84-2
「さて、凛太郎君。日焼け止めを塗ってもらってもいいかな? いつもみたいにさ」
「いつも⁉」
宇佐森さんの顔が、再び赤くなる。
ミアのやつ、わざと変な言い回しをしやがって。
「はいはい、分かったよ」
寝そべったミアが、ビキニの紐を外す。
こいつも相変わらず、綺麗な背中だ。何度見ても、つい感動してしまう。
「その……志藤さんは、いつもこうしているんですか?」
宇佐森さんが、驚いた顔で俺たちを見ていた。
「ん? ああ、まあ……頼まれたらやります」
俺だって、おかしなことをしている自覚はあるのだ。
しかし、こいつら――――特にミアの要望を断ろうものなら、あとでどんな埋め合わせを要求されるか分からない。要するに、このくらいの要望であれば、まだマシなのだ。
ただ、下心はないのかと訊かれたら、それは否だ。理性で煩悩を抑え込んでいるのは、紛れもない事実である。
「凛太郎君ってば、日焼け止め塗るのも上手なんだよ。まさにプロ並みだね」
日焼け止めを塗るプロってなんだよ。
手を休めることなく、心の中でそうツッコむ。
「葵ちゃんもやってもらったら?」
「んえ⁉」
宇佐森さんが、その場で小さく跳ねる。
俺とミアを見比べ、ブンブンと首を横に振る。
「そんな! アタシは大丈夫ばい! 自分ででくるけん!」
「あ、方言」
「あっ! お、お恥ずかしい……」
「恥ずかしがることないって。すごく可愛いよ」
ミアが微笑むと、宇佐森さんは照れた様子で顔を伏せる。
ビジュアルだけでなく、こういう言動が自然に出るからこそ、ミアには女性ファンが多いのだろう。マネージャーすら口説くのは、さすがにどうかと思うが。
「……ほれ、終わったぞ」
「うん、ありがとう」
立ち上がったミアが、うーんと伸びをする。
すると、玲がとてとて戻ってきた。
「ミア、準備できた?」
「うん。バッチリだよ」
「じゃあ、一緒にカノン埋めよう」
「なんだい急に。面白そうだね」
玲に誘われ、ミアも砂浜を駆けていく。
一体、何がどうなれば、カノンを埋めようなんて発想になるのだろうか。
俺と違い、玲たちはすでに社会に出ている。その分、大人っぽく感じる瞬間が多々あり、置いていかれてしまった気分になることもある。
だが、こうして見ると、大して変わらないのだと安心する。
大丈夫、あいつらもガキだ。
「はぁ、びっくりした」
宇佐森さんが、レジャーシートの上にへたり込む。
「悪いな。ミアが変なこと言って」
「いやいや、全然気にしてねぇよ。むしろめちゃくちゃドキドキしちまった」
宇佐森さんは、カノンを追い回すミアを眺めながら、目にハートを浮かべる。
「そうだ、これ」
日焼け止めを渡すと、何故か宇佐森さんはギョッとした。
「まさか……本当に塗る気か⁉」
「いや、自分でできるって言ったから……」
「――――なあんだ」
どこか残念そうな様子で、宇佐森さんは日焼け止めを塗り始める。
「ミアさんがプロ並みって言った腕前、ちょっと体験してみたかったな」
「冗談じゃねぇよ……」
「分かってるって」
そう言って、宇佐森さんは悪戯っぽく笑った。
少女でしかない彼女の顔が、今だけ何故か、大人の女性に見えた。
いや、本来はそれが正常なんだが。
「なあ、兄貴。遊びついでに、勝負しねぇか?」
「勝負? 泳ぎとか?」
「お生憎様、泳ぎはてんで駄目なんだ。そこで!」
宇佐森さんは、どこからともなく旗を取り出した。
「砂浜といえば! やっぱりビーチフラッグスだろ!」
砂山のてっぺんに、旗が立っている。
説明するまでもないと思うが、ビーチフラッグスとは、旗を目掛けて走り、対戦相手よりも早く取ることを目指すスポーツだ。
スタートラインから旗までの距離は、おおよそ十五メートル。
走力は必要だが、それと同じくらい、スタートの瞬間を逃さない反射神経や、瞬発力が必要になる――――と、宇佐森さんは語った。
「地元のやつらと海行くってなったら、こいつは外せなかった。負けたやつは焼きそば奢りとか、帰りの運転担当とか、色々賭けてやったなぁ」
宇佐森さんは、懐かしそうに目を細めた。
「何これ? ビーチフラッグス?」
砂まみれのカノンが、よたよたと近づいてきた。
こいつ、本当に埋められたのか。
「面白そうじゃないか。ボクらも交ぜてよ」
「ん、全員ぶち抜く」
なんだよ、ぶち抜くって。
「よーし! じゃあみんなでやりましょう!」
「「「おー!」」」
乗り気の彼女たちに合わせ、拳を持ち上げた。
ビーチフラッグスは、地面に伏せた状態からスタートするらしい。
最初は、カノンとミアがやることになった。
「さっきの恨み、倍にして返してやるわ……!」
「おっと、怖いこと言うじゃないか」
宇佐森さんが、腕を振り上げる。
「よ~い……ドン!」
すぐさま立ち上がった二人は、勢いよく旗に向かって駆け出す。
スタートの反応は、わずかにカノンのほうが早かったように思えた。
「うおぉおおおお!」
アイドルとは思えない野太い声を上げながら、カノンが鬼気迫る走りを見せる。
その様子にギョッとしながらも、ミアは気合いを入れて、砂を蹴った。
二人同時に、旗目がけて飛び込む。
「――――取ったぁあああ!」
雄叫びと同時に、満面の笑みを浮かべたカノンが、旗を天高く掲げた。
俺たちは、カノンに拍手を送る。
「ちぇ、負けちゃった」
砂を払い落としながら、ミアが唇を尖らせる。
ずいぶんと悔しそうにしている。こういった遊びでも、負けず嫌いは発揮されるようだ。
「あたしの底力、思い知ったかしら!」
「はぁ、もう少し胸が軽かったらなぁ」
「ぐっ!」
負け惜しみがぶっ刺さるパターンってあるんだ。初めて見た。
「次は、私とレイさんですね!」
「ん、負けない」
宇佐森さんと玲が、砂の上に伏せる。
号令役となったカノンが、スタートの合図を出す。
ほぼ同時に、二人は旗に向かって走り出す。
驚くことに、宇佐森さんの爆発的なスタートダッシュは、玲の初速を凌駕していた。
なんという瞬発力。
対する玲は、宇佐森さんの走りに一瞬驚いたものの、すぐに加速し始める。
それによって、わずかに開いていた差は縮まり、横一線になる。
最後は、二人揃って旗に手を伸ばす。軍配が上がったのは、玲のほうだった。
「く……っ! 完敗です!」
「ん、葵ちゃん、思ったより速くてびっくりした」
勢い余って転がった宇佐森さんを、玲が引っ張り起こす。
一応、このあと俺も参戦する予定なのだが、今の戦いを見て、やる気が急降下していた。
こんな化物たちと争うなんて、恥をかくだけだろう。
「よし……凛太郎! あたしと走るわよ!」
よりにもよって、カノンに指名されてしまった。
勝負事になると、こいつはもっとも負けん気を発揮する。
ここで手を抜けば、きっと文句を言われる。
「はぁ、分かったよ」
俺にだって、負けん気がないわけではない。
やるからには、勝つつもりでやる。たとえ相手が、アスリート並みの身体能力を持つ化物であっても――――。




