58-3
「あ、もうすぐ日付変わるわよ!」
さっきまで自分たちが出演していた番組を見ながら、カノンが言う。
確かに、もう間もなく年が明ける。毎年経験しているはずなのに、このときが来ると、どういうわけか落ち着かない気分になるのは何故だろう。
「ほらほら! カウントダウンするわよ!」
「え、みんなでか?」
「当然よ! めでたい瞬間なんだから!」
小っ恥ずかしく感じて、他二人の顔を見る。
俺と同じ気持ちのやつを探したつもりだったのだが、二人ともソワソワした様子で、カノンの提案に前向きな様子を見せていた。
どうやら、味方はいないらしい。俺はため息をと共に、抵抗を諦めた。
「ほ、ほら! 来るわよ!」
そうして、今年もついに残り五秒となった。
「「「ご! よん! さん! に!」」」
「……いち」
ゼロ――――。
全員の声がハモッた瞬間、日付が変わる。
「あけましておめでとう!」
「うん、おめでとう」
「おめでとう」
楽しそうに笑っている三人を見て、俺も少し笑顔になった。
「なんか、あっという間の一年だったね」
「ん、忙しかったから、そのせい」
「だね。環境もずいぶん変わったし」
そう言って、ミアはリビングを見回す。
「凛太郎君とお義父さんにはとても感謝しているよ。こんなに良い環境で過ごさせてもらっているんだから」
「……? あ、ああ」
どこか引っ掛かりのあるミアの言い方に、俺は首を傾げる。
「……そういえば、そろそろお義父さんと会う日を決めないといけないわね」
「ん、冬休み中には、お義父さんに会いに行かないと」
おかしいな。全員言葉に妙な迫力があるような――――。
「さ、三が日は、元日以外お前らも実家で過ごすんだよな?」
「うん、その予定だよ」
「じゃあ、四日以降だな」
ミアたちも親父も、とにかく多忙だ。
予定を合わせるのは相当難しい。できれば冬休み中。そう親父には伝えてあるが、残り一週間程度の時間の中で、都合が合う日などあるのだろうか。
「はぁ……憂鬱だわ。せっかくのお正月なのに、きっとチビたちの世話で休めないだもん」
「そいつは大変そうだな……」
「……ま、年始くらいは我慢するけどね」
そう言うカノンからは、普段の雰囲気とは違って、しっかり者の姉という印象を受けた。
俺もカノンの弟たちと会ったことがあるが、たった二日とはいえ、あいつらの面倒を見るのは確かに骨が折れる。
やんちゃで、しかも生意気。
だけど、可愛らしい。カノンとの仲をからかわれるのはごめんだが、またいつか遊びに行かせてもらいたいと、ひそかに願っていた。
「ボクもちょっとだけ憂鬱なんだよね……。お母さんが久しぶりに帰ってくるんだけど、絶対色々ダメだしされるからさ」
「あんたのママって、確かうちらの番組とかコンサート全部見てるんでしょ?」
「うん、本人はそう言ってたよ。よくやるよね、自分も忙しいのにさ」
ミアは、うんざりしているような、それでいて、少し嬉しそうな顔で言った。
「ドラマとかにも出るようになってから、ますます連絡が来るようになったよ」
「ん、イメージ通り」
「まあね……。自分が女優業なわけだから、言いたくなる気持ちも分かるよ」
「私の家はそういう感じじゃないから、ちょっと羨ましいけど」
「ああ、レイの家は、あんまり活動自体よく思われてないんだっけ」
「ん、最近はそうでもない。でも、お仕事の話をしても、二人ともよく分からないって顔する」
はたから聞いていて、だろうなと思った。
乙咲さんは、娘の仕事じゃなかったらまったく興味を示さないだろうし、莉々亞さんは「よく分からないけどすごーい!」と、めちゃくちゃに褒めるタイプだ。
玲と仕事の話ができないのも、仕方がないと思う。
「……凛太郎」
「ん?」
「お正月、ひとりで寂しくない?」
玲にそう訊かれた俺は、テーブルからずり落ちそうになった。
「お前……俺をガキと勘違いしてねぇか?」
「子供じゃないけど、意外と寂しがり屋なのは知ってる」
「おいおい……」
頭を抱えそうになるが、ミアもカノンも真顔なのを見て、俺は本気で心配されているのだと悟った。
「はぁ……大丈夫だって。それよりも俺は、お前らがおせちをどんだけ食べるかのほうが心配だ」
三人が実家に帰るのは、二日と三日。元日は、このまま四人で過ごす予定だ。
つまり、うちでおせちを食べるチャンスは、この一日しかない。
言い忘れていたが、もちろんおせちは俺の手作りだ。三人を満足させるために、すでに大量の具材を用意してある。仕込みもほとんど終わっているし、あとは重箱に詰めるだけだ。
ただ、果たして足りるだろうか? 一日しか食べないからと、少し遠慮してしまったのが心配だ。
「大丈夫、ひとり三段は行ける」
「最低でも九段は用意しろってことじゃねぇか、それ」
おせち九段って、逆に何を詰めればそんな量になるんだ?
「ふふっ、おせちも期待しているよ、凛太郎君」
「こっちは元日から詰め込む気満々なんだから!」
三人から期待の眼差しを向けられ、俺は苦笑いを浮かべる。
これは、新年初日から忙しくなりそうだ。