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11-3

「ど、どうして……凛太郎と梓が一緒にいるんだ……⁉」


 目に見えて狼狽えている柿原を前にして、俺は脳みそをフルに動かしていた。

 修羅場と言っても差し支えない状況。穏便に済ませるためには、言葉選びと言い方が大切になる。


「えっと、祐介君――――」

「恋愛相談をしてたの。志藤君にどうしても聞きたいことがあって」


 思わず吹き出しそうになった。

 ここで二階堂に余計なことを言われるのはまずい。まずいが――――この状況においては、もしかしたらグッジョブなのかもしれない。

 恋愛相談。そうだ、この話に乗っかろう。


「そうそう。この前俺に彼女がいるって話は二人にもしたでしょ? だから俺のことを恋愛経験豊富だって勘違いした二階堂さんが相談したいって言ってきたんだよ」

「そ、そうなのか! てっきり俺の知らない間に二人が凄く仲良くなっていたのかと思ったよ! ははは!」

 

 おい柿原、笑い声がかすれているぞ。無理して笑うな。

 ともあれ、この反応ではイマイチ信用されきっていない雰囲気がある。もう一押しと言ったところか。


「悪いけど、二人には相談内容は言えないからね。特に祐介君には!」

「お、俺⁉」


 察しろ、柿原祐介。そして勘違いしろ。

 お前にだけは言えないということは、俺たちが相談していた内容はお前に関わることだと。

 恋愛相談に自分の話題が出るということは、少なからず二階堂に意識されているということだと。

 全部勘違いだけどッ! 頼むッ!


「あ、あー! そういうことか! なら仕方ないよな。うん。何も聞かないでおくよ」


 ――――よし。


 柿原は何かに納得した様子で、腕を組んでうんうんと首を上下に振っている。

 あまりにも思惑通りに行き過ぎて、思わず口角が吊り上がりそうになった。そうならないように耐えながら、俺は席に近づく。


「……? 別に私は――」

「おぉっと! 二階堂さんはジンジャーエールだったよね! はいどうぞ!」

「え? あ、ありがとう」


 余計なことを言われる前に、彼女の前にジンジャーエールを置く。

 その場しのぎのことばかりして先が不安だが、とにかく今日さえ乗り切ればこいつらとはしばらく会わずに済むはずだ。この夏で、柿原の恋にはどういう形であれ進展があるはず。そうして状況が変われば、もう一々柿原のことを気にする必要はなくなるだろう。

 そうなるまでは耐えるのだ、志藤凛太郎。

 

「なあ、何でもいいんだけどよぉ……腹が減ったからまずは何か食わねぇか?」

「そうだな。せっかくだし一緒に座ってもいいか?」


 俺も二階堂も、柿原の提案には首を縦に振る。

 食事自体は終わってしまっているが、ここで退散するのも感じが悪い。

 それに二階堂に余計なことを言われないようにするためにも、ここに残る必要があるだろう。


「助かるよ。昼時で結構人が入って来てたからさ」


 柿原と堂本が席に座る。

 感謝のつもりなのか、その際に柿原が俺に向けてこっそりウィンクを送ってきた。マジでいらないからやめてくれ。


 しばらくして、彼らが頼んだメニューがテーブルに運ばれてくる。

 堂本の前だけ山のように料理が置かれているのだが、本気でこれをすべて食べきるつもりなのだろうか? 下手すれば玲以上――――いや、バリバリ体育会系の大男と拮抗している彼女こそ驚かれるべきだな。うん。


「つーかよぉ、いつの間に志藤と祐介は名前で呼び合うような仲になったんだ? ちょっと驚いたぜ」

「名前で呼び合うようになったのは、三者面談の時だな。ちょうど俺たちだけ二者面談でさ、待ってる間に話す時間があったんだよ」


 柿原の説明に、俺は頷く。

 あの短時間で距離を詰められるところは、さすが学年カースト一位と言わざるを得ない。


「ああ、そうだったのか。なら俺にも凛太郎って呼ばせてくれよ! せっかくだし!」

「え? あ、いいよ。別に」


 何がせっかくなのかは分からないが、とりあえず許可する。

 名前で呼び合うことになったとしても、それが必ずしも仲の良さに繋がるとは思わない。だから呼び方くらいは好きにしたらいいと思う。


「そ、それなら私も凛太郎君って呼んでいい⁉」

「女の子に呼ばれると彼女がちょっと不機嫌になるから、申し訳ないけど控えてくれたら嬉しいな」

「あ……そっか」


 二階堂は、俺の必死な目を見て言いたいことを察してくれたようだ。

 彼女から見たら、俺が彼らの前で見栄を張りたいだけの男に映るだろう。実際先ほど話したことに関しては口止めをしたわけだし、これに関しては不自然じゃないはずだ。


 ふぅ、よかった。危うくとんでもない目で柿原から睨まれるところだったぜ。

 俺よりも付き合いが長いはずなのに、どうして二階堂は柿原のことを苗字呼びなのだろう。彼の方は名前で呼んでいるのに。


「……っと、俺はそろそろ帰るよ」


 スマホで時間を確認して、俺は三人にそう告げる。

 今日の夜は仕事帰りの玲に晩飯を作る予定だ。食材はまだあるが、何度も外に出ることを避けるためにいくつか買っておきたいものがある。

 正直まだ時間的余裕はあるが、先に帰る罪悪感を消すためにはいい口実だった。それに普段から一緒にいるわけじゃない俺がいなくなれば、三人の話ももっと盛り上がるだろう。


「志藤君、今日はありがとうね」

「いいよ。また何かあれば連絡して」


 社交辞令がてら二階堂にそう言葉を残し、テーブルの上に二千円を置く。

 柿原たちが来てややこしくなったが、俺が彼女に対して奢ると言った発言は生きているものだと思っている。二人分の注文でも二千円には至っていないが、余った部分は柿原への謝罪代としておこう。


「これで俺と二階堂さんの分を払っといてくれ。お釣りはいらないから」

「え、いいのか?」

「いいよ。元々そういう話だったんだ。それに一度でいいから、お釣りはいらないって言ってみたかったんだよ」


 なんて冗談で場を濁しながら、俺はレストランから外へ出た。

 一人になった瞬間、ドッと疲れがのしかかってくる。

 ひとまず、これで二階堂から俺と玲の関係が外に漏れる危険性は限りなく薄くなっただろう。遠い親戚という関係で納得してくれていたようだし、卑怯な話だが、彼女は俺に嫌われるような真似は当分の間しないはずだ。


「はぁ……」


 ため息を吐きつつ、俺は電車に乗って自宅のある最寄駅へ移動した。

 ここに越してよかった点の一つとして、駅からマンションの間に大型のスーパーがあるという点が挙げられる。加えて二十四時間営業。こんなに便利だともう離れられない。


 よく使ってしまう玉ねぎや豚バラ肉、うどんなどを買い足し、それと一緒に調味料もいくつか補充しておく。

 割と玲がケチャップ好きということもあり、それなりに消費が激しい。故に二つほど追加で購入し、一旦買い物は終了。

 レジ袋をがさがさと揺らしながら、マンションの前まで戻る。


「ん……?」


 家の鍵を開けようとした時、突然ポケットに入っていたスマホが通知音を鳴らす。

 何事かと確認してみれば、柿原祐介の名前でラインが届いていた。


『今度の水曜日、俺たちとプールに行かないか?』


 ――――いや、本当に何事?



 

 

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