72-2
「レイにコスプレをさせたい⁉」
ソファーでくつろいでいたカノンが、驚きのあまり体を起こした。
その隣でアイスを食べていたミアも、想像もしていなかった話に手が止まっている。
「私だけじゃない。カノンとミアにも、色んな衣装を着てほしいって」
「へぇ……もっとこう、清純派なのかと思ってたけど、なんだか変わった子だったんだね」
ミアが、少し困ったように頬を掻く。
「意外だな。お前なら別にすんなりオーケーするかと思ってた」
「別にNGってわけじゃないけど、ボクにだって羞恥心はあるさ。あ、凛太郎君からお願いされたら、いつでもどんな格好でもしてあげるからね」
「いちいち付け足すな……」
ニヤニヤしているミアに、俺はため息をつく。
「で、あんたはどうしたのよ」
「考えさせてほしいって言った。どうしても断りたい理由もなかったから」
「まあ、せっかくの後輩の頼みだし、聞いてあげたい気持ちは分かるけどねぇ」
カノンは、腕を組んで考え始めた。
三人の様子を見るに、コスプレ自体にそこまで抵抗はないようだ。
「……今更で悪いんだけどさ、あいつに俺のことを教えたのは、迂闊だったんじゃねぇか?」
「そう?」
玲がキョトンとした顔をする。
「スキャンダルの心配とかしてるわけじゃねぇけど、あいつに弱みを握られたら、面倒なことになりそうだぞ」
俺との繋がりという弱みを利用して、やつが玲をいいように操ろうとする可能性は、ゼロではない。俺のせいで、玲たちが辱めを受ける羽目になるのはごめんだった。
「大丈夫。そうはならない」
そう言って、玲は胸を張った。
「サナは、絶対に悪い子じゃない。むしろ、すごく純粋な子」
「あの煩悩の塊みたいな女が?」
「だって、目が凛太郎に似てた」
思いがけない言葉に、開いた口が塞がらなくなった。
一体、どこが似ているというのだろう。血走った目で玲に迫る彼女の姿を思い出すと、とてもそうは思えない。
「特に、衣装について話すとき。あれは、凛太郎が料理を作ってるときと同じ目。楽しそうで、とてもキラキラしてた」
「……俺、そんな目で料理作ってんのか?」
俺の問いかけに、玲だけでなく、カノンとミアまで頷いた。
どうしよう。本当に恥ずかしい。
「そんな子が、大好きなことで人を傷つけたりするわけない。だからきっと、本当にサナは、私たちに衣装を着せたいだけだと思う」
「まあ、それはそれで傾倒しすぎだと思うが」
しかし、玲がそう言うのなら、信じるほかあるまい。
こいつは、俺なんかよりもよっぽど人を見る目がある。
「そうだ、衣装で思い出したんだけど、ちょっと相談したいことがあってさ」
ミアは、テーブルの上に何枚ものコピー用紙を並べた。
そこには、ミルスタが着るための様々な衣装が描かれている。
「今日、新曲のMVで着る衣装について、スタッフさんから新しい案をもらってね。どういうものがいいか、意見が欲しいんだ」
「え……そういう衣装って、お前らが考えてるのか?」
「全部ボクらがデザインするわけじゃないけど、要望を出せば、結構反映してもらえるんだ」
「へぇ……」
デザイン案をよく見ると、至るところに三人の文字で意見が書いてあった。
すでに、何度か会議を重ねたあとのようだ。
「うーん……なんか、イマイチしっくりこないのよねぇ」
デザインとにらめっこしながら、カノンは唇を尖らせる。
「一ヶ月くらい話し合ってるんだけど、なかなかこれだって案が出なくてね。制作にかかる時間もあるし、そろそろ本格的に決めないと、MV撮影に間に合わなくなるんだ」
「まさか、相談したいことって……」
「うん。サナに意見をもらえないかと思ってさ。ボクらも、常に決まったメンバーで会議しているから、考えが凝り固まっちゃうときがあってね。ちょうど外部の意見が欲しいところだったんだよ」
ミアが、ニヤリと笑う。
「それで、もしサナの意見が採用されたら、ボクらに好きな衣装を着させられる権利をあげるっていうのはどうかな?」
「お、お前それ、実質タダ働き――――」
「いやいや、あのミルフィーユスターズが好きな衣装を着てくれるんだよ? 自分で言うのもなんだけど、十分報酬になると思わない?」
「……確かに?」
上手く言いくるめられた気がするが、間違いなく金に代えられない価値がある。
あれだけコスプレさせることに固執していた柴又のことだ。簡単に乗ってきてもおかしくはない。
「二人はどうかな?」
「あたしは賛成。衣装のほうが大事だもん」
「ん、右に同じ」
「じゃあ決定だね。玲、交渉はお願いしてもいいかな?」
玲は頷いて、スマホを手に取る。
そして先ほど交換した柴又の連絡先に、メッセージを送った。
「先輩方がコスプレしてくれると聞いて!」
翌日の放課後。
鼻息を荒くしながら、血走った目をした柴又が、俺たちの家にやってきた。
あまりの勢いに、カノンも、そしてあのミアすらも、若干引いていた。
「よ、よく来たな。とりあえず上がってくれ」
「はい!」
礼儀正しく靴を揃えた柴又は、ワクワクした様子で俺たちについてきた。
そしてリビングを見回して、何故か俺の服の袖を引っ張ってきた。
「ここって、りんたろう先輩の家なんですよね⁉ もしかしてお金持ちってやつですか⁉」
「まあ、親のすねかじりってやつだな」
「いやぁ、四人で暮らしてるって聞いて、ワンルームのアパートでの酒池肉林を妄想していたのですが、これはいい意味で期待を裏切られました」
「事務所の先輩相手に、何考えてんだよ……」
いかん。こいつといると、どうにもつっこんでしまう。
俺と柴又は、昨日会ったばかりのまだまだ浅い関係だ。いくらこいつの距離感がバグってるとはいえ、俺のほうから馴れ馴れしくしてはいけない。
「いや、待てよ? 別にこの家でも酒池肉林はできるじゃないですか! はっ⁉ まさか、この私まで肉林メンバーに加えようと⁉ なんて狡猾なりんたろう先輩……! ですが、甘んじて受け入れましょう! 皆さんのブルマをこの目で見ることができるなら! さあ、りんたろう先輩! いつでもどうぞ!」
「黙れ」
「あだっ!」
気づけば、柴又の脳天にチョップしていた。
まさかこの俺が、出会って二日の後輩女子に物理的ツッコミをかますとは。
しかし、何故かこれを求められている気がしたのだ。
「さすがはりんたろう先輩……素晴らしいチョップでした」
「お前が俺の何を知ってんだよ」
「知ってますとも! その、色々とね? アレとかソレとか」
「どうしてそんなにスラスラとボケられるんだ?」
本当は芸人を目指してるとか言わないよな?
「あ、そうだ! ご挨拶が遅れました! キャンスプでセンター張らせてもらってます! カリスマ担当サナこと、柴又早苗と申します! よろしくお願いしますね! 先輩方!」
「「「よ、よろしくぅ……」」」
ビシッと敬礼した柴又を、三人は呆気に取られた様子で迎え入れた。




