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47‐2

 チョコレート・ツインズとミルスタのコラボライブ配信。

 とんでもない視聴者数を叩き出したその配信は、まさにミーチューブ界隈、さらには芸能界の伝説となった。

 あの大人気アイドルのライブが、まさかの無料配信。

 そんなの、人が集まらないわけがない。

 あまりにも同時接続が増えすぎて、サーバーが悲鳴を上げてたとかなんとか噂もあるが、まあ……それは今の俺たちには関係のない話だろう。

 そしてちょうどその配信が終わった日の夜、俺はリビングに広がっている惨状を見て、頬を掻いた。


「その……本当に悪かった。こき使っちまって」

「……分かってるならいいわ」


 まるで死体のように転がる三人。

 今もそこら中で騒がれているアイドルの姿とは、到底思えない。

 

「むしろボクとしては、だらしない姿を見せて申し訳ない気持ちだよ……」

「なんか、いつも以上に疲れてねぇか?」

「スケジュール調整で苦戦したっていうのもあるけど、一番はツインズの前で強がっちゃったのが原因かな……でもせっかくこっちに憧れの視線を向けてくれているんだから、かっこいいところ見せないと」

「……立派だよ、ほんとに」


 シロナに対してミルスタとのコラボを提案した俺は、その後こいつらにも頭を下げて頼み込んだ。

 ツインズから依頼が来たら、どうか受けてやってほしいと。

 仕事には極力干渉しないようにしていた俺の、最初で最後のわがまま。

 意外だったのは、こいつらがあっさりと了承してくれたこと。

 もう少しわだかまりがあってもおかしくないと思っていたから、その場でオーケーをもらった時はさすがに驚いた。

 もちろんライブ会場を押さえて観客を入れるとなると、数か月単位の準備が必要になるし、簡単にはコラボも実現しないと分かっていた。

 しかしそこで救世主となったのが、無観客ライブと、ミーチューブ配信というコンテンツ。

 無観客なら会場を抑えるだけで済むし、スタッフも最低限で済む。

 何より幸いだったのは、ミルスタが所属しているファンタジスタ芸能が乗り気だったこと。

 何もかも貪欲に飲み込んできた会社として、チョコレート・ツインズのファンを引き入れるチャンスを逃すべきではないと判断したようだった。

 ミーチューブでの投票企画にオーケーを出した時点で、どういう形であれツインズとコラボする流れを待っていたらしい。

 すでにトップアイドルだってのに、大したハングリー精神である。


「凛太郎」

「ん?」

「私たち、ちゃんとできた?」

「……」


 その質問には、色々な意味が含まれているように思えた。

 俺がツインズに対して何をしたいのか、深くは分からずとも、玲たちはなんとなく察してくれていたことだろう。

 だから二つ返事で俺の無茶な要望を聞いてくれたのだ。


「ああ、本当に助かったよ。ありがとう」

「ん……ならよかった」


 安心したように、玲は体から力を抜いた。

 そしてしばらく黙ったと思えば、すぐに寝息を立て始めてしまう。


「ずいぶん疲れてたみたいだね……ボクらも人のこと言えないけど」

「ここ数日も気を張ってたみたいだしね」


 気を張っていたという言葉に、俺は疑問を覚える。


「レイね、あんたをずっと信じてたけど、心細くはあったと思うの」

「……そうか、そうだよな」

「ウチが言うのもなんだけど、明日からしばらくうんと甘やかしてやってよ。それくらいのご褒美はあっていいんじゃない?」


 確かに、俺はここまで考えが及んでいなかった。

 こいつらは俺が戻ると信じてくれていたけれど、もし俺が待つ側だったなら、少しは不安を覚えていたに違いない。

 玲が戻ってこないなんて、考えたくもないしな。


「そうだな、お前らにも、ちゃんとお礼を考えておかなきゃ」

「――――言ったわね?」

「え?」


 顔を伏せていたカノンが、笑い声を漏らす。

 なんだか、超絶嫌な予感がする。

 

「りんたろー! あたしとデートしなさい!」

「……はぁ?」


 突拍子のない命令を受け、俺は疑問符を浮かべる。

 するとこの様子を静観していたミアが、小さくため息をついた。


「……実はボクら三人の間で一つの勝負があってね。自分の企画でミーチューブを撮って、一番再生数を伸ばした人が勝ちってゲームだったんだ。まあ、それでカノンが勝ったわけなんだけど」

「その景品が、丸一日あんたを独占する権利だったのよ」


 ……何をしてるんだ、こいつらは。

 別にもう断る理由もないが、そういうのはまず俺の了承を得た方がいいと思う。

 まあ、こいつらの了承を得ないままツインズに発破をかけた俺が言っていいセリフじゃないけど。


「お礼、してくれるんでしょ?」

「……分かったよ。一日お前に尽くせばいいんだろ?」

「よーし! 言質取ったから!」


 そう言って、カノンは悪戯っぽく笑う。


「うーん、どこに行こうかしら? りんたろーには荷物持ちしてもらうとしてー、やっぱり表参道? ちょっと大人っぽすぎ⁉」

「……カノン、凛太郎君を変なところに連れてかないでね。いかがわしい場所とか」

「あたしのことなんだと思ってるのよ! この色ボケ!」


 相変わらずぴーぴーと鳴くカノンと、すまし顔のミア。

 それと、これだけ騒いでいても一切起きる様子のないマイペースな玲。

 この光景を見ていると、心がとても落ち着く。


(……ずっと、ここにいてぇな)


 しかし、来たるべき日は迫っている。

 時間が止まることはない。

 できる限り、後悔のない日々を送りたい……心の底からそう思う。


「ん?」


 ぴこんという音が鳴り、俺の意識は音のした方に引き寄せられる。

 どうやらダイニングテーブルの方に置いてあった俺のスマホに、メッセージが届いたようだ。

 差出人は、孤塚白那と書いてある。


『ウチの背中を押してくれておおきに。今後はミルスタを超えるアイドルを目指して、クロと一緒に精進してみることにしました。よかったら応援してな。――――追伸、またウチに遊びに来てな? 歓迎するで』

「ははっ、家事やってほしいだけだろ」


 すっかり毒がなくなったシロナのメッセージを見て、俺は噴き出すように笑った。

 人間なんて、深く突き詰めていけば、皆空っぽなのかもしれない。

 夢や目標なんて、本当は意味ないのかもしれない。

 しかし、たとえそうだったとしても、確信を持って言えることがある。


 俺もこいつも、今の方がずっとマシ。


 今日よりも明日、明日よりも明後日。

 少しずつでも、一日一日、自分をマシにしていけばいい。

 いつかきっと、自分を心の底から好きになれる日が来ると思うから――――。

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