12-1 一日彼氏
暑い。
ただ一言、その言葉を頭に浮かべながら、俺は相変わらず真っ青な空を見上げていた。
俺は今、バス停に置かれたベンチに座っている。
そして隣には、黒髪の美少女が座っていた。
「ん? 何か顔についてる?」
「いや……何でもねぇ」
玲はきょとんとした顔で俺を見ている。
そんな彼女から目をそらし、一つ息を吐いた。
玲は今、ウィッグと黒色のカラコンをつけている。前にウィッグだけ見せてもらった時とは違い、今日の彼女は金髪がまったく見えないようにセットしてあった。故にこうして近くで見たとしても、彼女が乙咲玲だとは早々気づかれないだろう。
その新鮮さのせいでまさか見惚れる羽目になるとは思わなかったが……。
「凛太郎、バス来た」
「ん? ああ……」
目の前に止まったバスに乗り込んだ俺たちは、隣同士で空いている席に座った。
何故バスに乗ったか、それは駅から少し離れた場所にあるショッピングモールへと向かうためである。
洋服やら水着を買うだけなら駅前でも十分だが、一店舗でそれらすべてを完結させるのは難しい。そうなると結局店を梯子することになるのだが、この暑さの中で歩き回るのは自殺行為だ。
そして二人で相談した結果、あらゆる店を取り揃えているショッピングモールが最適という結論に至ったのである。
「休日だからめちゃくちゃ人がいそうだな。あんまり顔を見られないようにしろよ」
「分かってる。でも今日はよっぽどのことがない限り大丈夫だと思う」
「まあなぁ……」
確かに今日の彼女をぱっと見で乙咲玲だと気づける人間がいたとしたら、それは同じミルスタの仲間であるミアとカノンだけだと思う。
これなら周りにびくびくしながら歩かなくて済みそうだ――――。
ショッピングモール前でバスが止まり、俺たちは他の人の流れに従って駐車場の中の歩道を歩いた。
この辺りではもっとも大きい商業施設であるここには、夏休み序盤と言うこともあり学生や子供連れの家族が多く訪れる。駐車場はほとんど埋まっており、空くのを待っている車がうろうろしている姿が印象的だった。
「そんじゃどこから行く? お前の買い物優先でいいけど」
「じゃあ一階の服屋から回っていきたい」
「あいよ」
少しの間玲に先導させ、俺は後からついていく。
服にそこまで頓着がない俺は、いつもできるだけ安い店でできるだけ派手じゃないものを選んで買う。
元々節約をしながら生きていた人間だから、あんまりブランドやら何やらに挑戦したいと思えないのだ。
対する玲は、きっとそれなりに価値があるものを身に着けていることだろう。一応このショッピングモールにもブランド物の店は入っているはずだが――――。
「って、ここユ○クロじゃん」
「そうだけど、何か変?」
「いや、ちょっと意外だなって……」
まず最初に玲が選んだ店は、庶民の味方のユ○クロだった。
あまりにも慣れ親しんだ場所すぎて、正直拍子抜けである。
「肌着とかはここで買う。安くて可愛い物もいっぱいあるから」
「……何か安心したわ」
二人して店に入り、俺は玲の後ろから彼女の買い物を見守る。
宣言通りに肌着を数枚購入した玲は、そのまま店を出た。
「次はあっち」
「はいはい」
女子の買い物は長いとはよく聞いたものだが、彼女もこれに関しては例外ではなかったようだ。
一店舗ずつ入ってみれば、ざっと服を見て気になったものを試着してみる。そうしてしっくりきた物は購入し、気に入るものがなかった場合は何も買わずに出ることもあった。
女子の買い物の話を聞くたびに、面倒くさそうと何度も思ったもんだ。しかし意外や意外。玲とのこの時間はまったく退屈だとは思わない。
それどころか、色んな服に着替える彼女の姿を見ることができるのは役得とすら思える。
「凛太郎、これ似合う?」
試着室から出てきた玲は、白いワンピースを身にまとっていた。
目の前で一回転すれば、裾がふわりと浮く。
よく似合っていると思ったが、それは玲が今の髪型だからかもしれない。元の彼女を思い浮かべながら考えると――――。
「んー……一つ前のやつの方が俺は好きだったかもな」
一つ前に彼女が見せてくれた服は、とてもカジュアルなものだった。
黒いノースリーブの上から肩の出る薄いTシャツを着て、下はジーパン生地のホットパンツ。
艶めかしい足が見えていた分、俺の単純な目には魅力的に映った。
ちなみにだが、俺はホットパンツフェチである。
――――興味ねぇか。
「そう。じゃあそれを買う」
「いいのかよ。俺の意見一つに左右されちまって」
「いいの。凛太郎に似合うって言ってもらった物が一番いい」
思わず悶えそうになる心を、平静を装えるように必死に保つ。
勘違いさせかねないことばかり言いやがって……これじゃ身が持たねぇよ。
俺が好きだと言った方の服を購入してきた玲は、再び俺の横に立つ。
「買ってきた。じゃあ行こう」
「待て待て……そろそろ持つよ」
「え?」
玲の持ついくつかの荷物を、俺は横から奪い取る。
布とは言え、数が増えればそれなりの重さになるもんだ。
両手に確かな重みを感じながら、俺は前を向く。
「ほら、次行くぞ」
「……うんっ」
何だよ嬉しそうにしやがって。ういやつめ。
◇◆◇
結局、玲の買い物は一時間以上続いた。
さすがに途中から俺の腕だけでは手が足りなくなり、玲の腕も片腕が塞がる状態になってしまっている。
ただ、彼女は満足そうだ。
それはそうと、玲が支払いを済ませている間に他の服の値札を見てみた。……俺のような男は絶対に買わないような値段が書いてあったのは、言うまでもない。
「私の買い物は終わった。次は凛太郎の番」
「だな。つっても適当な水着を一着買うだけなんだが……」
夏だからか、いくつかの店で水着のセールが行われていた。
その手近なところで、適当な安いやつを一着買えればそれでいい。
「なら、私が選んでもいい?」
「いいけど……ブーメランパンツとかは駄目だぞ」
「大丈夫。それは二人だけのところで見せてもらう。外には履いて行かせない」
「お前だけにも見せねぇけどな?」
自分がブーメランパンツを履いている姿を想像して、吐き気がこみ上げてくる。
うん、絶対見せねぇ。
「普通にかっこいいやつを選んでくれよ。……できるだけ安いやつで」
「うーん……分かった」
「何で残念そうなんだよ」
よく分からねぇ女だ。
まあ選んでくれると言うなら、素直にお言葉に甘えよう。
水着売り場へ移動し、並んで置かれている男物の水着を見比べていく。
――――どれでもいいなぁ。
「凛太郎、これはどう?」
「ん?」
玲が持ってきたのは、青い生地の水着だった。
腰で結ぶ紐の色は白く、いいアクセントになっている。
派手さはないし、俺好みだ。
「いいな、これ。せっかくだしこいつにするよ」
「ん。じゃあ買ってくる」
「おいおい待て待て! 何でお前が買うんだよ!」
「え? だって私が選んだから……」
「なら今までのお前の服のいくつかは俺が買わなきゃいけなくなるだろ⁉ 俺の物は俺が買うんだよ……」
玲は少し不満そうにしているが、ここは譲れない。
専業主夫になったら結局奥さんに全部買ってもらうことになるのだが、それはそれ、これはこれ。
「ほら、よこせ」
彼女から水着を奪い取り、レジへと持っていく。
値段はまあめちゃくちゃ安いというわけではなかったが、高いってわけでもない。
ちゃちゃっと金を払い、俺は玲の下へと戻る。
すると、今度は女物の水着の前に立つ彼女の姿があった。
「……何してんだ?」
「私の分の水着を見てた」
「必要か? 今度の撮影ではスタッフが用意してくれるんだろ?」
「凛太郎と一緒にお風呂に入って、その時に見せるため」
んー? こいつは何を言ってるんだ?
ニラ様よりレビューをいただきました。ありがとうございます。大変励みになります。
たくさんの方から感想の方もいただいております。どれも嬉しいものばかりで、こちらも毎日更新の励みとなっております。ありがとうございます。
正直更新に必死で返信の方まで手が回っていないのですが、どれもすべて目を通させていただいております。今後もこの作品を楽しんでいただければ幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。