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このプレゼントで、本当に喜んでもらえるだろうか。
完成させたマフラーを手に取りながら、俺は不安な気持ちを押し殺す。
申し訳なさそうにプレゼントを渡されたら、喜べるものも喜べないかもしれない。
せめて俺だけは堂々としていよう。
「待たせたな」
プレゼントを持って、リビングに戻る。
俺が持ってきたものに興味津々な彼女たちに対し、俺は手編みのマフラーを見せた。
「凛太郎……それって」
「自分で編んだマフラーだ。日頃の感謝を込めてって感じなんだけど……受け取ってもらえると嬉しい」
三人に向かってマフラーを差し出すと、各々が自分のイメージカラーのものを手に取った。そんなにまじまじと見られると、こっちはかなり恥ずかしいんだけど。
「これ……マジであんたが編んだの?」
「ああ、そうだ」
「……編みものまでできんのかい」
呆れた様子のカノンが、そうつぶやく。
「できるって言うには、簡単なものしか作ってないけどな」
「どう見ても十分でしょうが! 大事にするわよ!」
「お、おう……」
何故か怒りだしたカノンは、勢いよく首にマフラーを巻く。
彼女の赤い髪に、赤いマフラーはよく似合っているように見えた。
「いいんじゃない⁉ これ! めっちゃ可愛いと思う!」
カノンが姿見のほうへ駆けていく。
どうやらずいぶん気に入ってもらえたようだ。
「凛太郎、これすごく温かい」
そう言いながら、玲もカノンと同じようにマフラーを首に巻く。
そして口元までマフラーで隠すと、嬉しそうに目を細めた。
「これ、ずっと大事にする」
「そんなに褒められると、ちょっとむず痒いっていうか……素材も普通の毛糸だし、特別なことはしてやれなかったっていうか……」
「一から編んでくれただけでも、私にとってはすごく特別なこと。……ありがとう、凛太郎」
「……どういたしまして」
あまりにも照れ臭すぎて、俺は不器用な笑みを浮かべることしかできなかった。
何はともあれ、喜んでもらえてよかった。俺はホッと胸を撫で下ろす。
「……ねぇ、凛太郎君」
「ん?」
今まで黙っていたミアが、急に声をかけてきた。
そしてどこかソワソワした様子で、自分の首を撫でる。
「君が直接、ボクにこのマフラーを巻いてくれないかな? 君にやってほしいんだ」
「え? まあ、別にいいけど」
よく分からない要望だ。
断る理由は特にないため、俺はミアの首にマフラーを巻き始めた。
「ちょっ……近いって!」
「ん……この手があったか」
姿見のもとから戻ってきたカノンと玲が、悔しげな顔でこっちを見ている。
そんなに重要なことか? これ。
「ほいっと……これでいいか」
「…………あ、ありがとう」
綺麗に巻いてやると、何故かミアの顔が真っ赤になっていた。
そんなに照れる要素あったか? これ。
「本当にありがとう、凛太郎君。このマフラー、ボクも大事にするから」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
集まった三人は、お互いのマフラーを自慢し始めた。
色が違うだけで、全員同じマフラーなのに……おかしな連中だ。
――――こいつらと出会えてよかった。
この空間は、俺を肯定してくれる。ここにいていいのだと思わせてくれる。
俺と彼女たちの間には、いつだって明確な一線が引かれている。その線があるからこそ、俺たちはこうして四人でいられるのだ。
しかし、その一線が徐々に掠れ始めているのを感じる。俺たちが一緒にいられる時間が、刻一刻と減っているように思えるのだ。
こんなにも心が満たされているのに、どこか寂しい。
「……凛太郎?」
「ん?」
「どうしたの? 具合悪い?」
「あ、ああ、大丈夫。ちょっと食い過ぎて胃もたれしてるだけだ」
「……そっか」
いつの間にか、暗い顔になっていたらしい。
すぐに笑みを作り、三人のもとに歩み寄る。
俺の中にある悩みは、少なくとも今この場で考えるようなことじゃない。
今はただ、この時間を楽しもう。
◇◆◇
「ん……」
目を覚ますと、そこはリビングだった。
寝ぼけ眼で周囲を見回すと、クリスマスの飾りつけが目に入る。
ああ、そうだった、思い出した。昨日はあれからテレビゲームをしたり、映画を見たりして、夜遅くまで四人で騒いでいた。しかし途中で力尽きて、最終的に全員がここで寝落ちしたんだ。
――――ちゃんとベッドで寝ればよかった。
カーペットの上で寝たせいで、体がガチガチだ。
特に背中が痛い。痛みに耐えながらなんとか体を伸ばし、俺は立ち上がる。
まず安心したのは、ジュースをこぼしたり、食べものを落としたりといった形跡がないこと。
最後のほうは深夜テンションになっていたため、ほとんど記憶がない。
ばかすか酒を飲んだ次の日って、もしかしたらこういう感覚なのかもしれない。
「ん……?」
視線を落とすと、玲が床に転がっているのが確認できた。
この家にはアイドルが落ちています――――なんて、言っている場合じゃないか。
俺の側で寝ていた理由は知らないが、このままじゃ玲もガチガチの体で起きる羽目になる。それは少し可哀想だ。
「……気持ちよさそうに寝やがって」
安らかな寝息を立てる玲を、抱えて持ち上げる。
この軽い体のどこに、あれだけのパフォーマンスを生むの力があるのだろう。
あと食べた飯はどこに行ってるんだろうか。冗談抜きで本当に気になっている。
このまま本人の部屋まで連れて行ってしまおうか迷っていると、ソファーの様子が目に入った。
ソファーでは、ミアとカノンが寝ていた。転がっていた玲と同じように、寝息を立てている。この様子だと、起きるのはしばらく先になるだろう。
「……」
俺はなんとなく思い至って、玲をソファーへと連れて行った。
そしてミアとカノンの間に、そっと彼女を下ろす。
すると左右にいた二人が、玲のほうに身を寄せ始めた。ただの身じろぎが偶然そうなったのか、それとも意識はなくとも本能的に体を動かしたのか、そこは分からない。寄り添い合って寝ている三人は、まるで姉妹のようにも見えた。我が家自慢の美人三姉妹だ。
「……バカらしい。顔でも洗ってくるか」
自分のおかしな思考に、思わず苦笑いを浮かべる。
俺は毛布を人数分持ってきて、それぞれにかけた。
今のうちに、シチューを温めておこうか。どうせ起きた途端に、腹が減ったと言い出すに決まっている。
俺は顔を洗ってから、三人からもらった星マーク付きのエプロンを着けて、キッチンに立った。