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使う生地は豚玉。まずは俺から作ることになった。
はじめに、豚バラ肉を鉄板の上に広げる。
肉にしっかり火が通ったら、その上によくかき混ぜた生地を載せる。丸く形を整え、しばらく放置。
裏面を確認し、きつね色になっていたら、思い切ってひっくり返す。
「おお、上手いやん」
綺麗にひっくり返すと、シロナから拍手を送られた。
その顔は、まだまだ余裕そうだ。
あとは、ソースとマヨをかけて、青のりとかつお節を振りかけたら、お好み焼きの完成だ。
「ん、美味しそう。いただきます」
玲が、真っ先にお好み焼きを頬張る。
「んっ! 美味しい」
「うん! めっちゃいい感じよ! ザ・お好み焼きって感じ!」
玲とカノンからお褒めの言葉をもらって、思わずガッツポーズする。
「これより美味しく作れるなんてこと、あるのかな?」
「生地は同じなんですよね……?」
「そうだね。あっても、引き分けが限界なんじゃないかな?」
ミアが、シロナに挑発的な視線を向ける。
しかし、いまだにシロナは余裕な笑みを浮かべていた。
それどころか、クロメまでクスクスと笑っている。
「残念だけど、これじゃシロには遠く及ばない」
「まあまあ、りんたろーさんも大したもんや。さすがは、毎日料理してるだけのことはある。ええ手際やったわ」
シロナが、手の上でコテを鮮やかに回す。
「ほな、ウチの実力見せたりましょ。解説付きでな」
そう言うと、シロナは生地をかき混ぜ始める。
このとき、グチャグチャに混ぜるのではなく、生地の上下をひっくり返すようにスプーンを動かしていた。
「お好み焼きは、混ざってないのもアカンけど、混ぜすぎてもアカン。空気をたっぷり含ませることを意識せな」
そして、豚バラを焼き始める。
「このまま生地を流し込むのもええけど、せっかくやから違うところ見せたろ」
シロナは、ほどよく焼き色がついてきた豚バラを、コテでひと口大に切り始めた。
そして、小さくなった豚バラを生地の中に入れて、再びかき混ぜる。
「これで、どこ食べても豚さんがおるし、肉汁と一緒に、生地に旨味が溶けだすんや」
シロナは、ようやく生地を焼き始めた。
「焼いてる最中は、慌てず騒がず。ほんのり焦げたってかまへんって気持ちで、じっくり焼く。ほんで、そんときが来たら――――」
シロナは、両手のコテを巧みに操り、一瞬にしてお好み焼きをひっくり返した。
目にも留まらぬ早業、否、神業だった。
「あんまり勢いよくやると、生地がひび割れてまう。せやから、ここは慎重に、ほんで迅速にや」
手慣れた様子で、ソース、マヨ、青のり、かつお節をかけていく。
特にソースはかなりの量で、鉄板に垂れた部分から、香ばしい匂いが一気に広がった。なんて食欲を刺激する匂いだろう。
「はい、おまちど! シロナちゃん特製豚玉やで!」
手渡されたお好み焼きを、おそるおそる口に運ぶ。
まず驚いたのは、口に入れた瞬間ふわりと解れて、トロッと溶けたこと。
少なくとも、俺のお好み焼きは、こんなに柔らかくない。
「び、びっくりだわ……まさかこんなに違うなんて」
「おいひいです……! 口の中でふわってなって!」
「凛太郎君には悪いけど、これはさすがに……」
「さすがシロ。お好み焼きを焼かせたら最強だ」
悔しいが、勝敗は明らかだ。
玲に至っては、すでにぺろりと平らげ、早く次を焼けと言わんばかりに空いた皿を凝視している。
俺の隣で、シロナは仰け反るくらい胸を張っていた。
「どや? ウチのテクニックは」
「……完敗だよ」
「にゃはは! せやろ!」
シロナは、まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
その隣で、クロメが得意げに頷いている。何故お前まで?
こうして、お好み焼きはすべてシロナが焼いてくれることになったのだが――――。
「シロナ、早く次食べたい」
「はいはい! 分かってますぅ!」
玲たちの食欲を前に、シロナの焼くスピードが追いつかなくなりつつあった。
「うーん、でも俺よりお前のほうが焼くの上手いしなぁ」
「えーん! そない冷たいこと言わんとってぇ!」
「冗談だよ。焼き方、もっかいちゃんと教えてくれ」
「おおきに! なんぼでも教えたる!」
シロナのレクチャーを受けながら、俺もお好み焼きを焼いていく。
最初の何枚かは上手くいかなかったが、枚数を重ねるうちに、ようやく理想的なお好み焼きができるようになってきた。
「さすがはりんたろーさんや。もうどっちが焼いたか分からんくなってもうた……」
お互いのお好み焼きを食べ比べながら、シロナは頭を抱える。
「お前が教えてくれたおかげだよ」
「あれま、素直にお礼を言われるなんて思うとらんかったわ」
シロナは、珍しく照れた様子で、俺の脇腹を肘でつつく。
「食いもんで褒められるのって、なんか嬉しいなぁ」
「ああ。その気持ち、よーく分かるよ」
玲たちが美味しそうにお好み焼きを食べる姿を、俺たちは並んで眺めていた。
すると突然、間にクロメが割り込んできた。
「おい、りんたろー」
「うおっ⁉ なんだよ急に……」
「焼きそばを焼いてほしい。シロはお好み焼きとたこ焼き以外、てんでダメなんだ」
「ちょっ⁉ もう少しカッコつけさせてーな!」
シロナが、顔を真っ赤にしながらクロメをポコポコ叩く。
「仕方ねぇな。シロナ、焼き方教えてやるよ」
「……おおきに」
シロナは、恥ずかしそうに唇を尖らせた。
チョコレート・ツインズが大阪にいた理由は、何も観光案内のためだけじゃない。
大阪でのライブの終盤、ステージにいるカノンが、観客に向かって叫ぶ。
『まだまだ盛り上げるわよー! みんな! ついてきてねー!』
地鳴りのような歓声が返ってくる。
すると、ステージが突然暗くなり、ツインズの曲が流れ始める。まさかといった様子で、観客のざわめきが聞こえてきた。
バンッという激しい破裂音と共に、煙が上がる。それと同時に、ステージの下からツインズの二人が飛び出してきた。
溢れんばかりの歓声が、再び押し寄せる。
『こんばんはー! チョコレート・ツインズやでー!』
『驚いた? 最後まで楽しんでいってね』
そう、彼女たちは、ミルスタのライブにサプライズ出演するために大阪まで来てくれたのだ。
以前の無観客コラボライブは、いまだにとんでもない視聴者数を叩き出した配信として、伝説になっている。ミルスタとツインズのコラボを、待ち望んでいたファンも多いだろう。
彼女たちの思惑通り、会場はさらなる盛り上がりを見せていた。
ファンにとって、今日という日は一生の思い出になるはずだ。
「うう、ま、またこの組み合わせが見られるなんてぇ……!」
俺の隣でステージを見守っていた宇佐森さんが、感動で涙目になりながら言った。
宇佐森さんは、アイドルオタクが高じてマネージャーになった人だ。日本の二大アイドルのコラボを、一ファンとして喜んでしまうのも無理はない。
「兄貴ィ……アタシ、今日死んでもいいぃ……」
「はいはい……」
ついに宇佐森さんは、顔がべちょべちょになるほど泣き始めた。
落ち着かせるために、彼女の背中を優しくさすってやる。
――――それにしても……。
玲たちと共に、楽しそうに歌っているシロナとクロメを見る。
「いい顔するようになったなぁ」
思わず笑みがこぼれる。
初めて会ったときのツインズは、とても周りを見ている余裕なんてないほど、自分で自分を追い詰めていた。しかし今となっては、誰もが魅力的に思う屈託のない笑顔を見せている。それがなんだか、自分のことのように嬉しい。
あの二人の境遇は、俺とよく似ている。だからシンパシーを感じているし、玲たちとはまた違った意味で応援していたい。
このツアーが終わったら、唐揚げを作りにいってやるか。




