すと、丁寧に手の中ですり合わせた。


「凛太郎……」

「ん、何だよ玲」

「カノンと一緒に、寝たいの……?」


 苦しそうな、切なそうな表情でそう問いかけてくる玲に、視線を向ける。

 俺は一つため息を吐くと、クリームでぬるぬるしている手で玲を手招いた。


「玲、来い。ミアもだ」

「え、ボクもかい?」


 警戒もせずに近づいてくる二人を、カノンを挟む形で両脇に立たせる。

 これで準備は整った。


「――――ん? 何か嫌な予感がするんですけど?」


 カノンの言葉を無視し、俺はそっとその背中に足を乗せる(・・・・・)

 そして左右の手をそれぞれ、玲とミアの背中に当てた。


「じゃ、始めるぞ」


 ぬりぬり、ぬりぬりと。

 右足と両手を器用に動かしながら、三人同時(・・・・)に日焼け止めを塗りつけていく。


 しばらくの沈黙。

 やがて口を開いたのは、絶賛背中を踏みつけられているカノンだった。


「――――な、何よこの仕打ち⁉ アイドルを足蹴にするってどういうつもり⁉」

「俺が選んだやつが俺と相部屋になるんだろ? だから三人とも選んだんだよ。お前らのうち二人くらいなら同じベッドで眠れるだろうし、そうすれば二つで足りる。俺は地べたで寝るから万事解決だ」

「だとしても何であたしだけ踏みつけられてるわけ⁉ いじめ⁉ いじめなの⁉」

「うるせぇな。お前だけ選ばなかったことにして一人部屋にするぞ」

「これいじめだぁー! あたしのトキメキ返せ!」


 少しはときめいたのか。可愛いところもあるじゃないか。

 

 とは言え、俺には女を踏みつけるような趣味はない。ある程度パフォーマンスが済んだタイミングで、俺は足を退けた。


「あーあ、これはルールの穴を突かれちゃったね。まありんたろーくんらしいって感じかな」

「悪いな。からかわれっぱなしは性に合わねぇんだよ」

「……実は、からかい百パーセントってわけじゃなかったんだよね」

「え?」


 ミアの視線が、玲に向けられる。

 そしてそんな彼女は、どことなくホッとした様子で俺を見ていた。


「私は凛太郎と同じ部屋になりたかったよ?」

「……さいですか」


 相変わらずこいつは人を照れさせるようなことを平然と言ってのける。

 そこに痺れもしないし憧れもしないが、言われる側としては気が気ではない。守ってきた自分のペースが一瞬にして砕かれてしまうのは、良くも悪くも復活に時間がかかる。


「ほら、イチャイチャしてないでさ、とりあえず最後まで塗ってくれないかい? 中途半端に塗られたんじゃ不完全燃焼だよ」

「……もう俺がやる必要なくないか?」

「一度は手をつけておいて何を言っているのさ。最後まで責任を取ってほしいな」


 誤解を招くようなこと言いやがって。ミアもそれが分かっているから、さっきからずっとニヤニヤしているのだろう。本当に食えない奴だ。


 ――――仕方ない。

 

 一度手をつけた云々は置いておくとして、日焼け止めを手のひらで馴染ませた以上は使い切らねば勿体ない。


「分かったよ。背中だけは塗ってやる」

「痛くしないでね?」

「お前本当にやめとけ?」


 いつまでもニヤニヤとからかってくるミアに真顔を向けつつ、俺はとりあえず寝そべったままのカノンから塗り切ることにした。

 もうすでにだいぶ疲れてきたが、これからまだ夜もある。そう思えば思うほどに、楽しみよりも若干恐怖が勝ちつつあった。

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