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74-2

 夕方。俺は再び駅前にいた。

 理由はもちろん、サナに呼び出されたからである。

 おそらくカノンの大人びた雰囲気を引き出すために呼ばれたのだろうが、俺がいる必要って、本当にあるのだろうか?


「あ、凛太郎!」


 駅のほうから、変装したカノンが駆けてくるのが見えた。

 俺はスマホをしまい、手を上げる。


「お疲れ。早かったな」

「待たせちゃ悪いと思って……あれ? サナは?」

「いや、まだ来てねぇけど」

「なーんだ、ビリじゃなかったのね」


 カノンは、やれやれと肩を竦めた。


「てか、今日は衣装制作のことで呼ばれたのよね? 一体何をするのかしら」

「あれ、ミアから何も聞いてねぇのか?」

「うん。一応、何をしたのか訊いたけど、『行けば分かるさ』の一点張りで、まったく教えてくれなかったわ。意地悪よね、あいつ」

「ああ、そう……」


 ミアのことだ。黙っていたほうが面白いと思ったのは事実だろうけど、本心では、あの日の出来事を深掘りされるのが恥ずかしかったからに違いない。


「ミアのときもあんたが同行したって聞いたけど、三人で何をしたの?」

「悪いな。口止めされてるもんで」

「ぐぅ……ますます気になるじゃない」


 眉間にしわを寄せるカノンに、少しばかり罪悪感を覚えた。

 ミアのときと違って、今日のスケジュールは、あらかじめサナから聞いてある。

 これでもし、なんの成果も得られないなんてことがあれば、カノンが恥ずかしい思いをするだけで終わってしまう。


「あれ、もう揃ってる! すみません、お待たせしました」


 特徴的な声と共に、サナが現れた。


「いやぁ、準備に時間がかかっちゃって」

「なんのだよ」


 見たところ、いつも通りの変装だ。


「女の子には色々あるんです! あまり訊かないでください!」

「……寝ぐせついてるわよ」


 カノンの視線の先を見ると、髪の一部がぴょこんとはねていた。


「しまった! 昼寝の痕が……!」

「気になった俺がバカだったよ」

「ああ! ぐりぐりは! ぐりぐりだけはやめてください!」


 俺が両手首を捻るジェスチャーをすると、サナは腰を引いて、両手を体の前でクロスした。


「女の子に乱暴はダメですからね⁉」

「分かってるよ。さっさと案内しろって」


 ぶーぶーと文句を言うサナについて、俺は歩き出す。


「……なんか、知らない間にすごい仲良くなってない?」

「ん?」

「なんでもないわよ。鈍感さん」


 呆れた顔をしたカノンが、俺の横を通り過ぎる。

 俺は首を傾げ、再び歩き出した。


 

 サナの案内で向かったのは、ミアのときのホテルと打って変わって、繁華街のほうだった。

 まだ人が集うには早い時間帯だが、すでに俺たちには馴染みのない雰囲気を醸し出している。

 遅い時間に通るには、少々勇気が必要なところだ。


「こちらです!」


 サナが、〝Barツインズ〟と書かれた看板の前で、足を止めた。

 思わず言葉を失った俺をよそに、サナが自慢げに胸を張る。


「ここは、私の叔父のお店なんです。ちょーっと怪しい感じですけど、ちゃんとした会員制のバーですよ。あ、今日は貸し切りにしてもらったんで、もちろん未成年もオッケーです!」

「それなら安心だけど……そもそも、ここで何をするわけ? まさか、お酒飲ませたりしないでしょうね?」

「ちょっとぉ! 私をなんだと思ってるんですか! そんなことは絶対にしません!」


 心配そうなカノンと、信じてもらえないことに不満を覚えるサナ。

 俺はいまだに、店の看板を凝視していた。


「どうしたの? 看板ばっかり見て。……あ、もしかして、あの子たちのこと考えてたでしょ」

「あの子たち?」

「〝チョコレートツインズ〟のことよ」

「ああ! 衣装のセンス抜群のお二人ですよね!」

「あんたはそればっかりねぇ~」

「お知り合いなんですか?」

「強いて言うなら……ライバルかしら」


 カノンの言葉は、図星だった。

 何故ならここは、ミルスタのライブ帰りに、ツインズの二人に連れてこられた店なのだから。

 ということは、この店のマスターは――――。


「立ち止まっていてもあれですから、早く中に入りましょう!」


 さっきから動悸が止まらないが、二人の後ろをついて、店の中に入った。


「叔父さん! 可愛い早苗が来ましたよー!」

「あらやだサナちゃぁん、〝オジサン〟はやめてって言ってるでしょぉ? ユメちゃんって呼んで」

「ごめんなさーい!」


――――この声……やっぱりそうか。


 店のマスターに向かって、カノンが深々と頭を下げる。


「初めまして、カノンです。今日はよろしくお願いします」

「あんらぁ~、画面越しに見るより可愛いじゃなぁい! アタシは川崎夢吉よ。気軽にユメちゃんって呼んでね? ――――あら?」


 マスターの目が、カノンの陰にいた俺を捉える。


「りんたろ~くんじゃなぁ~い! お久しぶりねェ~!」

「どうも……ご無沙汰してます」

「もー、ずっと来てくれるの待ってたのよぉ!」


 カウンターを飛び出してきたマスターが、俺の手を握って振り回す。

 相変わらずの極太筋肉。近くにいると、威圧感で息苦しい。


「え⁉ りんたろう先輩、ユメちゃんと知り合いなんですか⁉」

「前に来たことがあってな……」

「なんですかもー! 早く言ってくれたらよかったのに!」

「悪いな。バーに行くとは聞いてたけど、まさか知ってる店だとは思わなかったんだよ」


 彼――――いや、彼女は、もともとシロナたちのマネージャーだったらしい。

 まさかサナの身内だなんて、世間というのは狭いものである。


「もしかして、あの子たちに連れてこられたのかしら?」

「……よく分かったな」

「女の勘は鋭いのよ。それにしても、あたしらのライバルと仲良くするなんて、いい度胸じゃない」


 カノンが詰め寄ってきて、思わず仰け反る。

 冷や汗が止まらない。頭が勝手に言い訳を考え始め、フル回転している。

 浮気がバレた男の気持ちって、こういう感じなのだろうか。


「ま、あたしは理解ある女だから? 許してあげてもいいけどね。でも、本当に女関係には気をつけなさいよ?」


 カノンの顔はいまだ不満そうだが、身を引いてくれた。

 俺にできるのは、ただ繰り返し頷くことだけだった。


「りんたろう先輩、今のカノン先輩、すごく大人っぽくなかったですか⁉」

「ああ、そうかもしれねぇな」

「ちょっとぉ、適当な返事しないでくださいよ~」


 サナには悪いが、バクバクとうるさい鼓動が収まるまで、もう少し待ってほしい。


「そうだ、サナちゃん。頼まれていたアレは、全部用意しておいたわよぉ」

「ひゅー! ありがうございます! 助かりました!」

「お安い御用よォ~! 全部奥の部屋にあるから、自由に使ってちょうだい」

「はい! じゃあ早速行きましょうか、カノン先輩!」


 サナはカノンの手を取り、奥にあるVIPルームへと引っ張っていく。


「ね、ねぇ! 何する気なの⁉」

「いいからいいから!」


 二人がVIPルームに消えたあと、俺は恐る恐るマスターを見た。

 マスターは、こちらを見つめながら目を細めた。


「相変わらず可愛いわねぇ~りんたろ~くん」

「あはは……」


――――二人とも、早く戻ってきてくれ……!


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