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71-2

 帰宅した俺は、早速豚の角煮を仕込むことにした。

 圧力鍋を使えば、比較的短時間で作れる料理だが、今日はゆっくり、時間をかけてやっていこうと思う。じっくり煮込んだほうが、味が染み込んで柔らかくなる気がするのと、時間をかけて煮込むのが好きだからだ。

 手塩にかけて作ると、自然と愛着も湧くというもの。とはいえ、結局は煮汁も残さず腹の中に入ってしまうのだが。

 まずは豚バラのブロックを、大きな鍋で煮込み、火を通す。

 このとき、豚の臭みを消すために、ネギの青い部分を一緒に入れる。

 灰汁を取って、クツクツする程度の火加減で、一時間から一時間半、下茹でする。

 暇な時間は、他の家事をやったり、英単語を覚えたりと、有効に使う。この、どうしても暇になる時間を上手く使うのも、主夫力が試される瞬間だ。

 下茹でが終わったら、一度豚肉を鍋から取り出して、よく見る四角い形にカットする。

 次は、いよいよ煮込みの時間だ。

 鍋にザラメを入れて、よく溶かす。このとき、黒っぽくなるまで少し焦がすと、香ばしさとコクが生まれる。

 ここに、醤油、酒を入れて、ムラが出ないようによく混ぜる。

 お湯で濃度を調節し、全体的にフツフツしてきたら、煮汁は完成だ。

 下茹で済みの豚肉を入れて、落し蓋をしたら、弱火で二時間放置する。

 この間に、付け合わせの煮卵や、チンゲン菜を用意しておく。


 余った時間は、再び別の家事を済ませる。

 なんてことだ。料理の準備も、今日の家事も、すべて終わってしまった。

 我ながら完璧すぎる。自分を褒める他ない。

 まあ、午後の授業がなかったからできたことだが、細かいことは気にしない。

 あいつらが帰ってくるまで、まだ時間がある。

 暇を持て余した俺は、なんとなくソファーに座り、テレビをつけた。


『あの〝ミルフィーユスターズ〟の姉妹ユニット! 〝キャンディスプリンクル〟特集です!』


 夕方のニュースキャスターがそう言うと、前にミアが言っていた後輩アイドルとやらの映像が流れ始める。

 十一人という大人数でありながら、歌もダンスも完璧に揃っていた。とてもデビューしたてとは思えない、圧巻のパフォーマンスだ。

 きっと、姉妹ユニットなんて紹介されなくても、いずれスターになっていたことだろう。

 素人の俺ですら、そんな予感がするのだから、事務所が期待しているのもよく分かる。

 特に、センターを任されている茶髪の少女には、玲にも似たカリスマ性を感じる。


「……ん?」


 そこで、俺はあることに気づいた。

 あのハーフツインは、見間違うはずがない。廊下ですれ違った一年生だ。

 どうりで見たことがあると思った。ホテルで、ミアに見せてもらったではないか。

 センターの名前は、〝サナ〟――――か。



「え、サナちゃんって凛太郎君たちと同じ学校なの?」


 角煮を食べる手を止めて、ミアが顔を上げた。


「ああ、帰るときにすれ違ってな」


 角煮に箸を入れると、縦にスッと割れた。

 肉は柔らかく、脂身はプルプル。我ながら素晴らしい出来栄えだ。


「サナって、確かメンバーの中で最年少よね?」

「うん。それに、サナちゃんだけは完全に新人だって聞いたよ。他のメンバーは、もともと芸能関係の人みたい」

「それでセンターを任されてるなんて、とんでもない才能ね」


 角煮を口に運ぶ。

 煮汁が絡んだ脂身が、口の中でじわりと溶けた。咀嚼せずとも飲み込めそうなほど柔らかい。

 ザラメを焦がしたことが、いいコクを生んでいる。

 こんなの、米をかき込むしかない。


「凛太郎、おかわり」

「はいはい」


 これで、玲は三回目のおかわりだ。

 いつも以上の食いっぷり。今日は角煮にして正解だったな。


「にしても、同じ学校なんて、すごい偶然じゃない」

「でも、まだ会えてない。声かけたほうがいいかな?」

「うーん、あんまり決めつけもよくないけど、そういうのって、業界的には後輩から来るものじゃない? あたしたちもそうしてきたし。それに、急に声かけたら委縮しちゃうかもしれないし」

「あ、そっか」


 芸能界は、上限関係が厳しいと聞く。

 芸歴による差は絶対で、後輩が挨拶に来なかっただけで、共演NGを出す者もいるとか、いないとか。

 まあ、玲はそういうことを気にするタイプではないが、立場だけで考えるなら、自分から挨拶に行くのは少し違うのだろう。


「それにしても……あっという間になくなっちゃったね」


 ミアが、角煮の皿を見て言った。

 大量に作ったはずなのに、もうほとんど残っていない。


「美味しすぎるから、仕方ない」

「ほとんどあんたの腹に消えてるけどね……!」


 カノンに睨まれた玲は、サッと目を逸らした。

 確かに、半分くらいは玲が食べた気がする。


「……こんなこともあろうかと」


 俺は、キッチンから角煮をもうひと皿持ってきた。

 どうせすぐなくなるだろうと思って、分けておいたのだ。


「気が利くぅ~!」

「米もまだあるからな。いくらでも言ってくれ」


 俺がそう言うと、三人は同時に空の茶碗を差し出してきた。



 翌日。

 一限が始まるまで、俺は雪緒とダラダラ話していた。


「凛太郎知ってる? 一年生に新人アイドルがいるんだって」

「ああ、昨日知った」 

「すごいよね。芸能系でもない普通の学校に、アイドルが二人もいるなんてさ」

「本人たちは大変そうだけどな」


 窓の外を見ると、ちょうどサナが登校してくるところだった。

 そんな彼女を、多くの生徒が取り囲んでいる。おそらく、質問攻めに遭っているのだろう。

 中には、俺たちと同じ三年生の姿もあった。いくら相手がアイドルとはいえ、後輩に対して我先にお近づきになろうとする様は、いささか醜い。気づけば、嘲笑が漏れていた。


「どうしたの?」

「いや、自分より下のやつを見てると落ち着くなーって」

「変わらないねぇ。去年のこの時期も、同じようなこと言ってたよ?」

「そうだったか? 覚えてねぇな」


 もし雪緒の言ったことが本当なら、俺は去年からまるで成長していない。

 ちょっと情けない。


「そうだ凛太郎。気づいてる?」

「なんの話だ?」


 雪緒は、どういうわけか真剣な顔つきになった。

 そして手招きすると、近づいてきた俺の耳元に顔を寄せる。


「君を見る女子の目、前と全然違うよ」

「ええ……?」


 俺は周囲を見回す。

 今のところ、特に視線は感じなかった。


「気のせいじゃねぇの?」

「ま、君は自分が思っているより鈍感さんだから、気づかなくても仕方ないよ」


 雪緒は、満面の笑みを浮かべて言った。

 その笑みには、どこか俺を責めているような雰囲気があった。


「な、なんか悪いことしたか?」

「べっつにぃ~?」


 そう言って、雪緒はそっぽを向いてしまった。

 どうしてこいつの仕草は、いちいちあざといのだろうか。

 とにかく、理由はまったく分からないが、俺は雪緒の機嫌を損ねてしまったらしい。

 それから授業が始まるまで、俺は雪緒の機嫌を取ることに尽力した。


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