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「すごいよね、まさか、作った衣装がそのまま採用されるなんてさ」
「あんなにクオリティ高いもの見せられたんじゃ、作り直すほうがもったいないって思っちゃうわよね」
「着心地も最高だった」
そう言って、三人はサナに向かって拍手を送った。
結局、サナが作り上げた三つの衣装は、すべて採用された。
さらに、どれも相当クオリティが高かったため、新たに作り直す必要がないと判断された。
「みなさんが協力してくれたおかげです。本当にありがとうございました」
珍しく真剣なサナが、深々と頭を下げた。
俺たちは一瞬呆気に取られるが、すぐに笑顔になる。
「お礼を言うのはこっちのほうよ。あんたのおかげで、すっごくいいものができたわ」
「ん、みんな、絶対気に入ってくれると思う」
カノンと玲が深く頷く。
それを見て、サナはわずかに瞳を潤ませた。
「凛太郎君も楽しみだよね。ボクらの新しい姿」
「……まあな」
実はまだ、新曲のMVは、一般向けに配信されていなかった。
完成したときに、衣装だけは見ているが、それを着ている三人の姿は、俺もまだ見ていない。
いちファンとして、素直に楽しみである。
ちなみに、サナは衣装係としてMV撮影にも参加したようで、どんな様子かすでに知っているらしい。羨ましい限りだ。
「……もう我慢できない」
玲は周りの意表を突き、ボロネーゼをごっそりと取り皿に盛る。
「レイ⁉ あたしらの分残しておきなさいよ⁉」
「大丈夫。ちょっと残す」
「ちょっとでいいわけないでしょうが!」
カノンが負けじとボロネーゼを皿に盛る。
その隣では、ミアが淡々とサラダを盛っていた。
「二人とも悪い子だなぁ。まずはサラダから食べるのが常識だよ? ――――んっ、美味しい」
サラダを口に運んだミアは、驚いた顔でこっちを見た。
「このドレッシング。もしかして……」
「ああ、箱根で食ったやつを再現してみたくてな」
ミアがサラダに夢中になっていると対照的に、サナは大きな口でフライドチキンに齧りついていた。
「うっまぁああああ! 肉汁が! 肉汁が洪水のように! このままでは溺れそうです!」
「大袈裟なんだよ、お前は」
「りんたろう先輩⁉ 私が油の海に沈んでもいいって言うんですか⁉」
「存分に沈んでくりゃいいじゃん」
「いってきます!」
そうしてサナは、再びフライドチキン――――いや、油の海に飛び込んだ。
「そうだ、あれを準備しねぇと……」
「あれ?」
玲が耳聡く反応する。
俺はキッチンから、大きな牛肉の塊を持ってきた。
「こ、これ! ローストビーフよね⁉」
「よくビュッフェであるだろ? 目の前で肉を切ってくれるやつ」
「マジ⁉ そんなのできるの⁉」
四人が俺のもとに集まってくる。
俺は四人に見えるように、ローストビーフを薄く切り分けていく。
四人が四人とも、目を輝かせながら俺のローストビーフを待っている姿に、なんだか楽しくなってきた。
「――――っと、そろそろMVが公開される頃じゃないか?」
ローストビーフを配り終わった俺は、時計を見ながらそう言った。
料理を手に、俺たちはソファーに並んで座る。
「じゃあ、再生するよ」
ミアがリモコンをいじると、画面にミルスタの三人が映し出される。
ゆったりとした曲が流れ始め、三人は静かに踊り始める。しかし、途中でテンポが上がっていき、ダンスも激しくなっていった。この曲は、こういった何度も転調を重ねるハイテンポさが売りらしい。
サナの熱意に感化された衣装スタッフが、急遽三人の共通衣装を作り直したらしい。いつもの可愛らしい印象とは違い、クールでスタイリッシュな衣装。そのおかげか、ここまででも、今までにない雰囲気のMVに仕上がっている。
転調が入るタイミングで、ミルスタの衣装も切り替わる。
サナがデザインした、あの特別な衣装へ。
「うっ……なんだか、やっぱり恥ずかしいな」
最初に変身を遂げたミアは、エクステをつけて髪を伸ばし、ハーフアップにしていた。
服装は、フリルのついたシャツに、コルセットスカート――――いわゆる、クラシックロリータというものだった。
映像の中で、ミアは憂いを帯びた顔で、天蓋つきのベッドから窓の外を見つめている。
その姿は、普段とはまるで逆で、王子を待つ姫のように見えた。
そしてシーンがどこかの森の中に移動すると、ミアが華麗にバレエを踊り始める。
これも、今までのミアにはなかったパフォーマンスだ。
「ほんっとに驚きました。まさかミア先輩が、バレエまで踊れちゃうなんて」
「昔、お母さんに習わされてね」
思わず見惚れていると、映像が切り替わり、今度は地下のステージのようなセットが映る。
スポットライトがステージを照らすと、そこには髪を下ろし、オリエンタル衣装を身に纏ったカノンが立っていた。
オリエンタル衣装とは、煌びやかな装飾が施された露出の多い格好のこと。
胸元や腰回りを大胆に見せつける姿は、これまでの明るさと可愛さを売りにしていたカノンと打って変わって、セクシーな大人の魅力を放っていた。
口元を隠すベールが、妖しさを引き出し、こっちを見つめる蛇のような視線が、俺の意識を捉えて放さない。
カノンはステージの上で、キレッキレのベリーダンスを見せつける。
その腰振りに合わせ、サナが作った全身の金装飾が、美しく輝いた。
「カノン……やっぱり、ちょっとえっちだと思う」
「あ、改めて言わないでよ……!」
顔を真っ赤にしたカノンが、玲をポカポカと叩く。
俺も口にはしないものの、同じことを思っていた。
しかし、そこに下品さは一切ない。あるのは、色気という名の美である。
カノンのシーンが終わり、玲の姿が映る。
髪型は団子ヘアー。衣装は、白い生地に金色の装飾が施された、チャイナドレスだった。
スリットから覗く太ももが、なんとも艶めかしい。
廃墟の中央に立つ玲は、スーツ姿の男たちに囲まれていた。
彼らは拳を鳴らすと、一斉に玲に向かって襲い掛かる。そんな彼らを、玲はソフィアさんを想起させる回し蹴りで薙ぎ払った。
男たちがバタバタと倒れていく中、玲が彼らを威嚇するように、ゆったりと拳を構えた。
その動きは、太極拳によく似ていた。どうやら、太極拳をモデルにした、オリジナルのダンスらしい。
「すげぇかっこいいな。ソフィアさんも喜びそうだ」
「ほんと? ならよかった」
こっちを見た玲が、嬉しそうに笑う。
やがて再び三人が揃ったシーンになり、曲の盛り上がりは最高潮へ。
そして、激しいダンスを完璧に踊り切ったところで、曲は終わった。
今回の曲は、アイドルの可愛いさをアピールするというより、三人がこれまで培ってきた歌やダンスの実力を、遺憾なく発揮するためのものだと感じた。
それに加えて、サナの作った衣装が、ミルスタに眠る新しい可能性を示した。
すでにトップアイドルである彼女たちが、さらに進化していく。こんなにワクワクさせてくれるアーティストは、俺の知る限り、他にはいない。
「……先輩」
玲たちの視線が、サナへと集まる。
「今はまだ、先輩たちに遠く及ばないですけど、いつか必ず、肩を並べにいきますから」
サナの強い視線を受けて、彼女たちはどこか嬉しそうな顔をした。
自分の中途半端さを嘆き、迷っていた少女は、もうどこにもいない。
「――――ま、それはそれとして」
サナは、これでもかというほど口角を吊り上げる。
「約束、忘れてませんよね?」
俺たちは、ビクッと肩を震わせた。
「忘れたとは言わせませんよ! ちゃんと用意してきたんですから!」
サナは、鞄から三人分のブルマと、仕立てのいい燕尾服を取り出した。
やけにでかい鞄だと思っていたら、これが入っていたのか。しかも、まだまだ色々入っているようだ。
「どうしたんですか? みなさん腰が引けてますよ? まさか、約束を破るようなことはしないですよねぇ?」
ぐふふと不気味な声で笑いながら、サナがじりじりと迫ってくる。
どうやらもう、観念するほかないようだ。




