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84-4

 酒屋の前に向かうと、ちょうど満足げな宇佐森さんが出てきた。

 手に持った大きな紙袋からは、酒瓶が覗いている。


「なにしてんだ」

「どわぁああああ⁉」


 宇佐森さんは声を上げて驚くと、その拍子に紙袋をこちらに放り投げた。


「うおっ⁉」


 俺は咄嗟に紙袋を受け止める。

 危なかった。自分の反射神経を褒めてやりたい。


「おー、ナイスキャッチ……! てか、なんで兄貴がここに?」

「それはこっちのセリフだよ。迷子になったのかと思ったぞ」

「ま、迷子……」


 宇佐森さんは〝迷子〟という言葉に、若干ショックを受けているようだ。

 まさか、急にいなくなった理由が酒を買うためだなんて。それなら迷子になっていたほうが、まだ可愛げがあったのに。


「いやぁ、お嬢たちかと思って焦ったぜ……。泡盛買ってるところなんて、お嬢たちに見せられないからな」 


 宇佐森さんは、そう言って俺から紙袋をひったくると、酒瓶を愛でるかのようにギュッと抱きしめた。

 その似合わぬ姿に、思わず噴き出しそうになるが、グッと堪えた。

 この外見でよく酒が買えたものだ。……いや、身分証があれば買えるか。


「別に見られたっていいじゃねぇか」

「ダメだ、それはアタシのポリシーに反する!」


 宇佐森さんは、不貞腐れた様子で顔を背けた。

 まったく、我慢できないやつがよく言うよ。


「なら、それどうすんだ? そろそろ、あいつら出てきちまうぞ」

「く、車に隠しておく……とか……?」

「……はぁ、分かった。お手洗いってことにしとくから、早く行ってこい」

「ううっ、恩に着るぜ! 兄貴!」


 一目散に駆けていく宇佐森さんを見送り、俺は再びため息をつく。

 あの酒、ツアーが終わるまで持ち運ぶつもりなのか? それとも、まさかホテルで飲むために買ったのだろうか。

 なんにせよ、彼女は相当な酒好きということだろう。また少し、宇佐森さんのことを知れた気がした。



 それからしばらく買いものを楽しんでいると、徐々に日が暮れてくる。

 そろそろ夕飯時ということで、宇佐森さんが予約してくれたしゃぶしゃぶ屋を訪れた。


「アグー豚、楽しみ。早く食べたい」


 注文した料理を待ちながら、玲はソワソワしていた。

 アグー豚は、沖縄の名物のひとつ。この店では、アグー豚料理が存分に楽しめる。

 最初に運ばれてきたのは、三品の料理。アグー豚のしゃぶしゃぶ、ゴーヤーチャンプルー、ラフテー。

 ラフテーとは、皮つきの豚バラ肉を使い、醤油、黒糖、そして泡盛などで味付けした料理である。長く煮込む必要があり、作り方自体は、豚の角煮によく似ている。

 本州では、皮つきの豚肉はなかなか手に入らないし、泡盛を使った料理を作る機会も滅多にないだろう。

 だからこそ、本場のラフテーが食べられるのを、ずっと楽しみにしていた。


「こんなプルプルのお肉、見たことない」


 玲がラフテーを箸でつつくと、プルンと脂身が揺れた。

 コラーゲンの塊である皮は、煮込むことでプルプルとしたゼリー状になる。皮つきでなければ、こうはいかない。


「んっ! トロトロでおいひい。これはもはや……飲み物」


 玲に合わせ、俺もラフテーを口に運ぶ。

 飲み物とはよく言ったものだ。玲の言うとおり、口の中で、脂身がトロトロに溶けていく。広がる醤油の旨味と、黒糖の甘味。家で作る角煮と違い、どこか独特な風味を感じる。これは、泡盛のおかげだろうか?

 ぜひ、家でも再現してみたい。ただ、自分じゃ泡盛は買えないし、今度宇佐森さんから分けてもらえないだろうか……。


「凛太郎君、チャンプルー食べた? さっぱりしてて美味しいよ」


 ミアの言葉に続くように、ゴーヤーチャンプルーに箸を伸ばした。

 まず驚いたのは、ゴーヤにまったくえぐみがないこと。ほどよい苦味が、豚肉の甘味と調和しており、食べれば食べるほど次が食べたくなる。

 こんなに美味しいゴーヤーチャンプルーを食べたのは、生まれて初めてだった。


「こりゃ美味いな……!」

「でしょ? この苦味が美味しいって感じるのは、少し大人になった証拠なのかも」


 ミアは山盛りの白米に、ゴーヤーチャンプルーを載せながらそう言った。そのわんぱくな食べ方をしているうちは、まだまだガキだと思う。まあ、俺も同じなのだが。


「ねえみんな見て! この脂身!」


 カノンが、しゃぶしゃぶ用の肉を持ち上げる。

 薄桃色の綺麗な脂身だ。眺めているだけで、涎が出そうになる。


「っ! うまっ……」


 肉を鍋の出汁に潜らせ、口に運ぶ。その瞬間、プリプリの脂身が口の中で弾けた。肉質は、柔らかくもしっかりと噛み応えがあり、噛めば噛むほど脂の甘みが口いっぱいに広がっていく。

 涙が出そうなほど美味い。


「すごい……脂身が多いのに、全然くどくないね」

「ご飯が……ご飯が止まりません……!」

「ん、お肉とお米、どっちもおかわり」


 大量にあったはずの料理が、すごいスピードで減っていく。

 俺はすかさず追加注文をして、第二陣に備えることにした。

 


 翌日。

 いつも通りの時間に起床し、キッチンに立つ。

 四日ごとに宿泊先が変わり、キッチンの設備も、そのたびに少しずつ変わる。

 最初は手間取ることもあったが、今ではどのキッチンにも対応できる自信がある。

 今から作るのは、沖縄のソウルフードのひとつ、ポークたまごおにぎりである。

 まず、スパムを一センチほどの厚さで切り、両面をこんがりと焼いていく。

 続いて、卵焼きを作る。このとき、大きさや厚みは、スパムに合わせて整えるのがベスト。

 あとは、海苔の上に米を広げる。先ほど焼いたスパムと卵焼きを、米の下半分に載せて、海苔ごと折りたためば、あっという間に完成。

 手軽で簡単。しかし、味は間違いなし。

 ただ、これだけでは少々味気ない。

 沖縄といえば、ゴーヤも欠かせないだろう。家じゃなかなか使おうと思わない食材のため、つい買ってしまった。

 問題は苦味だが、入念に調べた結果、ある程度緩和する方法があることを知った。

 まず、ゴーヤを縦に半分に切り、ワタを取る。それから、出来る限り薄く半月切りにする。

 切り終わったら、塩もみして、しばらく放置。すると、水分が出てくる。

 水分を絞り、すぐに沸騰したお湯でサッと茹でる。そして、流水でゆすいで、また絞る。

 ここまで下ごしらえをすれば、ゴーヤの苦味はかなり抑えられる。

 あとは、処理を終えたゴーヤに、ツナとマヨネーズを和え、コショウをかければ、ゴーヤのツナマヨサラダの完成だ。



「ゴーヤうま! 全然苦くないんだけど⁉」


 リハーサル終わり。

 カノンが、ゴーヤのツナマヨサラダに疑いの視線を向けた。


「ちょっと、これほんとにゴーヤなの⁉」

「どう見てもそうだろ……」


――――でもまあ、疑いたくもなるよな。


 苦味が抑えられたゴーヤは、ツナマヨという濃い目の味付けに対し、いいアクセントになっていた。ほどよい苦味が、マヨネーズのくどさを中和してくれるのだ。


「ゴーヤって、サラダにしてもすごい美味しいんだね。ねえレイ、もう一個おにぎり取ってくれる?」

「ん、両手が塞がってるから難しい」

「そのおにぎりを、一度置く選択肢はないのかい……?」


 ツアーが始まってから、玲のわんぱくさが留まる所を知らない。

 俺の作った弁当に夢中になってくれるのは嬉しいが、そんなに欲張らずとも、おにぎりはまだまだあるぞ。


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