46‐2
「……行っちゃったね」
凛太郎が出ていった扉を見ながら、ミアがぽつりとつぶやいた。
「戻ってくるんでしょうね……あいつ」
「ん、絶対に戻ってくる」
私はカノンにそう言葉を返す。
凛太郎はあの時、信じてくれるかって聞いてきた。
今更彼を疑うような気持ちは一切ないけれど、あの問いがあったから、私は安心できる。
「……なんかムカつく」
そんな風に言いながら、カノンが私のほっぺたをつねる。
「ひゃんで(なんで)?」
「あんたがりんたろーと通じ合ってます! みたいな雰囲気出すからでしょ! あたしだって別にあいつのこと疑ってたりはしないんだからね!」
ほっぺたをつねりながら、カノンは私を前後にゆする。
痛い、ほっぺがちぎれそう。
「こらこら、レイの顔に赤みが残ったら大変だよ?」
「ふんっ! 今日はこれくらいで勘弁してやるわ」
ミアの仲裁もあり、カノンの手がほっぺから離れる。
ちょっとひりひりする。
「……まあ、凛太郎君と通じ合っている雰囲気を醸し出されるのは、ボクとしても気持ちがいいものじゃないね。素直に嫉妬するよ」
「ん、別に醸し出してない。実際通じ合ってる」
「そっちの方が質悪くないかな?」
ミアが苦笑いを浮かべる。
しかしそう言われても、事実は事実だ。
春と比べて、凛太郎との距離がどんどん近づいているのを感じる。
気を許してくれているのを感じる。
信頼を感じる。
彼の中に、確かに私たちがいるのを感じる。
できれば私だけを見てほしいって気持ちがあることも事実だけれど、この二人のことも大事にしてくれていることが、素直に嬉しい。
私たちがいるこの場所を、自分の居場所として見てくれていることが、本当に嬉しい。
「……負けないよ、レイ」
「こっちのセリフ」
ミアの目はどこまでも本気で、心の底から凛太郎のことが好きなことが分かる。
だからこそ、負けたくない。
少しずつ見えてきた、凛太郎の心から伸びた一筋の光。
それが彼の隣という世界一立ちたい場所に繋がっているかどうかは、まだ分からないけれど。
今の私は、ただ全力でそこを目指すだけだ。
「――――ねぇ、じゃあ三人で一つ勝負しない?」
私とミアが睨み合っていると、突然カノンがそんな提案をしてきた。
「勝負って、内容はなんだい?」
「三人でそれぞれミーチューブの企画を提案して、一つずつ撮影するの。それで全部投稿して、一番再生数取れた人が勝ち。もちろん企画の準備とか、投稿するタイミングも企画提案者がやるわ。そして参加する側は、手を抜かず全力でやること」
「へぇ……面白そうだね。じゃあ勝った時の報酬は?」
「りんたろーと一日デート券、ってのはどう?」
思わず前のめりになる。
その報酬は、さすがに聞き捨てならない。
「まあ、とは言ってもあいつが了承するかどうか次第だけどね。でもどうせ今後もミーチューブへの動画投稿は続けたいし、ちょっとくらいモチベが上がる要素を入れたってよくない?」
「……私は、賛成」
私もミーチューブ投稿は続けた方がいいと思うし、凛太郎にも強制しないのであれば、お願いくらいしたっていいと思う。
何より私が凛太郎とデートがしたい。
「二人がやるっていうなら、ボクもやらざるを得ないね。凛太郎君を想ってる者同士、正々堂々勝負しようじゃないか」
「全員参戦ってわけね」
そう言って、カノンがにやりと笑う。
――――たまに、こうしていると小さな悲しみを覚える時がある。
私も、ミアも、カノンも、凛太郎のことが好き。
想いの強さで負けている気はしないけれど、見ている方向は二人も同じだ。
でも、この中で凛太郎の隣に行けるのはただ一人。
あとの二人は、この想いを抱えたまま、勝負から降りなければならない。
私たちは、そのわだかまりを抱えたままでも、ミルフィーユスターズでいられるのだろうか。
(……いや、違う)
自分の中に浮かんだ疑問を、自分で突っぱねる。
私は凛太郎が好き。
でもそれとは別で、ミアのことも、カノンのことも好き。
凛太郎に選んでもらえなかったら、きっとすごく苦しい。
もちろん私たち以外の人を選ぶ可能性だってあるけれど、それでも、苦しさは変わらない。
……だけど、たとえどうなったとしても、私が二人のことを家族のように大事に想う気持ちは変わらないと思う。
二人との関係が変わってしまうことを恐れて、手を抜く方が失礼だ。
この二人にも、そして、凛太郎にも。
「……二人とも」
「「……?」」
「悔いが残らないようにしよう。お互いに」
私がそう言うと、二人は笑った。
「うん、そうだね」
「当り前じゃない。逆に手を抜いたら絶対に許さないんだから」
来たる、武道館ライブ。
日程は、一月三十一日。
それはきっと私たちのすべてが変わる日。
当日に向けて着々と準備が進んでいく中、私の中にある緊張は、少しずつ大きくなりつつあった。
◇◆◇
「ここがウチらの家やで」
「……意外と普通だな」
俺が案内された場所は、電車にて数駅ほど離れたところのマンションだった。
稼いでいるものだから、てっきり高級タワマンにでも住んでいるのかと思ったが――――。
「住むところにあんまり興味なくてなぁ……ここはミーチューブ撮影の許可ももらってるから、なんとなく長居してるだけや。りんたろーくんがもっと広い家がええなら、引っ越すのも全然構わへんよ?」
「別に広さにそこまで興味はねぇよ……ってか、一緒に住むのは譲れねぇのか?」
「あたりまえやん! ウチらはあんたのために働く、あんたはウチらの世話をする、これを成り立たせるためには、やっぱり一緒に住まな」
「……」
一緒に住む、か。
それならさっきから俺を睨んできているクロメをどうにかしてほしいもんだが。
「せや、多分ちゃんと紹介してなかった。クロの本名は、小狼黒芽っちゅーんや。ぜひ仲良くしたってな」
「ああ、じゃあ一応……知ってるかもしれないが、俺は志藤――――」
改めて自己紹介をしようとした俺に対し、突然クロメが顔を近づけてきた。
思わず一歩引いてしまうが、彼女はおかまいなしに近づいてくる。
そしてそのまま、俺の体に顔を寄せて鼻を鳴らし始めた。
「こ……これは?」
「あー言い忘れとった。クロは相手の匂いを嗅いで、なりを判断すんねん。犬みたいで可愛いやろ」
可愛いどころか、まるでボディチェックでも受けているかのような緊張感に恐ろしさすら覚えるのだが。
しばらくして満足したのか、クロメは俺から何事もなかったかのように離れる。
「大丈夫。……むしろいい匂いがした」
「へー、珍し。いつも普通か嫌いかの二択しかないのに。よかったなぁ、りんたろーさん。あんたクロに気に入られたで?」
よく分からない判断基準だが、嫌われるよりはマシなのだろう。
とりあえず第一関門クリアといったところか。
「ほな、中入ろか」
シロナに連れられるまま、俺はマンションのエントランスから建物の中へと入る。
エレベーターに乗り、たどり着いたのは最上階。
その一番奥の部屋の前で、シロナとクロメの足は止まった。
「ここやで。ようこそ、ウチらの巣へ。きっとりんたろーさんも気に入るで」
そんな皮肉と共に、俺はその巣とやらへと足を踏み入れた。




