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48-3

「うん、なかなか似合ってるじゃない」


 試着室から出てきた俺を見て、カノンは大きくひとつ頷いた。

 黒いインナーに、グレーのオーバーサイズのパーカー。下はデニムで、全体的にモノトーンな感じに仕上がっている。

 鏡を見た感じでは、我ながら悪くないように思えた。


「思った通り、結構大人っぽい印象になったわね」

「そういうところまで考えて服を選んだのか?」

「当たり前よ。コンセプトは最初に決めておかないと、あとで迷っちゃうし」


 ――――なるほど。


 俺はもはや頷くことしかできなかった。


「どう? 気に入った?」

「ああ、新鮮で気に入ったよ」

「ほんと? せっかくだし、今日はそれ着て歩いてよ」

「別にいいけど……マジで買うの? これ」


 恐る恐る、ついている値札を見る。

 そこには目を疑いたくなるような値段が書かれていた。さすがに十万を超えたりすることはないけど、このパーカーだけで、俺のひと月のバイト代がほとんど消し飛ぶ。


「いいのよ。ミーチューブの収益とか、あんたの協力ありきだったのに、全部あたしたちで分けちゃってるし……ずっとそれが心苦しかったから」


 俺に気を遣う必要なんてまったくないのに、カノンは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。


「抵抗あるかもしれないけど、できれば受け取ってよ。一応、あんたが受け取るべき正当な報酬の範囲だと思ってるわ」

「……そういうことなら」


 もはや断るのも野暮というもの。

 俺は素直に受け取ることにした。


「ありがとう、カノン」

「いいのよ。あ、でもあたしの好きなもの作るって話は忘れないでね?」

「おう、お安い御用だ」


 それから会計を済ませ、俺たちは店をあとにした。


◇◆◇


 続いて俺たちは、新しくできたカフェとやらに向かっていた。

 SNSで話題になっているらしく、ミルフィーユスターズというインフルエンサーとして、調査しておかなければならないというのが、カノンの言い分だった。

 

 ――――本当はこれが食べたいだけじゃないのか?


 行列に並びながら、店の看板に描かれたフレンチトーストの絵を見る。

 どうやらただのフレンチトーストではないらしく、上にはバニラアイス、そしてメープルシロップ、さらには生クリームが添えられているようだ。

 一見、こんな行列ができるほど、目新しい要素はないように思える。


「このお店がバズってる理由は、トッピングの多さよ」

「トッピングの多さ?」

「そう。色々なトッピングを好きなだけ載せられるの」

「へぇ……」


 フレンチトーストは、とてもシンプルな料理だ。

 パンを卵、牛乳、生クリームに浸して、焼くだけ。

 そのシンプルさが故に、トッピングによって無限大の可能性を見せるというわけか。

 なるほど、面白そうだ。


 それなりに待ったが、俺たちは店内に入ることができた。メニューにはドリンクと、フレンチトーストのトッピングメニューだけが書かれている。


「……トッピングって、どれくらい選べばいいんだ?」

 

 メニューを見る限りでは、最大三十種類まで選べるようだ。

 俺はそこまでのトッピングを必要としていない。この店で言うのもなんだが、一種類でも十分なくらいだ。


「オーソドックスなのは、アイスとメープルシロップとか? あたしは五つにするけど、あんたは三つくらいがちょうどいいんじゃない?」


「ありがたいアドバイスだ。じゃあ俺は三つにするよ」


 俺はバニラアイス、メープルシロップ、イチゴをチョイス。

 カノンは、俺と同じものにプラスして、キャラメルとアーモンドスライスを選んだ。


「やっぱ、こういうところに来ると、ちょっとそわそわするな」


 俺は周囲を見回しながら、そう言った。

 ざっと見た感じ、ほとんど女性しかいない。奥のほうにカップルが座っており、おかげで男の客がゼロというわけではないものの、この男女比で居心地がいいわけもなく……。


「……そういえば、あんたシロナとデートしたときも、こういうカフェに行ったとか言ってなかったっけ?」

「ああ、あれはパンケーキの店だったけどな」

「……ふーん」


 カノンが機嫌の悪そうな表情を浮かべる。

 ツインズとは色々あったからな。一応和解したとはいえ、思うところがあるのかもしれない。


「あの子たちとは、連絡取ってる?」

「ん? ああ、たまにどうでもいい世間話が送られてくるよ。あいつらもあいつらで、上手いことやってるみたいだ」


 あの一件から、ミルスタもツインズもガンガン人気を伸ばしている。ミーチューブという海外でもメジャーな配信サイトで活動するようになったことで、ミルスタは一気に海外ファンを獲得した。

 逆にツインズは、ミルスタとのコラボからテレビでの露出が増加している。シロナの話だと、来春からツインズのレギュラー番組が始まるとかなんとか。

 紆余曲折あったが、結局あの一件は、両者にとっていい影響を与えたようだ。


「アイドルからダル絡みされるとか……いいご身分ねぇ、あんた」

「あいつらから絡まれてるのは、お前らがきっかけってこと忘れんなよ?」


 俺がそう言い返すと、カノンはケラケラと笑った。


「……ふと思ったんだけど、ゲームの賞品が俺と出かけることなんて、もっといいもんがあったんじゃないか?」

「何言ってんのよ。あんたとの時間にはちゃんと価値があるわよ」

「そうなのか……?」


 そう言ってもらえるのは素直に嬉しいが、俺自身はまったく理由が分かっていない。


「……あんたと一緒にいると、普通の女の子みたいに笑えるの」


 カノンがそういったとき、店内BGMがミルスタの曲に変わる。

 一瞬、カノンの存在が店側にバレたのかと焦ったが、どうやらそういうわけではなく、ただの偶然のようだ。俺が過敏になっているだけで、国民的アイドルの曲が流れてくることは、まったく不自然ではない。


「売れるために努力してきたんだから、こうして変装しないと外を歩けないっていうのは、むしろ望むところって感じなんだけど……しんどいもんはしんどいのよ」

「そりゃそうだろうな」


 玲もミアも、同じようなことを言っていた。

 アイドルになったことは後悔していない。ただ、たまに息苦しくなると。

 贅沢な悩みであることを理解しているから、彼女たちはそれを愚痴ったりはしない。


「でも、俺といたって変装しなくて済むわけじゃねぇだろ?」

「そうだけど、うーん……気持ちの問題っていうか、なんか、安心するのよ。あんたといるだけでね」


 理由はよく分かんないけど――――。


 ヘラっと笑いながらそう告げたカノンを見て、ふいに心臓が跳ねた。

 なんとなく、三人と同じマンションに住み始めた頃のことを思い出す。少し弱っていたカノンに肩を貸したあの日。

 アイドルってことを忘れられる、確かにカノンはそう語っていた。

 そして、安心できるとも。


「あ、りんたろーもあのときのこと思い出してたでしょ?」

「よく分かったな」

「分かるわよ。あたしも同じだし」


 そう語るカノンの顔は、どこか大人びて見えた。


「また肩でも貸してもらおうかしら? それか、今度は膝枕とか?」

「そういうのは男側のロマンってやつじゃないのか?」

「別に、女だって膝枕されたいって子はいっぱいいるわよ。少なくともあたしは、あんたの膝ならよく眠れそうだわ」


 俺と一緒にいることが、安心につながる。

 本人である俺にその感覚は分からないけれど、その程度でカノンが安心できるというのなら、肩でも膝でもいくらでも貸してやる。心の底から、そう思えた。

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