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55-5

 このプレゼントで、本当に喜んでもらえるだろうか。

 完成させたマフラーを手に取りながら、俺は不安な気持ちを押し殺す。

 申し訳なさそうにプレゼントを渡されたら、喜べるものも喜べないかもしれない。

 せめて俺だけは堂々としていよう。


「待たせたな」


 プレゼントを持って、リビングに戻る。

 俺が持ってきたものに興味津々な彼女たちに対し、俺は手編みのマフラーを見せた。


「凛太郎……それって」

「自分で編んだマフラーだ。日頃の感謝を込めてって感じなんだけど……受け取ってもらえると嬉しい」


 三人に向かってマフラーを差し出すと、各々が自分のイメージカラーのものを手に取った。そんなにまじまじと見られると、こっちはかなり恥ずかしいんだけど。


「これ……マジであんたが編んだの?」

「ああ、そうだ」

「……編みものまでできんのかい」


 呆れた様子のカノンが、そうつぶやく。


「できるって言うには、簡単なものしか作ってないけどな」

「どう見ても十分でしょうが! 大事にするわよ!」

「お、おう……」


 何故か怒りだしたカノンは、勢いよく首にマフラーを巻く。

 彼女の赤い髪に、赤いマフラーはよく似合っているように見えた。


「いいんじゃない⁉ これ! めっちゃ可愛いと思う!」


 カノンが姿見のほうへ駆けていく。

 どうやらずいぶん気に入ってもらえたようだ。


「凛太郎、これすごく温かい」


 そう言いながら、玲もカノンと同じようにマフラーを首に巻く。

 そして口元までマフラーで隠すと、嬉しそうに目を細めた。

 

「これ、ずっと大事にする」

「そんなに褒められると、ちょっとむず痒いっていうか……素材も普通の毛糸だし、特別なことはしてやれなかったっていうか……」

「一から編んでくれただけでも、私にとってはすごく特別なこと。……ありがとう、凛太郎」

「……どういたしまして」


 あまりにも照れ臭すぎて、俺は不器用な笑みを浮かべることしかできなかった。

 何はともあれ、喜んでもらえてよかった。俺はホッと胸を撫で下ろす。


「……ねぇ、凛太郎君」

「ん?」


 今まで黙っていたミアが、急に声をかけてきた。

 そしてどこかソワソワした様子で、自分の首を撫でる。


「君が直接、ボクにこのマフラーを巻いてくれないかな? 君にやってほしいんだ」

「え? まあ、別にいいけど」


 よく分からない要望だ。

 断る理由は特にないため、俺はミアの首にマフラーを巻き始めた。


「ちょっ……近いって!」

「ん……この手があったか」


 姿見のもとから戻ってきたカノンと玲が、悔しげな顔でこっちを見ている。

 そんなに重要なことか? これ。

 

「ほいっと……これでいいか」

「…………あ、ありがとう」


 綺麗に巻いてやると、何故かミアの顔が真っ赤になっていた。

 そんなに照れる要素あったか? これ。


「本当にありがとう、凛太郎君。このマフラー、ボクも大事にするから」

「ああ、そうしてくれると嬉しい」

 

 集まった三人は、お互いのマフラーを自慢し始めた。

 色が違うだけで、全員同じマフラーなのに……おかしな連中だ。

 ――――こいつらと出会えてよかった。

 この空間は、俺を肯定してくれる。ここにいていいのだと思わせてくれる。

 俺と彼女たちの間には、いつだって明確な一線が引かれている。その線があるからこそ、俺たちはこうして四人でいられるのだ。

 しかし、その一線が徐々に掠れ始めているのを感じる。俺たちが一緒にいられる時間が、刻一刻と減っているように思えるのだ。

 こんなにも心が満たされているのに、どこか寂しい。


「……凛太郎?」

「ん?」

「どうしたの? 具合悪い?」

「あ、ああ、大丈夫。ちょっと食い過ぎて胃もたれしてるだけだ」

「……そっか」


 いつの間にか、暗い顔になっていたらしい。

 すぐに笑みを作り、三人のもとに歩み寄る。

 俺の中にある悩みは、少なくとも今この場で考えるようなことじゃない。

 今はただ、この時間を楽しもう。


◇◆◇


「ん……」


 目を覚ますと、そこはリビングだった。

 寝ぼけ眼で周囲を見回すと、クリスマスの飾りつけが目に入る。

 ああ、そうだった、思い出した。昨日はあれからテレビゲームをしたり、映画を見たりして、夜遅くまで四人で騒いでいた。しかし途中で力尽きて、最終的に全員がここで寝落ちしたんだ。


 ――――ちゃんとベッドで寝ればよかった。


 カーペットの上で寝たせいで、体がガチガチだ。 

 特に背中が痛い。痛みに耐えながらなんとか体を伸ばし、俺は立ち上がる。

 まず安心したのは、ジュースをこぼしたり、食べものを落としたりといった形跡がないこと。

 最後のほうは深夜テンションになっていたため、ほとんど記憶がない。

 ばかすか酒を飲んだ次の日って、もしかしたらこういう感覚なのかもしれない。


「ん……?」


 視線を落とすと、玲が床に転がっているのが確認できた。

 この家にはアイドルが落ちています――――なんて、言っている場合じゃないか。

 俺の側で寝ていた理由は知らないが、このままじゃ玲もガチガチの体で起きる羽目になる。それは少し可哀想だ。


「……気持ちよさそうに寝やがって」


 安らかな寝息を立てる玲を、抱えて持ち上げる。

 この軽い体のどこに、あれだけのパフォーマンスを生むの力があるのだろう。

 あと食べた飯はどこに行ってるんだろうか。冗談抜きで本当に気になっている。


 このまま本人の部屋まで連れて行ってしまおうか迷っていると、ソファーの様子が目に入った。

 ソファーでは、ミアとカノンが寝ていた。転がっていた玲と同じように、寝息を立てている。この様子だと、起きるのはしばらく先になるだろう。


「……」


 俺はなんとなく思い至って、玲をソファーへと連れて行った。

 そしてミアとカノンの間に、そっと彼女を下ろす。

 すると左右にいた二人が、玲のほうに身を寄せ始めた。ただの身じろぎが偶然そうなったのか、それとも意識はなくとも本能的に体を動かしたのか、そこは分からない。寄り添い合って寝ている三人は、まるで姉妹のようにも見えた。我が家自慢の美人三姉妹だ。


「……バカらしい。顔でも洗ってくるか」


 自分のおかしな思考に、思わず苦笑いを浮かべる。

 俺は毛布を人数分持ってきて、それぞれにかけた。

 今のうちに、シチューを温めておこうか。どうせ起きた途端に、腹が減ったと言い出すに決まっている。

 俺は顔を洗ってから、三人からもらった星マーク付きのエプロンを着けて、キッチンに立った。

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