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48-4

「お待たせいたしました、こちらフレンチトースト・トッピング三種と、五種です」


 そんな話をしているうちに、フレンチトーストが運ばれてきた。

 ――――多いな。

 皿の上には、かなり厚みのあるフレンチトーストが二枚。見ただけで胃もたれしそうだ。二つの巨大フレンチトーストの周りには、トッピングがこれでもかと添えられている。

 シロナと食べに行ったパンケーキもなかなかだったが、このフレンチトーストも勝るとも劣らぬ衝撃を与えてくる。


「おー! SNSの写真よりもボリューミーね!」

「食いきれるか不安になってきたんだが……」

「大丈夫よ。食べきれなかったらあたしがもらうし」

「それを聞いて安心したよ」


 カノンの胃袋のでかさはよく知っている。

 ミルスタの中では一番小食なカノンだが、それはあくまで玲とミアと比べればという話であり、一般的な女子と比べれば圧倒的に大食だ。普段料理を作っている側の見立てでは、三皿までなら食べられるだろう。

 俺はナイフでフレンチトーストを切り分け、口に運ぶ。

 まずはそのまま。外はカリカリ、中はふわとろ。しみ込んだ卵液がじゅわっと染み出し、素朴な甘みとバターの香りが口いっぱいに広がる。


「めちゃくちゃ美味いな……」

「うん、美味しいわね」


 頬を緩めながら、カノンは二口めを口に運ぶ。

 負けじと俺もフレンチトーストを切り分け、今度はアイスクリームを載せる。

 アツアツのフレンチトーストに、冷たいバニラアイスが見事に調和し、思わずにやけてしまうほどの甘みが脳みそを溶かす。

 なるほど、トッピングを使い分けて、飽きが来ないように食べ進めていくのか。そういえば、トッピングメニューにウィンナーやベーコンの文字があった。見たときは存在理由がよく分からなかったが、塩気が強いトッピングを途中で食べることで、甘さをリセットできるのだろう。よく考えられている。俺も頼んでおけばよかった。

 ただ、今のトッピングだけでも、十分食べきれそうだ。

 一緒に頼んだコーヒーもある。甘みを相殺できるのは、何も塩気だけではない。

 そうして俺は、特大フレンチトーストを食べ進めた。


「……大丈夫?」

「ああ……なんとか」


 俺は腹をさすりながら、大きく息を吐いた。

 目の前には何も載っていない皿がある。

 俺はなんとかフレンチトーストを食べきることに成功した。本当にギリギリの戦いだった。胃袋がパンパンというより、甘さにやられたという感じだ。


「もう当分甘いものは食いたくねぇ」

「ああ〝とうぶん〟だけにね」

「うるせぇよ」


 上手いこと言ってやったぞって顔するな。


「まあまあ、コーヒーでも飲んで落ち着きなさいよ」

「言われなくても……」


 俺は途中でおかわりしたコーヒーを、一気に飲み干した。

 幸いだったのは、コーヒーのおかわりは自由だった。専門店と違い特別美味しいコーヒーというわけではなかったが、甘さを中和するには十分だった。


「ふぅ……でも、美味かったな」

「その言葉が聞けてよかったわ」


 そう言いながら、カノンはニカッと笑った。

 さて、食べきってしまったからには、いつまでも休んでいるわけにはいかない。

 客足はまったく衰える様子を見せず、行列はまだまだ長そうだ。

 そろそろ席を空けるとしよう。手早く会計を済ませ、俺たちは店を出た。


「腹ごしらえも済んだし、今度はアクセサリーでも見に行こうかしら……ちょっと歩くけどいい?」

「もちろん。むしろカロリーを消費させてくれ」


 腹をさすりながらそう告げて、俺たちは新たな目的地に向かって歩き出す。

 その瞬間、俺は前から歩いてきたカップルにぶつかりそうになり、とっさに体をそらした。


「あ、ごめんなさい……!」

「いえいえ、大丈夫です」


 このカップル、どうやらお互いの顔を見つめていたせいで、前を見ていなかったようだ。危ないからやめたほうがいいぞと内心思いながら、カノンと合流する。


「大丈夫?」

「ああ、ぶつかりそうになっただけだ」

「お熱いわね~。まあ、前はちゃんと見たほうがいいけど」 


 呆れた表情を浮かべながら、カノンは歩き去っていくカップルの背中を見る。

 恋は盲目なんて言うけれど、あそこまで燃え上がるようなこと、果たして本当にあるのだろうか? 


「……そういえば、あんたってまだ女の子と付き合ったことないって言ってたわよね」

「そんなはっきり言わんでも……まあ、その通りだけどさ」


 別に、高校二年生で彼女がいないなんて、普通のことだろ。

 うん、普通のことだ。


「そういうお前はどうなんだよ」

「あたしを誰だと思ってるの? バリバリ経験豊富に決まってるじゃない――――って、言いたいところだけど……これがゼロなのよねぇ」

「だろうな」

「だろうなって何よ⁉ こんな美少女に彼氏がいないなんておかしいでしょうが!」


 ギャアギャアと切れるカノンは相変わらず面白おかしいが、言っていることはあながち間違っていない。

 ただ、カノンの場合、俺のような人間とはまったく悩みの方向性が違う。

 俺は恋人がほしいと思っても作れない。しかしカノンは、作ろうと思えばいくらでも作れるはずなのだ。アイドルという立場である限り、それは一生叶わない話だが。


「……ねぇ、アイドルに彼氏がいるって、おかしいと思う?」

「おかしいとは思わねぇが……ファンを裏切ったことにはなると思う」

「その心は?」

「うーん……最初から彼氏がいるとか、既婚とか発表してるならともかく、ファンになった人たちは〝彼氏がいない〟女の子を応援してるつもりになっているだろ? 彼氏がいたってだけで叩く連中の気は知れないが、ファンを辞めたくなる心理は……まあ、分かるんだよ」


 アイドルはみんな、恋人なんていないというていで活動する。

 はっきり〝いません〟と公言していない時点で、詐欺でもなんでもないのだが、少なくとも大部分のファンは、その〝てい〟に期待して応援する。

 いざ恋人がいると分かったとき、期待していた彼らがファンを辞めるのは、自然なことだと俺は思う。

 何度も言っておくが、それでアイドルを叩く連中はナンセンスだ。他者を傷つけるような人間に、自分を正当化する権利などない。ただ、それはアイドルにも言えること。勝手に恋人がいないと勘違いしたのはファン(そっち)とでも考えているなら、そいつは最低な人間だ。


「アイドルだけじゃない。芸能界も、飲食店も、アパレルも……みんな、ファンや顧客の力で生かされてる。取引相手と言い換えてもいいな。彼らがノーと言えば、みんな利益を得られなくなるってわけだ。じゃあ、裏切るべきじゃないよな」

「……そうね。その通りだと思うわ」


 金を出すのも自由だし、出さないのも自由。

 その選択を咎めることは、誰にも許されない。

 少し間が空いて、俺は妙に恥ずかしくなった。

 本物のアイドル相手に何を語っているのだ、俺は。


「あたしもね、隠し通す自信があるなら、別にいいと思ってる。でも、それってめちゃくちゃ難しいことでしょ? 常に周りを気にして、相手にもそれを強要しないといけないなんて……申し訳なさすぎるわ」


 そう言いながら、カノンはわずかに顔をしかめた。

 

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