13-3
「うおぉぉぉぉ!」
「きゃぁぁあああ!」
俺たちの会話を遮るように、これまた楽しそうな声が聞こえてくる。
浮き輪の上で密着しながら滑り落ちてきた二階堂と柿原が、プールの中へと飛び込んだ。
楽しげにプールサイドへ向かってくる二人を見て、内心ホッとする。
もう、今日は放っておこう。
協力するという義理に関しては、もう果たしたはずだ。
今だってもう十分いい関係じゃないか。少なくとも、他人の恋路にこれ以上手は出したくない。
「三人とも待たせたな。特に凛太郎は結構待たせちゃったと思うんだけど……」
「いいよ、気にしないで。みんなが飛び込んでくるところを見てるのは結構楽しかったし」
「そうか? じゃあ次は凛太郎も楽しめるやつに滑りに行こうか」
律儀な奴め。憎いくらいに良い男だ。
まあ人が滑っていて楽しそうだと思ったことは事実。せっかく来たわけだし、どうせなら楽しんで帰ろう。
「じゃああっちの低めのやつに行こうぜ!」
「いいね! あれならみんなで滑れそう!」
堂本が指さしたウォータースライダーは、滑り台自体が広く大きな浮き輪にみんなで掴まって滑るタイプのものだった。確かにあれなら全員で楽しめる。
「志藤君、あれなら大丈夫かな?」
「うん。あの高さくらいなら問題ないよ。気を使ってくれてありがとうね」
「ううん。当然のことだよ」
二階堂の言葉に、他の三人も頷く。
本当に気のいい連中だ。クラスカーストが高いことが素直に納得できる。
いつか、俺も彼らと本音で話せる時が来るのだろうか?
そんな風に考えてしまった自分の思考を、頭を振って霧散させる。
どう考えても、素の俺と彼らの性格が合うとは思えない。
それを切ないと思い始めた俺自身に、少しだけ驚いた。
◇◆◇
一通りウォータースライダー等で遊んだ俺たちは、屋台の並ぶテラスのような広場に来ていた。
ちょうど他の家族が座っていたテーブル席が空き、俺たちはその場に腰掛ける。
「くぅ……痛い出費だぜ」
苦しげな表情を浮かべながら、堂本と柿原が俺たちの前に屋台の焼きそばを置く。さっき野木に負けた罰ゲームだ。
トレーの上に昔ながらのソース焼きそばが乗っている。
水の中で体を動かしていた俺たちは思いの外腹を空かせていたようで、誰の物か分からない腹の鳴る音が聞こえてきた。
「あ……ごめん」
「えー! もうアズりん可愛すぎ! ほら男子たち! 可愛い女の子がお腹空かせてるんだから、さっさといただきますするよ!」
「ほ、ほのか! 恥ずかしいから!」
意外なことに、どうやら二階堂の腹が鳴ったようだ。
そんな彼女をフォローするように、柿原が声を上げる。
「じゃあ食べよう! ほら、いただきます!」
いつかの調理実習の時のように手を合わせた俺たちは、それぞれ出来立ての焼きそばに口をつけ始める。
――――美味い。
味だけで言うならば、本当に普通のソース焼きそば。しかし空きっ腹とこの開放的なシチュエーションが相まって、異常に美味く感じる。
キャンプで作るカレーやBBQと同じだ。
やはり食事は環境も大切ということらしい。
「うっまぁぁぁあ! ナニコレ美味しい! しかも祐介と竜二の奢り!」
「何度も掘り返すんじゃねぇよ! でもマジでうめぇな!」
野木と堂本がはしゃぐ気持ちもよく分かる。
隣で上品に食べていた二階堂も、押さえた口元が綻んでいた。
「この後どうする? 俺としてはもう一通り回ったし、各自自由って感じで動いてもいいんじゃないかって思ってるけど」
「祐介にさんせー! しばらく好きに動いてみようよ。後で時間決めて合流する感じにしてさ」
柿原の意見には皆賛成のようで、声に出さずとも頷くことで賛同を示す。
俺としても自由行動は大賛成だ。小難しい理由を考えず柿原や二階堂から離れられるのはありがたい。
「な、なあ……梓」
「ん? 何?」
――――お?
言い出しっぺの柿原が、二階堂に声をかける。
俺と堂本たちは無言で目を合わせ、会話の行く先を見守った。
「ま、また一緒にウォータースライダー乗らないか? 最初のやつにさ」
やはり、もう俺の協力なんて必要なさそうだ。
自分から声をかけられるなら、下手なお膳立てなどいらないだろう。
「あ、いいよ。私も乗りたかったから」
「っ、そっか! じゃあ食べ終わったら早速行こう!」
「そんなに張り切って……変な柿原君」
二階堂も満更ではなさそうな顔をしている。
二人が自主的に二人っきりになってくれるのなら、俺はどうするか。
視線を試しに堂本に向けてみると、彼は何をどう解釈したのか悪い笑みを浮かべ始める。
「くっくっく……分かったぜ凛太郎。お前もやっぱり泳ぎの速さ比べがしたかったんだな!」
いや、全然違うけど。
「仕方ねぇな! じゃあ次は飲み物をかけてバトルだ!」
「いいねぇ! それならウチもまた参加するー!」
「いいだろう! 今度は凛太郎を混ぜた三つ巴だな!」
違うけど――――まあいいか。
一人で回っても退屈だし、何も考えずに体を動かせるならそれに越したことはない。
食事を終えた俺たちは席を立ち、二組に分かれて動き始める。
柿原たちは彼らが最初に遊んだウォータースライダーへ。そして俺たちは25mプールへと向かった。
「よし、勝負は50m! 行って帰ってきての往復で一番速い奴の勝ちだ!」
「ふっふっふ、二回目だろうが負けないよ!」
気合が入っている二人と共にプールに入り、スタートの構えを取る。
さすがに飛び込みは危険だからと禁止されていたため、水の中からのスタートだ。
「じゃあ行くぞ! よーい……どん!」
堂本の声掛けに合わせ、俺たちは一斉にプールの壁を蹴った。
二人の位置などは視界に入れないようにしながら、自分の泳ぎに集中する。——などとかっこつけて考えているが、実際のところは別に泳ぎが得意なわけでも何でもないため、他のことに意識を向けるだけの容量がないだけだ。
ひたすらに手を動かして、クロールで前に進む。
ようやく25mの折り返しにたどり着いた時に、二人の位置が一瞬見えた。
ああ、駄目だこりゃ。
すでに二人とも折り返しを終え、俺の前を泳いでいる。
そこから諦めずに全力は出したものの、結局追いつくことはできなかった。冴えない男の無双劇は、やはり現実では起きないらしい。
「しゃぁ! 見たかこの野郎!」
勝利の雄たけびを上げたのは、堂本だった。
最初のレースで一位だった野木は、心の底から悔しそうに地団太を踏んでいる。
「ああもう! 途中で水着がズレそうにならなければ絶対に勝ったんだから!」
「残念だったな、勝負は勝負だ! まあビリっけつは凛太郎だけどな!」
「くぅ、まあビリじゃないだけよかったって思うしかないかぁ」
息を切らしながらプールサイドに上がった俺に、二人はニヤニヤした顔を向けてくる。
あらやだ、めっちゃムカつく。
「俺、コーラな」
「ウチもー」
さっき俺たちが買ってきたやつと同じじゃねぇか。
仕方ない、敗者には文句を言う資格すらないのだ。
「わ、分かったよ……この借りはいつか絶対に返すからな」
「おう、上等だよ!」
俺は施設内でレンタルできる防水の袋に入れていた財布を持つと、そのまま売店の方へと歩き出す。
カースト上位の連中を打ち負かすチャンスだったのだが、そう上手くは行かなかった。大人しくさっさと飲み物を買ってきてやろう。
ただ、こうも人が多いと売店に飲み物を買いに行くだけで一苦労だ。
人とぶつからないようにしながら、できるだけ人口密度の薄い場所を選んで歩く。
そうしていると、気づけばあのウォータースライダーの近くまで来てしまっていた。麓の方は順番待ちの人間で賑わっているものの、受け皿プールの周りにいる人間は少ない。
いそいそとウォータースライダー周辺を抜けようとしていたその時、視界の端に見知った二人が映り込んだ。
「梓……提案があるんだけどさ」
疲れた様子でプールサイドに腰掛ける柿原たちの会話が聞こえてくる。
その瞬間、俺はとっさに近くの岩のオブジェクトに身を隠していた。
そんなこと知る由もない柿原は、言葉を続ける。
「今度は……その……二人で、また来ないか?」