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55-2

 しばらくして、玲とカノンも下りてきた。

 二人とも、起きたてのミアと同じように、髪の毛がボサボサだ。いや、ミアよりも長い分、さらに酷いことになっている。

 

「あらら……これは直すのが大変そうだね」


 そう言いながら、ミアが二人の髪を櫛で整えていく。

 二人の顔は、どう見ても寝ぼけている。まさにされるがまま。

 ライブのあとは、いつもこうだ。持てる全力を発揮してライブに挑むため、エネルギーを使い果たしてしまうのだろう。


「覚醒まではもう少しかかりそうだね」

「ナポリタンの匂いを嗅がせれば、起きるかな」

「名案だね、それ」


 というわけで、俺は早速ナポリタンを作ることにした。

 手早くピーマンとたまねぎ、ウィンナーを切り、ざっと炒める。

 教えてもらった通り、そこにニンニクを少し多めに入れて、コンソメで味付けをする。

 そしてケチャップだけでなく、トマトペーストも入れて、トマト要素を増やしてみた。最後に鷹の爪を少々。これは欠かせないだろう。


「……この匂いは」


 リビングに香ばしい匂いが漂い始めると、玲の目がパチッと開いた。

 まさか本当に起きるとは。食い意地が役に立つときがくるとは思わなかったな。


「ん……なんか、いい匂いがするわね」


 ナポリタンの匂いで、寝起きが一番悪いカノンまで覚醒した。

 恐るべし、食い意地。


「おはよう二人とも。早く顔を洗ってきな。凛太郎君がナポリタンを作ってくれているから」

「ナポリタン……楽しみ」


 そう言い残し、玲とカノンは洗面所のほうへ消えていった。

 その間に、俺はナポリタンを完成させる。山盛りのパスタをそれぞれの皿に盛り、最後に彩りでパセリを散らす。

 鮮やかな色味とトマトの風味、そして強めに効いたニンニクと少しの辛みが、食欲をそそる。我ながら、かなりの再現度だ。


「わぁ……すごいわね……!」


 洗顔と歯磨きを済ませ、すっかり本調子になったカノンが、テーブルの上を見て目を輝かせた。続いて戻ってきた玲も、似たような表情を浮かべる。


「本当にいい香りだね。かなりニンニクが効いてる?」

「ああ、たまたま習う機会があってな。それと、ケチャップだけじゃなくて、トマトペーストも使ってみた。味に深みが出て、すごく食べやすくなってると思うぞ」


 四人で食卓に着き、手を合わせる。

 そして彼女たちが早速ナポリタンを口に運ぶさまを、俺は緊張しながら見守った。


「……! 美味しい」

「匂いは強いけど、実際に食べてみるとニンニクの風味もちょうどいいくらいだ。これは満足感があるね」

「細かいことはよく分からないけど……味がちゃんと重なってるっていうか、すごくコクを感じるわ!」

 

 どうやらお気に召したようだ。

 毎度のことだが、新しい料理を出すときは柄にもなくドキドキしてしまう。

 今回も気に入ってもらえたようで、本当によかった。



 一瞬でナポリタンを食べきってしまった俺たちは、食後の休憩を取ることにした。


「……あっ!」


 突然カノンがハッとしたような表情を浮かべ、玲とミアのほうを見る。


「ねぇねぇ! あんたたち!」

「どうしたんだい? そんな騒々しい顔して」

「顔が騒々しいってどういうことよ⁉ って、そんなことはどうでもよくて……ほら! あれ忘れてるわ!」

「あれ? ……なんだっけ、それ」

「あれよ! クリスマスライブで忘れてたけど、飾りつけでもしようって話してたじゃない!」

「……ああ! それか!」


 カノンたちの会話を聞いて、俺は首を傾げる。


「凛太郎が料理を作ってくれている間、私たちでパーティーの飾りつけをしようって話してた。……今の今まで忘れてたけど」

「そ、そうだったんだな……」


 そういえば、こいつらが留守のときに、色々と荷物が届いていたな。 

 自分宛以外の荷物は開けないようにしているから、何が入っているのか知らなかったけど。


「ほら、ちゃっちゃと動かないと、パーティーに間に合わないわよ!」


 三人は、突然せわしなく動き始まる。

 詳しい話を聞かされていなかった俺は、その様子をただ見守ることしかできなかった。


「クリスマスと言えば、まずはこれよね!」


 そう言ってカノンが引きずるようにして持ってきたのは、飾りつけ用のクリスマスツリーだった。割と背丈があり、広いリビングに置いても、かなりの存在感を放っている。


「ボクとレイは、色々装飾品を買ってきたよ」

「この折り紙を輪っかにして、部屋の周りを飾りつける」


 ミアの手には、ベルやイルミネーション用の電球が。

 玲の手には、大量のカラフルな折り紙があった。

 なるほど、これを飾れば、確かにますますクリスマスパーティーらしくなりそうだ。


「凛太郎君は休んでていいよ。まだやることも残ってるでしょ?」

「ああ、悪いけどパンを作らなきゃいけないから、すぐには手伝えねぇな」

「大丈夫大丈夫。ボクらだけでもちゃんと進めておくよ」


 そう言ってくれるなら、ここは任せてしまおうか。

 三人とも楽しげな様子だし、むしろ自由にやらせたほうがよさそうだ。

 その間に、パーティー用のパンを作るべく俺は再びキッチンへ。

 フランスパンの材料は至ってシンプル。強力粉、ドライイースト、塩、水。初めて作ったときは、材料の少なさにかなり驚いた覚えがある。ただ、その代わりと言ってはなんだが、発酵にはかなりの時間を要する。今からやったのでは間に合わない。そのため、俺はすでに昨日の夜から生地を仕込み、冷蔵庫で発酵させていた。取り出してみると、うん、中々いい感じである。

 丸パンのほうは、フランスパンほど時間はかからない。材料は強力粉、砂糖、塩、無塩バター、牛乳、卵、ドライイースト。

 フランスパンに関しては、あとは焼くだけで完成するため、一旦後回し。

 ここからは、丸パンに集中しよう。材料をボウルに入れて混ぜ合わせ、生地がまとまってきたら、ボウルから出して更にこねる。おおよそ十分以上はこねたほうがいい。たとえ疲れたとしても、手を止めずに続ける。

 こね終わったら、ひとまとめにした生地をボウルに戻し、オーブンへ。四十度で一次発酵。これが終わると、生地がかなり膨らんだ状態になる。

 ボウルから生地を取り出し、ほどよいサイズに等分する。

 そして濡らしたキッチンペーパーを上から載せて、十五分から二十分休ませる。この時間のことをベンチタイムというらしい。

 ベンチタイムが終わったら、再び少しこねて、生地を平らに広げる。

 そして真ん中を包み込むようにして、ひとつひとつの生地を丸くする。イメージとしては、空気を生地で包み込むような感じだ。

 それからまた、四十度に設定したオーブンで、二次発酵を行う。

 時間は、一次発酵と同じ三十分から四十分程度。

 そして焼く前に、表面に溶き卵を塗る。あとは百八十度前後に余熱したオーブンで、二十分ほど焼けば、ふわふわの丸パンの完成だ。


「よし、この調子でフランスパンも……うおっ⁉」


 いつの間にか、玲たちがキッチンを覗き込んでいた。

 その視線は、ふわりとバターと小麦の香りがする焼きたてのパンへと向けられている。我ながら美味そうに焼けたし、気になる気持ちもよく分かるが、今食べられてしまったらパーティーに出す分が足りなくなってしまう。


「……お前ら、飾りつけは終わったのか?」


 俺がそう訊くと、三人は肩を落としてそれぞれの持ち場へと戻っていった。

 よく見れば、どこの持ち場も全然終わっていなかった。

 パンの匂いに釣られて、ずっとこっちを見てたんだろうな。 

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