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45‐3

「ん、これならいくらでも食べられそう」


 試食用のパンケーキをぺろりと食べ切った玲は、俺に期待のまなざしを向けてきた。

 忙しくなるのはここから。

 俺は玲の腹が満たされるまで、ひたすらパンケーキを焼かなければならない。


「凛太郎君、一応聞いておくけど、推定で何枚くらい焼けそう?」

「そうだな……今の段階で七枚から八枚枚は焼けると思う」


 買い足した材料はこれだけじゃないし、生地もクリームもまだ増やすことができる。

 ただ八枚のパンケーキなんて、そうそう食べ切れるものじゃない。

 生地が残った時は、ミアとカノンにも食べてもらおう。

 あまり保存できる物でもないし、今日中になくなってくれればいいが――――。



(なーんちゃってね……っ!)


 俺はフライパンを二個使い、パンケーキを二枚同時に焼き上げた。

 玲の大食い企画が始まってから、およそ十分くらいが経過した現在。

 最初に作った生地は、まさに今焼いている物ですべて使い切るところまできてしまった。


(普段の食生活から嫌な予感はしてたが……! まさか食うことに全振りした玲がここまでとはな……!)


 フライパンを振って、パンケーキを二枚同時にひっくり返す。

 ここに来てフライパン技術がさらに進化するとは、自分でも想像していなかったな。

 そしてその間に、新たな生地を作る。

 ホイップクリームは最初に大量に作ったから、まだ大丈夫。

 今は生地さえできればなんとかなる――――はず!


「ねぇ! 次行ける⁉」

「っ!」


 キッチンに顔を出したカノンに対し、俺は一つ頷いて見せた。

 撮影の都合上、俺が声を出すわけにはいかない。

 気合を入れるために叫びたいところだったが、それはグッと我慢した。


(よし……!)


 慌てている中でも綺麗に焼きあがったパンケーキを、皿に盛りつける。

 それと同時に新たな生地をフライパンに投入。

 ひっくり返すまでの時間でホイップクリームをパンケーキの上に乗せ、仲介役のカノンに渡した。


「ナイス……! 持ってくわね!」


 カノンが持っていったのを見届ける間もなく、俺はコンロの前へ戻った。

 一体この作業はどこまで続くのだろう?

 企画自体には制限時間が設けられているため、その時がくれば間違いなく終われる。

 問題なのは、その制限時間が一時間もあること。

 俺は果たして時間いっぱい動き続けることになるのか、それとも――――。


「……」


 焼き上がりを待つ間に、ちらりとリビングの方を見た。

 そこにいたのは、四等分にしたパンケーキを一口で頬張っていく玲の姿。

 その顔は、どこまでも幸せそうである。


(……焼こう)


 希望的観測をやめた俺は、ただ無心になってパンケーキを焼くことにした。

 明日は筋肉痛だな、こりゃ。



「――――さすがにお腹いっぱい」


 玲がそう言ってフォークとナイフを置いたのは、制限時間ギリギリのことだった。

 その言葉を聞いた俺は、キッチンで思わず崩れ落ちる。

 残すところ五分もないタイミングまで、玲はひたすらパンケーキを食べ続けた。

 もはや途中で数えることもできなくなってしまったが、あれからもう一度生地を作り直したことも考えて、二十枚くらい食べているのではなかろうか。

 一枚一枚決して小さいわけじゃないのに……。


「だ、大丈夫? 凛太郎君。今撮影止めてきたから、もう喋っても大丈夫だよ」

「そ……そうか」

「……本当にお疲れ様、君のおかげでいい動画が撮れたよ」


 疲労でぐったりしている俺に、ミアが肩を貸してくれる。

 ありがたく体重を預けながら、俺はリビングへと移動した。


「あらま……お疲れ、りんたろー」

「これくらいどうってことねぇよ……」


 俺は平気なアピールをしながら、ソファーに深く腰掛ける。

 ちなみに全然平気じゃない。

 ホイップクリームはハンドミキサーで作ることができるが、生地に関しては全部手動だ。

 重たい生地を何度も混ぜたことで、右腕も左腕もパンパン。

 持ち上げることすら億劫なレベルである。


「ありがとう、凛太郎。最後まで美味しく食べられた」

「そりゃよかった……逆に食べ切ってくれてありがとな」

「ん……凛太郎の料理は美味しい。だから当然」


 そう言ってもらえると、俺も疲労困憊になった甲斐がある。

 

「記録は……えっと、二十二枚だね。ボクもキャパには自信があったけど、これはさすがに届きそうにないかな」

「あたしは絶対に無理。精々十四枚くらいよ」

「ボクもそれくらいに落ち着きそうかな」


 十分多いよ、馬鹿――――とツッコミたいところだが、もうそんな元気はない。


「〆も撮ったし、早速編集係に渡しちゃおう。カノン、今日の動画はもうアップしてくれた?」

「もちっ! 撮影前にアップ済みよ」


 テレビのアプリ機能で、ミーチューブを開く。

 すると急上昇ランキングの一位に、今日アップしたミルスタの練習風景動画が堂々と乗っていた。

 さすがの注目度。

 この勢いなら、数日以内に二百万登録者を超えるのではなかろうか。


「SNSでも盛り上がってくれてるし、今日はこの動画にして正解だったわね」

「うん、考えが当たってよかったよ」


 更新をかけるたびに、再生数はガンガン増えていく。

 ミルフィーユスターズは、ミーチューブ上でもすでに化物コンテンツになりかけていた。

 しかし、〝あいつら〟だって同じ化物。

 決して一筋縄ではいかない。


「……二位にいるね、ツインズ」


 玲の一言で、画面に注目が集まる。

 チョコレート・ツインズの最新動画が、ミルスタに次いで急上昇ランキングの二位にいた。

 内容は、〝ツインズってバレたら即終了! 二人でテーマパーク満喫してみた!〟というもの。

 相変わらず面白そうな企画を持ってくる。

 ミルスタの爆発力にはさすがに届いていないものの、このレベルを平均としてぶつけてくるのだから、まだまだ安心なんかできやしない。


「純粋にすごいよね、彼女たち。アイドル活動もしながら、こうして毎日ミーチューブにも動画を上げてるんだから」

「ん……私もやってみて分かった。この生活、すごく難しい」

 

 ツインズの動画を流しながら、ミアと玲が言う。

 俺もあの二人のことは素直にすごいと思っている。

 ミーチューブの撮影は、決して楽ではない。

 失敗すれば撮り直しもするし、最初から最後まで上手くいかず、没になることだってある。

 それでもクオリティを維持しながら、毎日投稿を続けているわけで。

 こいつらと共に撮影の裏側を知ったからこそ、奴らのすごさを再認識する羽目になった。


「もうすぐ投票期間に入るわ。その前に両方の事務所から投票企画って形で告知が出ると思うけど……」


 チャンネルの運営は順調だというのに、カノンの顔に笑みはない。

 一番現実主義だからこそ、ツインズの脅威をしっかり認識しているのだろう。

 当然俺は、これでもミルスタの勝利を信じている。

 しかし、一つ思うのだ。

 

「――――やっぱり、私たちが争う意味ってないと思う」


 動画も終わり、静かになったリビングに、玲のそんな言葉が響いた。

 俺は驚く。

 その言葉は、ちょうど俺も思い浮かべていたものだったから。


「勝っても、負けても、いいことなんて一つもない。ファンの皆も、きっと喜ばない。きっと……全員が嫌な気持ちになる」

「……そうだね、間違いなくレイの言う通りだ」


 玲の意見に、ミアが賛同を示した。


「今日に至るまで、ボクらも努力したし、あの子たちだって努力した。その努力を無駄な争いに使うようじゃ、お互い何も手元に残らない結果になってしまう気がするよ」

「……あたしだって、言われたらそれくらい分かるわ。でもどうすんのよ? もう企画自体は進んじゃってるのよ?」


 カノンの言う通り、問題なのは互いの事務所が了承していること。

 この勝負企画の準備段階で、金だってかかってるはず。

 加えて一方的にキャンセルしたりすれば、向こうがどんな手段に出るか分かったもんじゃない。

 なんせわざわざ事務所まで出向いてくるような連中だ。

 それとシロナのあの性格を考えれば、炎上なんて何も恐れていないはず。

 ミルスタが逃げたなんて話を、平気で拡散されかねない。


「……なら、もう一度ツインズと話してみるっていうのはどうかな?」


 顎に手を当てて考えていたミアが、そんな提案をこぼす。


「ちゃんと話し合って、この企画を双方からキャンセルするんだよ。そうすれば、全部穏便に済むはずさ」

「……あの様子の二人が、そんな話に乗ってくれるかしら?」

「このまま行ったら共倒れの可能性が高いんだよ? 受け入れられなかったら、その時はその時で考えようよ」

「……」


 カノンはミアの意見を受けて、しばらく考え込む。

 そして盛大なため息をこぼした後、口を開いた。


「はぁ……どう考えてもそうするしかなさそうね。玲、りんたろー、あんたらもいい?」

「ん、私も賛成」

「俺も異論はねぇ」


 企画が始まってしまうまで、もうほとんど日にちがない。

 その間に、なんとかツインズを説得する。

 シロナのことを想えば、難易度はかなり高いだろう。

 しかし共倒れを防ぐには、もうこれしか手段がないことも事実だった。

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