84-3
「やーい! ざーこ! ざこ凛太郎! ざこ太郎!」
日陰で蹲っていると、カノンが容赦なく煽ってきた。
負けた。完全敗北だった。誰にも勝てなかった。
勝てないことなど重々承知だったが、それはそれとして、どいつもこいつも強すぎる。
俺を除いた四人であれば、どのゲームも接戦で終わる。しかし、ひとたび俺が加わると、一馬身ほど差をつけられて負けてしまう。
情けない。情けないったら情けない。これほどの屈辱を味わったのは、今日が初めてだ。
「あらら、拗ねちゃったわ」
「仕方ない、ボクがコツを教えてあげよう。砂に沈み込む前に、足を前に出すんだ。そうすれば、砂に足を取られなくなるよ」
できるわけねぇだろ。
「ん……そろそろお腹空いた」
玲の腹が、盛大に鳴る。
気づけば、昼飯時を過ぎてしまっている。自覚した途端、強い空腹感が襲ってきた。
「どこかに食べに行きたいな。近くにいいお店ないかな」
「それでしたら、近くに美味しい沖縄そばのお店がありますよ!」
「お、さすが葵ちゃん、よく調べてくれてるね」
沖縄そばか。こっちに来たら、一度は食べてみたいと思っていた。
――――ん? そういえば、何か忘れている気がする。
「あ、そういや動画撮らなくてよかったのか?」
「「「あっ」」」
気を取り直し、俺たちはビーチをあとにした。
宇佐森さんの案内でたどり着いた店は、沖縄の代表的な観光地である、国際通りにあった。
人気店のようで、行列ができている。
ようやく中に入れた俺たちは、テーブル席に案内された。
メニューには、沖縄そばと、ソーキそばの文字が。麺類に関しては、この二つしかないようだ。
実は、つい最近まで、沖縄そばとソーキそばを混同していた。
ソーキというのは、豚のあばら肉のこと。つまり、スペアリブである。
これを甘辛く煮つけたものを、沖縄そばにトッピングすることで、ソーキそばと呼ばれるようになるらしい。
「ボクはソーキそばと、〝じゅーしー〟にしようかな」
そう言いながら、ミアはメニューを指差す。
じゅーしーとは、沖縄の炊き込みご飯のことである。
沖縄そばの出汁や、ラードを用いており、本州の炊き込みご飯とは味わいがまったく違うらしい。
「あたしもそれ! てか、もしかしてみんな同じじゃない?」
全員が一斉に頷く。
結局、全員でソーキそばと、じゅーしーを頼んだ。もちろん、どちらも大盛だ。
「おお……!」
運ばれてきたソーキそばを見て、思わず声が漏れる。
透き通ったスープに、薄っすらと黄みがかったちぢれ麺。
上には紅しょうがと刻んだ小ねぎ、そして圧倒的な存在感を放つスペアリブが載っている。
じゅーしーには、しいたけ、にんじん、豚バラが入っている。
どちらもめちゃくちゃ美味そうだ。
早速、スープに口をつける。
想像以上にさっぱりとした味わいだ。しかし、かつお出汁の旨味がガツンと利いており、決して薄味というわけではない。
続いて、麺を口に運ぶ。
そばと言いつつも、小麦粉を使用した麺には、うどんのような強いコシと、もちもち感がある。
「んまー! あっさりしてるから、スルスルいけちゃうわね!」
「お肉もとろっとろだね。紅しょうがとも相性抜群」
続いて、じゅーしーを口に運ぶ。
こっちも、かつお出汁がよく利いている。それと同じくらい、濃厚な豚の旨味を感じる。
炊き込むときに、ソーキ作りで出た豚の脂を加えるらしい。そんなの、美味いに決まっているではないか。
「美味しい……」
玲は目をつむり、噛みしめるように言った。
「ほんと、すっごい美味しいですね……!」
「ん、いくらでも食べられそう」
器から、どんどん料理が消えていく。
おっと、このままではすぐに完食してしまう。沖縄なんて、次いつ来られるか分からない。ここはじっくり味わって食べなければ。
「みんな、ちょっといいかな?」
ミアが、俺たちに向かってスマホを構えていた。
オフショット撮影だろうか。俺は、カメラにう写らないよう席を移動する。
「凛太郎君も写ってよ。ただ、思い出として残しておきたいだけだから」
そういうことであれば、断る理由はない。
皆がカメラ目線であることを確認して、ミアは自分も写るように、内カメラで写真を撮った。
「あとで共有してよね」
「もちろんだよ。あ、そうだ。この写真も共有しておくね」
ミアから、今撮った写真と、見覚えのない写真が送られてきた。
写っているのは、首から下が砂に埋まったカノンだった。身動きが取れないことに絶望しているようで、とても暗い目をしている。それも相まって、どこからどう見ても生首だった。
「ちょっと⁉ これさっきの写真じゃない!」
「可愛く撮れているだろう? SNSのアイコンにでもしたらどうかな?」
「冗談じゃないわよ! こんな顔、ファンには絶対見せられないわ!」
頭を抱えるカノンを見て、俺たちは笑った。
後日、この画像は、カノンのメッセージアプリのアイコンになっていた。
ちゃっかり気に入ってるじゃねぇか。
昼飯を食べ終えた俺たちは、国際通りを観光することにした。
夏休みということもあり、多くの人でごった返している。
歩きづらさを感じていると、派手な外観のお土産屋が見えてきた。
「あ! 紅芋タルト! これ食べてみたかったのよ!」
店に入って早々、カノンが紅芋タルトのコーナーに向かっていく。
沖縄のお土産でかなりの知名度を誇るのが、この紅芋タルト。
紅芋とは、そもそもどういうものなのか。調べによると、実はサツマイモとはまったく種類が異なるらしい。
サツマイモがナス目に属しているのに対し、紅芋は、ヤマノイモ目に属している。
どちらかというと、山芋や長芋の仲間ということだ。よく紫芋と混同されがちだが、紫芋もサツマイモの一種であるため、まったく違う種類ということになる。
ちなみに、加工されていない紅芋は、本州では決して購入できない。沖縄特有の害虫を持ち込まないために、生の紅芋は出荷できないそうだ。
料理に使ってみたかったが、諦めるほかない。
お土産コーナーには、紅芋のお菓子だけでなく、様々な種類が並んでいた。
「種類が多くて目移りしそうだわ……」
「へぇ、バラ売りされてるんだ。これなら買いやすいね」
カノンが品定めしている隣で、ミアがちんすこうを手に取る。
この店では、本来なら箱売りしかしていないお土産のお菓子を、一個単位で購入することができるようだ。色々試すことができる、大変ありがたいシステムである。
「紅芋のバームクーヘンだって。美味しそう」
「ボクはちんすこうと、こっちのお饅頭にしようかな」
「あたしはやっぱり紅芋タルト一択!」
三人がワイワイとお菓子を選ぶ中、ふと、宇佐森さんの姿が消えていることに気づく。
ついさっきまでいたのに、一体どこへ行ってしまったのか。
店の外を見ると、コソコソと酒屋に向かっていく宇佐森さんがいた。
何やってんだ、あの人……。




