表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/231

60-1 レシピ研究

「じゃあ、行ってくるわね」

「おう」


 翌日。

 実家に戻る準備を整えた三人を、俺は玄関まで見送りに来ていた。


「凛太郎君。ボクらがいないからって、羽を伸ばしすぎないようにね。女の子とか連れ込んじゃダメだよ?」

「んなこと誰がするかよ」


 呆れながらため息をつくと、スッと近づいてきた玲が、俺の服の裾をつまんだ。


「絶対、ダメ」

「……分かってるよ」


 そう言って、俺は頭を掻いた。

 何がそんなに不安なのか分からないが、玲がダメと言うならやめておこう。

 まあ、もともとそんな予定なんてありはしないのだが。


「気をつけて行って来いよ」

「ん、凛太郎も」


 三人が出ていくのを見届けて、俺はリビングへと戻る。

 さて、ここからは俺の趣味の時間だ。思う存分、料理の研究に励むとしよう。


――――と、その前に。


 スマホを確認すると、メッセージが届いていた。


「お、早いな」


 そうつぶやいた俺は、インターホンを見る。

 すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、チャイムが鳴った。


「今行く」


 インターホン越しに声をかけ、俺は玄関を開ける。

 すると、そこには雪緒の姿があった。


「あけましておめでとう、凛太郎」

「おう、あけおめ。寒いだろ? 早く入れよ」

「うん! お邪魔します!」


 嬉しそうに笑う雪緒を、家の中に招き入れる。

 女を連れ込むなとは言われたが、雪緒は男友達だ。

いくら女子より可愛いと評判だからって、何も問題はない。


「悪いな、新年早々来てもらって」

「全然。凛太郎に呼ばれたら、どこだって行くよ」

「嬉しいこと言ってくれんじゃん」


 こいつが男子で本当に良かった。危うくときめくところだった。


「てか、雪緒の家は大丈夫なのか? 三が日から出かけてさ」

「うん、大丈夫だよ。凛太郎の家に行くって言ったら、すぐにオーケーしてくれたもん」

「相変わらずだな……お前の両親」


 中学の頃、雪緒をストーカーから助けて以来、こいつの両親は、やけに俺を信頼していた。

 それ自体は嬉しいことだが、少々過剰というか、なんというか。


「あ、今日は凛太郎がご飯作ってくれるんだよね?」

「おう。ちょっと料理の研究がしたくてさ。味見役になってくれると嬉しい」

「任せて!」


 張り切る雪緒を見て、思わず笑顔になる。

 この生活にもずいぶん慣れたが、異性しかいない環境というのは、互いにその気がなくても疎外感を覚えるものだ。男同士だと、そういうものがなくていい。


「なんの料理の研究?」

「低カロリーでも、満足できる料理だ」

「おお~。乙咲さんたちが喜びそうだね」

「察しがいいな。武道館ライブが近いあいつらのために、体型維持が楽になる料理を作ってやりたくてさ」

「なるほどね。そっか、もうすぐ武道館か」

「信じられないよな、そんなすごいやつらが身近にいるなんて」

「そうだねぇ……。ていうか、そんな人たちのサポーターになった凛太郎も、十分すごいと思うよ」

「俺は何もやってねぇよ」


 そう言いつつも、少し考える。


「……いや、少なくとも、あいつらの支えにはなれてるか」

「ふふっ、じゃあやっぱりすごい人だね」

「ああ、そうかもな」


 俺が冗談めかして言うと、雪緒はふんわりとした笑みを浮かべた。

 保護者みたいだな、こいつ。


「よし、早速なんか作ってみるか」

「何か手伝う?」

「いや、課題でもしながらのんびり待っていてくれ」

「うん、分かった」


 雪緒をリビングに待機させて、俺はキッチンへ向かう。

 さて、早速料理に取り掛かろう。

 これまでも、いわゆるヘルシー料理には何度か挑戦してきた。

 最近だと、低糖質パンケーキがそれにあたる。

 今日と明日で、できるだけ多くのレシピを生み出さなければならない。

 これまで培ってきたものと、ネットの知識を総動員して、美味いけど太りにくい料理のレパートリーを増やすのだ。

 買い込んできた食材を漁る。

 やはり、大切なのはタンパク質だろう。カロリーを抑えたところで、栄養まで抑えてしまっては意味がない。それから、糖質を抑えることも有効なはずだ。


「魚とか、鳥のささみはいいって聞くけど……」


 魚に関しては、特に工夫もいらないだろう。焼いて出すだけで、十分ヘルシーだし、美味い。

 問題は、鶏むね肉や、ささみのような、たんぱくな肉。

 ただ焼いただけだと、どうしてもパサつくし、味気ない。

 味つけを濃くすると、塩分過多になる。味つけでなんとかする前に、肉を柔らかくすることから考えなければならない。


「試してみるか、低温調理ってやつ」


 俺は収納から、低温調理用の道具を取り出した。

 使うやつなんていないはずなのに、何故かこの家にもともとあった代物だ。

 少し型は古いようだが、まだまだ現役であることは、前に確認している。

 まずは、鶏むね肉から。塊の状態から、余計な皮を剥ぎ、脂身を取り除く。

 両面に塩を振って、下味をつける。そうしたら、密閉できる袋に入れて、よく空気を抜く。

全体が浸かるほどの水と器を用意し、そこに低温調理機をセット。

 水が規定の温度に達したら、鶏むね肉を入れて、放置する。これだけで、美味しい鶏チャーシューができるらしい。

 かなり長いこと待つ必要があるため、この間にもう一品作ることにする。

 ささみを用意して、くっついている筋を取り除く。

 スティック状にカットしたら、すりおろしにんにく、すりおろし生姜、醤油、料理酒に漬けて、味を染みこませる。

 片栗粉と上新粉をミックスしたものをまぶし、薄く引いた油で、揚げ焼きにする。

 油は、比較的ヘルシーな米油を使ってみたが、果たして味はどうだろうか。


「よし……」


 ひとまず〝ささみ揚げスティック〟の完成だ。


「一品目だ。率直な感想を頼む」

「ありがとう! これってささみ?」

「ああ。パサつきを防ぎたくて、揚げものにしてみた。まあ、ぶっちゃけ唐揚げだな」

「いただきます!」


 雪緒がささみ揚げスティックに口をつけると、小気味のいいカリッという音が聞こえてきた。


「はふっ……あ、熱っ」

「あ、悪い」

「で、でも、すごく美味しいよ! ナゲットみたい!」

「ああ、確かにな」


 ひとつ齧ってみて、俺も同じことを思った。


「マヨネーズとか、ケチャップが合うかもな」

「マスタードもいけそうだね。……でも、揚げものってカロリー的には大丈夫なの?」

「工夫すればな」


 衣を薄くしたり、余分な脂を拭き取ったりすることで、油によるカロリーはある程度抑えることができる。それに、実際に彼女たちに食べてもらうときは、サラダをつけるつもりだ。食物繊維は、脂質の吸収を抑えてくれる。ここまでやれば、揚げものだって、比較的ヘルシーに食べられるのだ。


「さすが、詳しいね」

「ぼちぼち勉強してるからな」

「……ねぇ、凛太郎。せっかく勉強してるならさ、栄養士さんとか目指さないの?」

「栄養士か……」


――――悪くねぇな。


 料理のことや、栄養については、普段からネットで調べ、信ぴょう性がなかったときは、図書館で本を漁って調べている。 

 あいつらに食べてもらうなら、半端なものは出したくない。

 本気で勉強して、資格まで取ることができたら、もっと満足のいくものを食べさせることができるんじゃないか?


「栄養士って、確か独学じゃなれないんだよな」

「うん、そのはずだよ。ちゃんと教えてもらえるところに行かなきゃいけないし、そのあと試験に合格しないといけない」

「うーん……」


 親父との関係は改善したが、有名大学に行くという約束は健在だ。

 栄養士を目指すとなると、専門の学校へ行かなければならないイメージがある。

 果たして、この二つは両立できるのだろうか?


「ま、今考えることじゃねぇか。チャーシューの様子見てくるわ」


 そう雪緒に告げて、俺はキッチンへ戻った。



「ほい、ネギ塩鶏むね肉チャーシューだ」


 むね肉を輪切りにし、その上からネギ、にんにく、塩、ごま油、鶏がらスープの素で作ったタレをかける。

 調理時間が長いことがネックだが、それ以外は本当に簡単な料理だった。


「わぁ! ぷるっぷるだね!」

「ああ、低温調理機サマサマだな」


 雪緒が箸で取ると、チャーシューがぷるんと揺れた。

 パサついている様子もないし、とても美味そうだ。


「いただきます!」


 小さな口でチャーシューを頬張った雪緒は、パッと目を見開いた。


「美味しい……! めちゃくちゃ柔らかいよ⁉」

「おっ、よかったよかった」


 俺もひと切れつまみ、口に放り込む。

 むちっとした癖になりそうな食感と、鶏の旨味。そこにネギ塩タレがよく絡み、さっぱりしつつも、しっかりとした味つけを感じることができた。


「確かに、こりゃ美味いな」

「うん! これなら絶対喜んでくれるよ!」


 嬉しそうにはしゃぐ雪緒を見ていると、なんだかこっちも嬉しくなる。

 自分で言うのもなんだが、この二品はかなりうまくいったと思う。

あいつらも、きっと喜んでくれるだろう。

 ただ、まだまだレパートリーが足りない。


「まだ食えるか?」

「もちろん! 今日はお腹空かせてきたからね!」

「助かるよ」


 新たな料理を作るため、俺は再びキッチンへ戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ