75-1 レイの場合
「昨日はすみませんでした……」
バーでの出来事があった翌日。
校舎裏で集まるなり、サナは深々と頭を下げてきた。
「まさか、場酔いであんな醜態を晒してしまうとは……」
「いや、別に気にしてねぇよ。普段とそんなに変わらなかったと思うし」
「ええ~⁉ 普通にショックなんですけど⁉」
「そういうリアクションがでかいところとかな」
あとは色々唐突だったりとか。
「もう……まあ、気にしてないならよかったです」
サナは、ムスッとして髪をいじり始める。
迷惑かけたことを気にしているなんて、こいつはこいつで可愛いところがあるではないか。
「てか、そもそも昨日のことちゃんと覚えてんのか?」
「それが、自分でもびっくりなんですけど、ちゃんと覚えてるんですよねぇ」
「あんだけべろんべろんだったのに?」
「はい……。魅力的でしたよね、カノン先輩。まさに母性爆発! って感じで」
「……まあな」
「あ、膝枕を堪能した人だ」
「それを言うな……!」
顔を真っ赤にして怒ると、サナは俺の顔を指してケラケラと笑った。
こっちは、あれからずっとからかわれ続けて大変だってのに。
「おかげで、インスピレーションはばっちりです! テーマはもうここにありますよ!」
そう言って、サナは自分の頭を指差した。
その様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。何はともあれ、昨日のことが無駄にならなかったのはいいことだ。
「それにしても……りんたろう先輩って、本当に罪深いですよね」
突然、サナがジト目を向けてきた。
なんのことか分からず、俺は首を傾げる。
「告白うんぬんの話もそうでしたけど、ちょっと女たらしすぎませんか? そこら中敵だらけなんですけど」
「敵?」
「あ、いや、今のは言葉のあやです」
サナは、顔を赤くしながらバタバタと腕を動かした。
「バーでも言いましたけど、あんまり女の子に優しくしちゃダメですよ! みんなすーぐ勘違いしちゃうんですから!」
「勘違いってなんだよ……。てか、別に優しくしようって思ってるわけじゃねぇよ」
俺は今まで、他人に無関心でい続けた。
だから、もう無視はしないと、心に決めただけだ。
「意識しないでやってるなら……それはそれでダメだと思いますけど」
「なあ、さっきからどうしたんだよ」
「なんでもありません!」
落ち着かない様子のまま、サナは弁当をかき込んだ。
どうしたというのだろうか。こいつ、昨日からやけに様子がおかしいな。
いや、様子がおかしいのはいつものことなんだが。
「――――次は、いよいよレイ先輩ですね」
弁当を食べる手を止めて、サナはポツリと呟いた。
「何をやるか、決まってんのか?」
「なんとなくは……実は、レイ先輩にはアクションをやってもらおうと思ってまして」
「アクションって、このアクションだよな?」
拳を繰り出すジェスチャーをすると、サナはこくりと頷いた。
「これまでのMVとか、ライブの演出を見ると、アクションをやるのは主にカノン先輩の役割で、レイ先輩に関しては、ダンス以外の動きが少なくなるように作られています」
「そうだったのか……」
あいつらの活動にはひと通り目を通しているものの、素人の俺にはさっぱりだ。詳しい演出の話などは、とてもついていけそうにない。
「レイ先輩の場合、あの神聖さすら感じる儚さが魅力ですからね。演出家さんの気持ちもよく分かります。――――おっと、少し脱線しそうですね」
うんうんと頷いていたサナは、自ら話を切った。
「問題は、アクションからインスピレーションを得るために、レイ先輩がアクションしているところを、この目で見る必要があることです」
「格闘技をやらせてみるとか?」
「方向性としてはそうなるんですけど……ほら、私ってこんなにもか弱いじゃないですか」
「……ん?」
「どうしてそこで引っかかるんですか! どう見てもそうでしょうが!」
「あ、ああ、まあそうだよな」
確かに、パッと見のサナは、小動物のような庇護欲を掻き立てられる雰囲気を持っている。
実際、キャンスプの中では最年少ということもあり、世間には〝守ってあげたくなる後輩キャラ〟として浸透しているようだった。
ただ、いつもの彼女を知っている身としては、疑問に思ってしまうのも仕方ないだろう。
「ごほんっ! だから要するにですね、格闘技については漫画で出てくるくらいの知識しかなくて、レイ先輩にどう動いてもらったらいいのか、まったく分からないのです」
「そうだなぁ……ジムに行ってみるとか?」
「それが良さそうなんですけど、格闘技って色々あるじゃないですか。その中で、これだっ!って思うものを見つけたいんですけど、まとめて体験できるところってなると、なかなか見つからないんですよ」
大体のジムが、ひとつの格闘技に特化しているはずだ。
色んな格闘技を体験したいなら、その数だけジムや道場を巡るしかない。
だが、すでに衣装制作のタイムリミットが迫っている。あらゆる施設にアポを取り、実際に訪問する時間は、もう残されていない。
「こうなると独学しかないんですけど、素人知識じゃ解像度が低くなっちゃいますし」
天を仰いだサナが、困った様子で唸り声を上げる。
なんとかしてやりたいが、俺にできることといえば、最低限の護身術くらいで、とても専門的なことは――――。
「あ……」
「どうしました⁉ 何か妙案でも⁉」
「ひとり……力になってくれそうな人を知ってる」
「どなたでしょうか⁉ 教えてください!」
サナに懇願された俺は、スマホを開き、その人物にコンタクトを取った。




