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「あちゃー……そりゃ惚れられちゃいますよぉ」
話を聞き終えて、サナが肩を竦める。
「大体、りんたろう先輩もギャップ星人なんですから。あんまり女子に優しくしちゃ駄目なんです!」
「また訳の分からねぇことを……」
「パッと見、ちょっと怖い先輩感があって近寄り難いのに、実は優しくて面倒見がいいなんて、普通の女の子だったら当たり前のように惚れますよ! 私は違いますけどね!」
「ああ、それならよかったよ」
「誰が先輩に惚れてないって言いましたか⁉」
「どっちなんだよ……!」
俺の言葉を無視して、サナはノンアルカクテルを呷る。
「サナの言う通りだわ! 凛太郎! あんたは優しくする人を選ばないとダメ! もうあたしにだけ優しくしなさい!」
「さっきからお前ら、自分が何言ってんのか分かってるか?」
「当たり前でしょ⁉」
ぶつぶつと文句を言いながら、カノンもノンアルカクテルを一気に飲み干した。
「「ユメちゃん! おかわり!」」
「はいはーい」
相変わらず楽しそうなマスターが、シャカシャカとシェイカーを振る。
俺は、手元のカクテルに疑いの眼差しを向けた。
――――まさかとは思うが、入ってねぇよな?
自分の口で確かめてみるが、奥深いフルーツの味がするだけで、アルコールの香りは一切しない。そもそも、ああ見えてしっかり者のマスターが、そんなミスを犯すとは思えない。
つまりこれは……。
「場酔いね。すっかり回っちゃってるわ」
カクテルを持ってきたマスターが、俺にそっと耳打ちする。
やはりそうか。話には聞いたことがあったが、まさか本当に起きるなんて。
「ナイショ話ですか⁉ あたしも混ぜてください!」
「うわっ! おい、やめろ!」
サナが俺に抱き着いてくる。
胸板に押しつけられた豊かな膨らみが、水風船のように形を変えた。
そのたびに力が抜けてしまい、上手くサナを引き剥がすことができない。
「ダメよ! 凛太郎はあたしのものなんだから!」
それを救ってくれたのは、もうひとりの酔っ払いであるカノンだった。
カノンは、俺をサナから無理やり引き剥がし、自分の胸に抱き込む。柑橘系のような、ふわりと甘酸っぱい香りがした。
「あー! 返してくださいよぉ!」
「サナちゃん? お水飲んで落ち着きなさぁ~い」
「はぁい」
マスターに水を渡されたサナは、喉を鳴らしてそれを飲み干した。
なんて自然な対応。酔っ払いの相手は慣れっこということらしい。
さて、あとはカノンをなんとかしなければならないのだが――――。
「ほら、凛太郎。こっちに来なさい」
「ま、待て! 引っ張るなって!」
再びすごい力で引っ張られた俺は、気づけばカノンの膝の上に寝転がっていた。
いわゆる、膝枕というやつである。
「……なんだこれ」
「あんた、最近頑張りすぎよ」
そう言いながら、カノンは俺の頭をそっと撫でた。
突然のことに緊張していたはずの体が、ゆっくりと解けていく。
「あたしたちばっかりあんたに甘えて……たまには、あんたにも甘えてほしいわ」
俺の顔を覗き込み、カノンは微笑む。
こんなにも胸が高鳴るのに、心は逆にどんどん落ち着いていく。
一体、これはどういう気持ちなのだろう。
自分自身の感情が分からなくなり、俺はただ、優しげなカノンの顔を見つめることしかできなかった。
しばらくして、カノンとサナが、安らかな寝息を立て始めた。
マスター曰く、酔い潰れたというやつらしい。
「混乱してるようね、りんたろ~くん」
二人にブランケットをかけながら、マスターが口を開く。
マスターの言葉は、図星だった。
「……言いづらかったら無視してほしいんだけど、りんたろ~くんって、お母さんにいい思い出ないでしょ?」
「っ! どうして分かったんですか?」
「こういう仕事をしていると、なんとなく分かるの。それに、シロちゃんたちとも仲がいいでしょ? あの子たちって、自分と似たような境遇の子にしか、心を開かないのよ」
「……なるほど」
俺にとって、ミルスタの三人が志を揃えた仲間だとしたら、ツインズとの関係は、同族という言葉が一番相応しい。
故に、ぶつかることもあったし、分かり合えることもあった。
「りんたろ~くん、あなたはきっと、母性と言うものをよく知らないわ。だから混乱しちゃったのよ」
急に、色んなことがすとんと腑に落ちた。
そうか、あのとき俺がカノンに感じたものは、母性だったのだ。
「すごい子ね、カノンちゃん。この歳であれだけの母性を発揮できる子なんて、そうそういないわよ。ちゃんと捕まえておかないと」
「い、いえ、俺とカノンはそういう関係じゃないですし……」
「オホホホ、これは失礼したわ」
マスターは、からかうように笑った。
「でも、確かカノンちゃんって大人っぽい雰囲気を目指しているのよね? それなら、この母性は唯一無二の武器になるんじゃないかしら」
ハッとして、俺はカノンの顔を見る。
確かに、それは彼女ならではのギャップとなる。
衣装制作の、大きなヒントになるかもしれない。
「ちなみに、母性ならアタシも自信あるわよぉ? さあ、りんたろ~くん! いえ、りんたろ~ちゃん! この胸に飛び込んできなさぁい!」
「いえ……遠慮しておきます」
俺はそう即答した。
「う~……なんか頭痛いんですけど……」
店を出ると、カノンは青い顔でそう言った。
まさか、場酔いでこんなことになってしまうとは、思い込みの力というのはバカにならないものである。
サナは、揺らしても目を覚まさなかったため、マスターのところに置いてきた。
あとで文句を言われそうだが、目を覚まさないことに関しては俺たちに落ち度はないため、胸を張ってスルーさせてもらおう。
「帰ったら味噌汁でも作ってやるよ。マスターがおすすめって言ってたからな」
「ありがたくいただくわ……うぐぐ……」
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫じゃないからおんぶして。タクシー乗り場まで」
「置いてくぞ、マジで」
ムスッとしたカノンに、俺はため息をつく。
「仕方ねぇな……」
カノンの前でしゃがみ込み、背中を向ける。
「ほら、乗れよ」
「うむ、ご苦労」
「わがまま女め……」
俺はスッと立ち上がる。
見かけ以上に、カノンの体は軽かった。
ちゃんと飯を食っているのだろうか? ……いや、食ってるな。
「よーし! しゅっぱーつ!」
「元気じゃねぇか……! 歩けるなら自分で歩け!」
「いいじゃない別に。――――さっき膝枕してあげたんだし」
耳元でそっと囁かれ、思わず足を止める。
「お前……覚えてない感じだったじゃねぇか」
「あ、さっきのあれ夢じゃなかったんだ」
驚いた様子で言うカノンに、思わず舌打ちが出そうになる。
ちくしょう、墓穴を掘らされた。
「おんぶしてくれたお礼に、帰ったらまた甘えさせてあげよっか?」
「お断りだね」
「ちぇ、じゃああんたが腕枕してくれるのでもいいわ」
「お礼はどうしたんだよ」
「あら、こんな美少女に腕枕できるなんて、ご褒美以外の何ものでもないでしょ?」
「はいはい、そうですねー」
「何よその適当な返事は!」
カノンが、俺の肩を掴んでガクガクと揺らす。
やっぱり、俺とカノンは、この感じのほうが落ち着くな。




