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11-4

 家の中へと入った俺は、レジ袋の中身を冷蔵庫に移すなりしてからソファーに腰かけた。

 そこからしばらく柿原とラインにてやり取りをした結果、かろうじて事情を呑み込むことに成功する。

 

 曰く、俺がいなくなってから三人の中でプールに行こうという話が出たらしい。それであの場にはいなかった野木も誘うことになったのだが、どうせならさっきまで一緒だった俺のことも誘おうと二階堂から(・・・・・)提案があったようだ。


 余計なことを……と思わないでもないが、何かあったら連絡しろと言ってしまったのは俺だ。社交辞令だったとは言え、拒否するのは気が引ける。

 それに——うん、こんなメッセージが届いてしまうと、ちょっと断りにくい。


『俺、今回のプールで梓にもっとアピールしようと思うんだ。事情を知っているのは凛太郎だけだから、協力してもらえないか?』


 うーん、嫌だ。本音を言うなら面倒くさいし、めちゃくちゃ嫌だ。

 だけど二階堂と柿原が上手く行くことが、今の俺としては一番ありがたい形になる。ここは協力してみるのもありなのかもしれない。

 

 そもそも俺が二階堂に近づかない方がいい気もするが、逆に言えば幻滅させるチャンスでもある。

 俺の株を下げて、柿原の株を上げるような画期的な手段は何も思いつかないが、やるだけやってみる価値はあるはずだ。


 それにまあ――――恥ずかしい話、俺は夏休みに大勢で遊ぶなんて経験をしたことがなかった。だからほんのわずかながら憧れの感情もありはする。

 高校生活で一度くらいは、乗り気になってみてもいいだろう。


『分かった、行くよ』


 そうメッセージを打ち込み、送信する。

 するとすぐに俺の参加を喜ぶメッセージが届き、詳しい時間や待ち合わせ場所についての情報が送られてきた。

 本当に、柿原という男はいい奴なのだ。二階堂に対してだけは空回ってしまうだけで……。


◇◆◇

「ただいま」

「おう、おかえり」


 しばらくして、玲がリビングへ入ってきた。

 どことなく疲れた様子の彼女は、汗で張り付いてしまった髪の毛を鬱陶しそうに退かしている。


「ずいぶんと汗をかいたみたいだな。今からソーメン茹でるから、シャワー浴びてきていいぞ」

「ん……ありがとう。今日は新曲のダンスレッスンだったから、かなり疲れた」


 彼女はリビングから廊下へと引き返し、風呂場へと向かう。

 俺は鍋で湯を沸かしつつ、ソーメンの準備を始めた。

 とは言えやることは少ない。薬味としてネギを切ったり、凍らせた柚子をすりおろしてみたり。めんつゆにごま油を少し垂らしてもまた風味が変わるため、それもちょっと用意してみたりと、その程度だ。ソーメン自体に工夫は特にないが、こうしてつゆの方でカスタマイズできるのは個人的には好きだったりする。


(……あ、タオル置いてたっけ)


 ソーメンが茹で上がったところで、ふと俺はそんなことを思った。

 確かまだ洗面所に替えのバスタオルを置いていなかった気がする。

 大きな皿にソーメンを盛り付けるところまで済ませたら、俺は乾きたてのバスタオルを持って洗面所へ向かった。

 シャワーの音はまだ聞こえてきている。ここで浴び終えた玲とばったり鉢合わせなんていうラッキースケベは、きっちりと回避した。


 しかし、何事にも誤算と言うものはあるもんで――――。


「げっ……」


 思わずそんな言葉が漏れた。

 雑に脱ぎ散らかされた玲の衣服の隙間から、白色の生地が見えている。

 あれは……おそらく下着だ。

 こうはっきり言っては何だが、俺は彼女の下着を見たことがある。忙しい玲に代わり、洗濯物も俺が担当しているのだ。そりゃ見ますとも。

 ただそういう時は中身が見えにくい網などに入れてもらってから洗っているため、はっきりと目にしたわけではなかった。


(く……! くそっ!)


 無駄に熱くなった頬を冷やすため、頭を振る。

 忘れろ、すべて忘れろ。

 そう何度も言い聞かせながら、服の近くにバスタオルを置いた。そして彼女の着ていた衣服をそっとずらし、下着を隠す。

 これで俺が下着を見たことは気づかれない――――はずだ。


「……マジでアホくさ」


 冷静に考えれば、玲は全然気にしない可能性が高い。慌てているのが俺だけなのだとしたら、それはそれで少し空しかった。


 ここ最近、多分俺はどことなく様子がおかしい。

 

 だけどそれを自覚しないように過ごしていた。自覚してしまえば、何かが変わってしまうような気がして――――。




「お風呂先にいただいた。ありがとう」

「おう。もう飯できてるから、席に座ってくれ」

「うん、分かった」


 風呂から上がった玲を席に促し、テーブルの上にソーメンの皿とめんつゆの入った器を置く。

 俺と彼女は手を合わせた後、食事に手を付け始めた。


「ん、美味しい」

「そりゃどうも。割と手抜きだけどな……」

「そんなことない。色々工夫できるものが置いてあって、これはこれで楽しい」

 

 玲はそう言いながら、つゆの中にネギを入れる。そして三滴ほどラー油を垂らし、再びソーメンをすすった。


「つゆ交換するのって大丈夫?」

「問題ないぞ。リセットしたければ作り直してくる」

「分かった」


 ラー油やごま油を垂らすのも確かに美味いが、別の味に変えたいと思った時に取り返しがつかないという部分がネックになってしまう。それならそれで"プレーン"を用意すればいい。少し勿体ないとも思ってしまうが、衛生的にも他に使い道がなくなってしまうため仕方ないと割り切る。


「凛太郎、明日はオフなんだけど、買い物に行きたい。付き合ってくれる?」

「待て待て……このくだりが何度目になるかは分からないが、一緒に出歩くのはまずくないか?」

「大丈夫。出歩きやすくするために、ウィッグを用意した」

 

 そう言いながら、玲は自分の鞄から毛の塊を取り出す。

 流れるような黒髪を模したウィッグだ。玲の金髪とは正反対である。


「これを被せれば、私だとは分からなくなると思う。髪の毛の印象って結構大きいから」

「まあ、確かに?」


 自分の頭の上にウィッグを乗せた彼女は、確かに印象がガラッと変わった。地毛をまとめていないため所々から金髪がはみ出してしまっているが、それさえなくなればもはや別人と言ってしまっていいだろう。


「……分かったよ。それなら付き合う」

「ありがとう。夏用の服をもう何着か買っておきたかったの」

「あ、そういうことなら、ついでに俺も買い物もしていいか?」

「構わない。でも何買うの?」

「水着」

「え……?」


 よくよく考えたが、俺は学校用の水着しか持っていなかった。

 最悪それを持っていけばいいが、それではあまりにもダサい。ここは身銭を切ってでも、一着は水着を持っておくべきだろう。


「近いうちにプールに行く予定ができたんだ。そのために買っておこうと思って……って、どうした?」


 それまで比較的饒舌に喋っていたはずの玲が、突然黙り込んだ。

 心配になって声をかけてみれば、彼女はようやく口を開く。


「――――誰と?」

「え?」

「誰と?」


 え、玲さんもしかして何か怒っていらっしゃる?


 いつになく圧の強い彼女の言葉に、思わずたじろぐ。

 そして俺は、何故か敬語で事の顛末を説明するのであった。

 

 もちろん、柿原の事情などは伏せたけども。

 


 

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