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74-4

「あちゃー……そりゃ惚れられちゃいますよぉ」


 話を聞き終えて、サナが肩を竦める。


「大体、りんたろう先輩もギャップ星人なんですから。あんまり女子に優しくしちゃ駄目なんです!」

「また訳の分からねぇことを……」

「パッと見、ちょっと怖い先輩感があって近寄り難いのに、実は優しくて面倒見がいいなんて、普通の女の子だったら当たり前のように惚れますよ! 私は違いますけどね!」

「ああ、それならよかったよ」

「誰が先輩に惚れてないって言いましたか⁉」

「どっちなんだよ……!」


 俺の言葉を無視して、サナはノンアルカクテルを呷る。


「サナの言う通りだわ! 凛太郎! あんたは優しくする人を選ばないとダメ! もうあたしにだけ優しくしなさい!」

「さっきからお前ら、自分が何言ってんのか分かってるか?」

「当たり前でしょ⁉」


 ぶつぶつと文句を言いながら、カノンもノンアルカクテルを一気に飲み干した。


「「ユメちゃん! おかわり!」」

「はいはーい」


 相変わらず楽しそうなマスターが、シャカシャカとシェイカーを振る。

 俺は、手元のカクテルに疑いの眼差しを向けた。


――――まさかとは思うが、入ってねぇよな?


 自分の口で確かめてみるが、奥深いフルーツの味がするだけで、アルコールの香りは一切しない。そもそも、ああ見えてしっかり者のマスターが、そんなミスを犯すとは思えない。

 つまりこれは……。


「場酔いね。すっかり回っちゃってるわ」


 カクテルを持ってきたマスターが、俺にそっと耳打ちする。

 やはりそうか。話には聞いたことがあったが、まさか本当に起きるなんて。


「ナイショ話ですか⁉ あたしも混ぜてください!」

「うわっ! おい、やめろ!」


 サナが俺に抱き着いてくる。

 胸板に押しつけられた豊かな膨らみが、水風船のように形を変えた。

 そのたびに力が抜けてしまい、上手くサナを引き剥がすことができない。


「ダメよ! 凛太郎はあたしのものなんだから!」


 それを救ってくれたのは、もうひとりの酔っ払いであるカノンだった。

 カノンは、俺をサナから無理やり引き剥がし、自分の胸に抱き込む。柑橘系のような、ふわりと甘酸っぱい香りがした。


「あー! 返してくださいよぉ!」

「サナちゃん? お水飲んで落ち着きなさぁ~い」

「はぁい」


 マスターに水を渡されたサナは、喉を鳴らしてそれを飲み干した。

 なんて自然な対応。酔っ払いの相手は慣れっこということらしい。

 さて、あとはカノンをなんとかしなければならないのだが――――。


「ほら、凛太郎。こっちに来なさい」

「ま、待て! 引っ張るなって!」


 再びすごい力で引っ張られた俺は、気づけばカノンの膝の上に寝転がっていた。

 いわゆる、膝枕というやつである。


「……なんだこれ」

「あんた、最近頑張りすぎよ」


 そう言いながら、カノンは俺の頭をそっと撫でた。

 突然のことに緊張していたはずの体が、ゆっくりと解けていく。


「あたしたちばっかりあんたに甘えて……たまには、あんたにも甘えてほしいわ」


 俺の顔を覗き込み、カノンは微笑む。

 こんなにも胸が高鳴るのに、心は逆にどんどん落ち着いていく。

 一体、これはどういう気持ちなのだろう。

 自分自身の感情が分からなくなり、俺はただ、優しげなカノンの顔を見つめることしかできなかった。



 しばらくして、カノンとサナが、安らかな寝息を立て始めた。

 マスター曰く、酔い潰れたというやつらしい。


「混乱してるようね、りんたろ~くん」


 二人にブランケットをかけながら、マスターが口を開く。

 マスターの言葉は、図星だった。


「……言いづらかったら無視してほしいんだけど、りんたろ~くんって、お母さんにいい思い出ないでしょ?」

「っ! どうして分かったんですか?」

「こういう仕事をしていると、なんとなく分かるの。それに、シロちゃんたちとも仲がいいでしょ? あの子たちって、自分と似たような境遇の子にしか、心を開かないのよ」

「……なるほど」


 俺にとって、ミルスタの三人が志を揃えた仲間だとしたら、ツインズとの関係は、同族という言葉が一番相応しい。

 故に、ぶつかることもあったし、分かり合えることもあった。


「りんたろ~くん、あなたはきっと、母性と言うものをよく知らないわ。だから混乱しちゃったのよ」


 急に、色んなことがすとんと腑に落ちた。

 そうか、あのとき俺がカノンに感じたものは、母性だったのだ。


「すごい子ね、カノンちゃん。この歳であれだけの母性を発揮できる子なんて、そうそういないわよ。ちゃんと捕まえておかないと」

「い、いえ、俺とカノンはそういう関係じゃないですし……」

「オホホホ、これは失礼したわ」


 マスターは、からかうように笑った。


「でも、確かカノンちゃんって大人っぽい雰囲気を目指しているのよね? それなら、この母性は唯一無二の武器になるんじゃないかしら」


 ハッとして、俺はカノンの顔を見る。

 確かに、それは彼女ならではのギャップとなる。

 衣装制作の、大きなヒントになるかもしれない。


「ちなみに、母性ならアタシも自信あるわよぉ? さあ、りんたろ~くん! いえ、りんたろ~ちゃん! この胸に飛び込んできなさぁい!」

「いえ……遠慮しておきます」


 俺はそう即答した。



「う~……なんか頭痛いんですけど……」


 店を出ると、カノンは青い顔でそう言った。

 まさか、場酔いでこんなことになってしまうとは、思い込みの力というのはバカにならないものである。

 サナは、揺らしても目を覚まさなかったため、マスターのところに置いてきた。

 あとで文句を言われそうだが、目を覚まさないことに関しては俺たちに落ち度はないため、胸を張ってスルーさせてもらおう。


「帰ったら味噌汁でも作ってやるよ。マスターがおすすめって言ってたからな」

「ありがたくいただくわ……うぐぐ……」

「おい、大丈夫かよ」

「大丈夫じゃないからおんぶして。タクシー乗り場まで」

「置いてくぞ、マジで」


 ムスッとしたカノンに、俺はため息をつく。


「仕方ねぇな……」


 カノンの前でしゃがみ込み、背中を向ける。


「ほら、乗れよ」

「うむ、ご苦労」

「わがまま女め……」


 俺はスッと立ち上がる。

 見かけ以上に、カノンの体は軽かった。

 ちゃんと飯を食っているのだろうか? ……いや、食ってるな。


「よーし! しゅっぱーつ!」

「元気じゃねぇか……! 歩けるなら自分で歩け!」

「いいじゃない別に。――――さっき膝枕してあげたんだし」


 耳元でそっと囁かれ、思わず足を止める。


「お前……覚えてない感じだったじゃねぇか」

「あ、さっきのあれ夢じゃなかったんだ」


 驚いた様子で言うカノンに、思わず舌打ちが出そうになる。

 ちくしょう、墓穴を掘らされた。


「おんぶしてくれたお礼に、帰ったらまた甘えさせてあげよっか?」

「お断りだね」

「ちぇ、じゃああんたが腕枕してくれるのでもいいわ」

「お礼はどうしたんだよ」

「あら、こんな美少女に腕枕できるなんて、ご褒美以外の何ものでもないでしょ?」

「はいはい、そうですねー」

「何よその適当な返事は!」


 カノンが、俺の肩を掴んでガクガクと揺らす。

 やっぱり、俺とカノンは、この感じのほうが落ち着くな。


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