76-1 完成
ソフィアさんのレッスンから数日後。
俺は、サナが住むマンションへ呼び出されていた。
「よくぞ来てくださいました!」
扉を開けるなり、サナはいつも通りハイテンションな様子で、俺を招き入れる。
「お邪魔します」
「ここまで迷いませんでしたか?」
「迷う要素なかったぞ。駅から一本道なんだから」
「あはは! これは一本取られました!」
「……?」
いつも通りかと思ったが、やはりどこか変な感じがする。
「まさかお前、緊張してるのか?」
俺がそう訊くと、サナはビクッと肩を震わせた。
「あ、当たり前じゃないですか! こちとら、男の人を家に招いたことなんて一度もないんですよ⁉」
「やめろよ……こっちまで変に意識するだろうが」
俺は、目を逸らして頬を掻いた。
「ちなみに、今日は父上も母上もいません」
「なんで付け足した?」
「いえ……お決まりかなぁと」
サナの目が泳ぐ。
自分で言って動揺するくらいなら、適当にぼかしておけばいいのに――――。
「ひとまず! お茶でも淹れますので、先に部屋で待っててください!」
そう言って、サナは近くの扉を開いた。
全体的に、落ち着いた色味の部屋だった。サナのことだから、もう少し派手な部屋をイメージしていたため、少し拍子抜けである。
ただ、置いてあるものは、ずいぶんと個性的だった。
部屋の隅には、昇降式のデスクと、高級オフィスチェアが。デスクの上には、二枚のモニターと、有名メーカーの液晶タブレットが置かれている。
デスクの周りには、衣装の案らしきものが描かれた紙が、何枚か散らばっていた。
そして薄桃色のカーテンがかかった窓際には、二台のミシンが置かれていた。
「あんまりジロジロ見ないでくださいね……!」
ペットボトルのお茶を押しつけてきながら、サナは恥ずかしそうに頬を膨らませた。
「悪い悪い。確かにデリカシーがなかったな」
「あ、いえ……! ごめんなさい、むしろ謝るのは私のほうでして」
サナは、散らばっている紙を集め始めた。
「実は、先輩が来る少し前まで、片付けのことをすっかり忘れてまして……ちょっと間に合いませんでした」
「いやいや、これだけ綺麗なら上等だろ。むしろ驚いたって」
「いやぁ、そうですかね~」
サナは、いつも通りヘラヘラしたかと思えば、すぐに話を切り上げて、クローゼットからいくつもの紙袋を取り出した。
「それじゃ、早速始めようと思います。よろしくお願いしますね、りんたろう先輩」
「おう、足引っ張らないように気をつけるわ」
そう言いながら、俺たちはミシンの前に腰掛けた。
部屋には、ガタガタというミシンの音だけが響いていた。
「サナ、確認頼む」
「はい! ――――うん! オーケーです!」
俺が縫い合わせた布を見て、サナは満足げに頷いた。
見ての通り、今日ここに来たのは、衣装制作を手伝うためである。
サナのように、細かい装飾を作ることは難しいが、布と布を繋ぎ合わせることくらいなら、俺にもできる。
できるだけ早く衣装を完成させるべく、俺は微力ながらも協力することにしたのだ。
「こっちもできました!」
サナが、赤い宝石があしらわれた首飾りを掲げる。
もちろん、宝石は本物ではないが、周りを囲む金色の装飾のおかげで、安物には見えない。
「すげぇな、どうやって作ったんだ?」
「既存のおもちゃを、紐に通しただけですよ」
サナは、ドヤ顔で胸を張った。
普段ならイラッとしてしまうような顔でも、こんなにすごいものを見せられたあとでは、素直に称賛してしまう。
「てか、りんたろう先輩だって、完璧な仕事じゃないですか。なんですか、この縫い目。真っ直ぐすぎてむしろキモイんですけど。もしかしてロボットなんですか?」
「失礼なやつだな。手先が器用なだけだって」
「羨ましいなぁ。あ、そうだ。これからも、何か衣装を作るときは頼ってもいいですか? 私たちが組めば、天下統一も夢じゃありませんよ」
「報酬次第だな」
「えー! ケチ!」
「タダ働きさせようとするほうがケチだろうが」
確かに、と呟いたサナは、手元に視線を戻した。
たまにこうしてくだらない話をすることもあるが、俺たちはほとんどの時間を無言で過ごしていた。
集中して作業に取り組む環境にいると、優月先生の職場を思い出す。
はっきり言って、あそこと比べると、ここは天国だ。誰かの呻き声なんて聞こえないし、ストレスで頭を掻きむしる人もいない。まあ、それをしているのは、全部優月先生なんだけど。
「……先輩」
手元への視線はそのままに、サナは口を開いた。
「私、アイドルの道も、デザイナーの道も、どっちも頑張ってみます」
「――――そうか」
手を休めることなく、俺はそう返した。
その声色には、もう迷いや不安は感じられず、はっきりとした意志がこもっているように聞こえた。
安堵と、少しの喜びで、思わず頬が緩む。
「ほら、私って超絶可愛い最強美少女じゃないですか?」
「……まあ、そうだな」
「そ、そこはツッコんでくださいよ……一応ボケなんですから」
サナは、照れた様子の顔をこっちへ向けてきた。
「そういうところですよ、りんたろう先輩」
「何がだよ」
「先輩が、女の敵ってことです」
「そいつは怖いな。夜道には気をつけるよ」
「それは……本当に気をつけたほうがいいかもです」
ジト目のサナに、俺は首を傾げた。
そんなに恨みを買うようなことしているだろうか。正直、心当たりがない。
「まあ、先輩がいつか刺されることは置いといて」
「置いとくなよ。怖いだろうが」
俺の不安を無視して、サナは言葉を続ける。
「アイドルになったきっかけはともかく、ファンを裏切ることだけは、違うって思ったんです」
サナは、手元に視線を戻した。
「それから、キャンスプの仲間、そして、りんたろう先輩や、レイ先輩たちの期待にもっと応えたいと思いました。みんなが必要としてくれる限り、この界隈に食らいついていきたいです」
心の底から感動している俺がいた。
サナの存在がひと回りも二回りも大きくなったように感じる。すぐそこにいるはずなのに、まるで遠くにいるような、不思議な感覚だった。
彼女は、今間違いなく、〝偶像〟になったのだ。
「でも、デザイナーの夢も諦めません。いつか、私たちがステージで着る衣装を、私自身で手掛けてみたいんです」
そう言って、サナは完成させたフリルを胸に当てた。
「私が作った理想の衣装を、世界一可愛い私が着るって、それってもう無敵じゃないですか?」
とびっきりの笑みを浮かべたサナは、誰がどう見ても魅力的なアイドルだった。
「……ちょっと、なんとか言ってくださいよ」
「そうだなぁ、確かに無敵かもしれねぇけど、あいつらが相手ならどうかな」
「イジワル言わないでください! 勝てるわけないじゃないですか!」
「そこはもう少し強気でいけよ……」
今すぐは無理でも、いつか絶対越えてやる! くらいの啖呵が欲しかったところだ。
「アイドルを全力でやるって決めてから、ますます先輩たちのすごさを実感しました。正直、気軽に追いつきたいなんて言えません」
サナの口から、乾いた笑いが漏れる。
あのお調子者なこいつが、冗談すら言えなくなるとは――――。
「でも、いつか肩を並べてみたいです」
それは、サナの口から初めて語られた、アイドルとしての目標だった。
「頑張れよ、サナ」
そう言って、俺はサナの頭を撫でた。
サナは一瞬驚いた顔をすると、すぐに頬を緩めた。
「――――はい!」




