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46‐1 志藤凛太郎の怒り

「――――ウチらを自分らのホームに招き入れるなんて、ええ度胸ですな」


 ソファーに腰掛けるシロナは、ニコニコとした表情を浮かべながらそう言った。

 彼女の隣には、相方であるクロメも座っている。

 余裕ありげなシロナとは違い、クロメの方はまったく警戒心を隠さぬまま、周りにいる俺たちを順次睨みつけていた。


「……まずは忙しい中ここまで来てくれてありがとう。おかげでこうして話し合うことができるよ」

「忙しいのはお互い様やろ? でもまあ、まさかりんたろーさんの家に天下のミルスタが全員住んでいるとは思わへんかったけど」


 シロナが薄目を俺に向ける。

 何を隠そう、俺たちがツインズとの対話の場所に選んだのは、事務所でもスタジオでもなく、俺の実家だった。

 これには二つほど理由がある。

 まず俺が話し合いの場に出席していても違和感がないこと。

 元々俺は部外者なわけで、事務所や事務所が関わる正式な場にいてはいけない人間だ。

 俺がかかわるためには、事務所の関与がなく、他者の目につかないことが必須条件。

 この家はその条件を満たすため、俺の方から提案させてもらった。

 そしてもう一つの理由は、あえて弱点をさらすことで、こちらが敵対の意思を持っていないことを示すため。

 俺との繋がりは、ミルスタにとって諸刃の剣。

 バレれば即スキャンダルといった、爆発物に近い存在だ。

 自分で言っていて悲しくなるが、それが現実なのだから仕方がない。

 しかしこうすることで、シロナたちも俺たちが生半可な気持ちでこの場を設けたわけではないことに気づくはず。

 ここで彼女が現状を他者に言いふらすようなことがあれば、もちろんミルスタは終わり。

 ただ、カノンやミア曰く、そうなる可能性はかなり低いらしい。


『ボクらも一応信用商売だからね。同業者を売るような人間は、業界から危険人物扱いされちゃうんだよ』

『知られたくない秘密なんて、誰にだって一つや二つあるでしょ? 犯罪まで手を出してるようなら話は別だけど、それをホイホイ拡散するような奴とは誰だって関わりたくないわ』


 二人の言葉に、俺は納得した。

 現にシロナは軽口を叩いているものの、この状況をカメラなどに納めようとしていない。

 こちら側の誠意は、十分伝わっているようだ。


「……それで、ウチらになんのお話があるって?」

「単刀直入に言うわ。今回の人気投票、取りやめてほしいの」

「へぇ、ずいぶん急な話でんなぁ」

「元はと言えばそっちが急に持ち掛けてきた話でしょ? ……って、そうじゃなくて」


 カノンは喧嘩腰になりそうな自分を律するべく、深く呼吸した。


「このまま企画が始まれば、あたしたちの間で優劣がついてしまう。そうなれば、お互いを応援してくれているファンが悲しむことになるわ。立場やイメージにだって傷がつく……勝っても大きなメリットはないし、ここらでお互い退いておいた方が賢いと思わない?」

「……ファン、ねぇ」

「……?」


 シロナはファンを大事に想っていない。

 一瞬嘲笑したように見えたのは、それ故だろう。

 自分が負けてファンが悲しんだところで、どうでもいいのだ。

 

「せやなぁ……確かにこんな無理やりな企画は誰も喜ばんかもしれんなぁ」


 うんうんと頷き、分かったような顔をするシロナ。

 悪いが、ただのパフォーマンスにしか見えない。


「……うん、分かりました。ほな今回の企画は取りやめにしましょ」

「え⁉」

「にゃはは! 何を驚いてはるの? りんたろーさん。ウチはミルスタの皆さんからの温かい忠告を受け入れて、それに従っただけですやん」


 シロナは俺をからかうようにしてケラケラと笑っている。

 正直、この提案が受け入れられるとは思っていなかった。

 シロナの性格、そして目的を考えれば、企画を取りやめる意味がないことくらい分かる。

 それがどうして――――。


「ウチらとしてもだいぶ勢いでぶつけた企画やさかい、勝負以前にまともな企画になるかどうかも怪しかったんよ。……ただなぁ、断るなら断るでもっと早いタイミングで連絡もらわんと困ってまうというか」

「……こちらとしても考えが変わったのは最近でね。企画のキャンセルで損害が生まれてしまったのなら、こちらから事務所を通じて補填させてもらおうと思ってるよ」

「あー、その辺は大丈夫ですわ。でもその代わりと言っちゃなんやけど……」


 シロナの視線が、俺を捉える。


「りんたろーさん、やっぱりウチらにくれへん?」


 その時、空気が凍りついた気がした。

 前にシロナたちがスタジオまで来た時も、近い雰囲気になったのを覚えている。

 

「……前に言った。凛太郎は渡さないって」

「ええ、覚えてますわ。ただなぁ、ウチらも『やりたくありません』、『はいそうですか』って簡単には受け入れられんのよ」


 笑みを崩さないシロナだったが、その目の奥はまったく笑っていない。

 むしろ漆黒と言ってもいいくらい、真っ暗な影が落ちていた。


「なっ……元はと言えばそっちが勝手に――――」

「ミルスタの皆さんが言いたいことはもっともですわ。確かに最初はウチらが勝手に吹っ掛けた勝負……せやかて了承したのもそちらさんとちゃいます? まさか事務所が勝手に受けた企画だから、自分たちには関係ないなんて言わへんよね?」

「……っ」


 これは痛いところを突かれた。

 確かに、ミルスタは勢いに押されて了承したものの、あの場で強く拒否しておけば断れた話ではある。

 事務所のメンツや己の感情を天秤にかけた結果、勝負を受けることを自らで選んだのだ。

 この話は、誰が悪いというものではなく、全員が全員汚点を抱えてしまっている一件。

 ここでシロナに噛みつくのは、あまりにも分が悪い。

 カノンもそれを分かっているため、言葉を止めたのだ。


「ひとまず今回の件を白紙にするのは構わんよ。損害についてもとやかく言わへん。それがこちら側の誠意や。ほなそちら側は? 何か誠意を見せてくれんと、下手したら今回の企画について駄々をこねてしまうかもしれんよ?」

「その君たちが求める誠意っていうのが、凛太郎君を差し出すってことなのかい?」

「そう受け取ってもろてかまへんよ」

「……凛太郎君をなんだと思っているのかな? 彼は道具でもなんでもないんだよ。差し出すだのなんだのって、そんなことはボクらの意思で決めていいことじゃない」


 ミアの声に強い怒気を感じる。

 普段から感情を掴ませないようにしている彼女にしては、珍しい対応だ。

 まあ、本来ここで怒りを見せないといけないのは俺なんだろうけど。

 ただ……ただなぁ。

 俺はシロナたちに対して、ちっとも怒りを覚えていなかった。


「せやなぁ、じゃありんたろーさんに決めてもらう? どっちのグループと一緒に過ごしたいか」

「……何よ、それ」

「りんたろーさんの意思に任せようって話や。ウチらか、あんたらか……簡単な話やろ?」


 全員の視線が俺に集まる。

 ずいぶんとおかしな話になってきたな。


「さあ、りんたろーさん。答えてもらうで?」

「……」


 と、言われたところで、俺の答えはもう決まっている。

 そしてそれが分からないシロナではない。

 結局こいつは、すでにミルスタを利用した次の企画の前準備に入っているのだ。

 片や奴隷、片や知名度。

 ここで俺が自分たちを選んでも、ミルスタを選んでも、どっちを取っても得をする。

 とんだ茶番ってわけだ。

 どこまで行っても強かで、ずる賢い。

 俺はそう人間があまり好きではない。

 まるで、自分を見ているみたいだから。


「りんたろーさん、あんたはどう足掻いてもこっち側やろ? 自分が一番よく分かってるんとちゃいます?」

「……ああ、そうかもな」


 ミルスタの面々が息を吞んだのを感じた。

 確かに俺は、シロナに対して強いシンパシーを覚えている。

 俺にとって、ミルフィーユスターズの三人はどこまでいっても眩しく映る存在だ。

 自分はここにいるべきじゃないと思ったことだって、一度や二度の話じゃない。

 逆にシロナたちのような薄暗い目を持つ連中となら、すべてをさらけ出して共に歩めるかもしれない――――。


「……分かったよ、シロナ。お前らと行く」


 ミアとカノンの目が、驚愕に染まる。

 しかし、玲は……。


「にゃはは! そうゆーてくれると思っとったわぁ! さっそく引っ越しの手配もせなあかんな!」

「その前に、一回お前らの家に連れてってくれ。どうせあんたらのことだし、飯なんて自分たちじゃ作んねぇだろ」

「よー分かっとるやん。さすがは〝同類〟さんやね。りんたろーさんの手料理、楽しみだわぁ」


 そう言いながら、シロナはクロメと共にリビングから離れようとする。

 それについて立ち上がった俺は、リビングを離れる前に、玲の方へそっと耳打ちをした。


「……やりたいことがある。信じてくれるか?」

「ん、もちろん」


 思わず緩みそうになる頬を、無理やり押さえつける。

 俺とツインズの二人は、同じ孤独を知る者だ。

 だが、悪いが俺はもう大事な居場所を手に入れた。

 孤独なんて感じる暇がないくらい、心の中にこいつらがいる。

 

「――――じゃあ、行ってくる」


 最後にそう言い残し、俺は三人を置いて、自分の家を後にした。

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