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44‐4

 それから俺は、またもやシロナに連れられる形で老舗の喫茶店に入った。

 静かな空気が流れるその喫茶店で、シロナは注文したショートケーキを口に運ぶ。


「ん~! おいひぃ! ここのショートケーキも有名なんよ」


 シロナの顔は、どこまでも幸せそうだ。

 俺にはそれが信じられない。


「あんた……下手したら致死量だぞ、今日摂取した糖分」

「にゃはは、ウチを舐めたらアカンよ? デザートなんて無限なんやから」


 そう言いながら、シロナはもう一口ケーキを頬張る。

 あのバケツクレープを、こいつはペロリと完食した。

 瞬きをするたびに消えていく山盛りのクリーム……。

 あれは志藤凛太郎の十七年の人生で、もっとも信じられない光景と言っても過言ではなかった。


「ま、さすがにしばらくは甘いもんは食わんかもなぁ。体型維持のためのトレーニングがきつくなってまうから」

「ぜひそうしてくれ。見ていると心配になる」

「あれま、敵のことも心配してくれはるん? お優しい人やなぁ、りんたろーさん。惚れなおしちゃう」

「うるせぇよ……」


 俺は盛大にため息をつく。

 せっかく回復したはずの体が、妙に重い。

 体調が悪いわけではない。純粋にめちゃくちゃ疲れたのだ。


「……ここならいいだろ」

「んー?」

「さっきのあんたについての話、もう少し聞かせろよ」


 これ以上引っ張るのは、精神的にキツイ。

 この静かな喫茶店であれば、少し重たい話をするにもちょうどいいだろう。


「そんなにウチの話が気になるん? もしかしてウチに惚れたりとか――――」

「してねぇよ」

「あんっ、ほんとにいけずやわぁ」


 体をくねくねと揺らすシロナに、俺は冷たい目を向けた。

 

「……もうっ、冗談も通じんか?」

「そういう空気の話じゃないってだけだ」

「ふー……せやね、りんたろーさんの言う通りや」


 シロナの雰囲気が、突然落ち着いたものへと変わる。

 人が変わった……とまではいかないが、この底知れなさが俺に警戒させる要因になっていた。

 ただ、さすがにこの雰囲気は、取り繕ったものではないように思える。


「ちょっと重い話になるけど、聞ける?」

「そういうのは慣れてる」

「にゃは、じゃあ遠慮はいらんね」


 ケーキ用のフォークを置いたシロナは、ゆっくりと口を開いた。


「ウチと、ついでにクロメもなんやけど……二人ともいわゆる施設出身でな、親の顔もほとんど覚えてないんよ」

「……」


 施設――――親を失ったり、捨てられたり、つまりは行き場のない子供が育つ場所。

 もちろんそういう場所があることは知っているが、実際にそこにいた人に会うのは初めてだ。


「関西の田舎の、ちーっこい施設でなぁ……食べるもんとか、おもちゃとか、全部質素やったけど、温かい場所やった」

「……」

「あ、先に言っておくけど、同情してほしいから話してるんとちゃうで? りんたろーさんだから話しとるのよ」

「分かってる」

「……ならええわ」


 シロナは安心したように微笑む。

 たとえ話の内容が重く苦しいものでも、俺はそれを玲たちには話さない。

 特に玲は、この生い立ちを聞いて同情してしまうだろう。

 その感情は、ツインズの二人からしても、勝負を楽しむファンたちからしても、不必要なものだ。


「念を押すようやけど、本当に温かい場所やったのよ。……せやかて、親に捨てられたっていう途方もない絶望は、中々埋まらんもんでな」


 口は挟まないが、そりゃそうだろうと思った。

 自分がそうだったから分かる。

 どれだけ苦しくても、どん底でも、手を差し伸べてくれる人はいる。

 俺がもっとも沈んでいる時に助けてくれたのは、バイトとして雇ってくれている優月先生や、雪緒だった。

 そして今は、玲たちがいる。

 

 ――――それでも。


 みんなが埋めてくれた穴は、どこか別の穴だ。

 母親によって開けられた穴は、一生埋まらない。

 俺はその穴を抱えたまま、この先も生きていくのだ。


「そこでウチは考えたんよ。ウチが世の中でうんと有名になったら、両親も見つけてくれるんやないかって」

「……!」

「名案やろ? それがウチとクロメがアイドルを目指したきっかけ」

「まさか、ミルスタに勝負を吹っかけてきた理由は……」

「気づいてしまったようやね。そう、それが一番目立つと考えたからや」


 何故ツインズがわざわざ喧嘩を売ってきたのか、この場で聞いてやろうかと思っていたくらい、そのことがずっと疑問だった。

 こいつらは、面と向かって『喧嘩の理由に興味はない』と言っていた。

 この勝負、負けて失うものはあれど、勝って得るものはほとんどない。

 勝負自体やるだけ無駄なのだ。

 それでもツインズは、外堀まで誘導して勝負の場を作り上げた。

 そのすべてが目立つための行いだったとしたら、すんなりと納得がいく。


「ミルスタの知名度も利用して、ウチとクロメは誰も無視できないくらい世間を騒がせる……! そうすれば出てくるかもしれんやろ? ウチらを捨てた親っちゅーアホどもが!」

「……親を見つけたら、復讐でもするつもりか?」

「そこまで恐ろしいことは考えとらんよ。でも、罵るくらいのことはしてまうやろな」


 そう言って、シロナはケラケラ笑った。

 俺にはどうしても、その姿が無理しているようにしか見えない。


「りんたろーさんなら分かってくれはるとちゃいますか? あんたもぎょうさん嫌な思いをしてきた目をしとる」

「あんたと比べりゃ大したことねぇよ。単に母親が俺を置いてどっか行っちまったってだけだ」

「十分キツイっちゅーねん」


 シロナのビシッとしたツッコミが決まる。

 なるほど、上手く決まると案外気持ちがいいもんだ。


「お互い孤独を味わったって話については同意する。最近まで親父とも仲違いしてたし」

「最近までっちゅーことは、今はわだかまりも解けたん?」

「そうは言いきれねぇ。俺をほったらかしにしたのは事実だし、簡単に許していい話でもねぇし……けど、もう親父を憎いとは思わねぇ」


 過去の清算なんて、どうせやり切れやしない。

 だから俺と親父は、まったく新しい別の関係性を築いた。

 過去から目を逸らし、未来だけを見る。

 それが、どこまでも不器用な親父と俺の、前に進むための手段だった。


「……なるほど、りんたろーさんはもう前を向いてはるんやね」

「お節介は承知で言うが、あんたも折り合いつけて前を向くわけにはいかねぇのか? 今のあんたには、ついてきてくれる仲間も、ファンもいるだろ」

「アイドルとか、ファンとか、ウチにとっては実際どうでもええ(・・・・・・)。好きに推して、好きに嫌えばええ。ウチらの名前を少しでも広めてくれればね」

「……どうでもいい、か」


 俺は、シロナの背後に巣食う大きな闇を見た。

 しかし、今の発言は違う(・・)

 これを本心だと思っているのなら、こいつはとんだ勘違い女だ。


「……話してくれてよかったよ。俺はもう帰る」

「あら? 夜まで付き合ってくれへんの?」

「もう夕方だし、十分付き合ったろ。それにこっちは聞きたいことが聞けて満足してんだ」


 俺が一番知りたかったのは、ツインズがミルスタに喧嘩を売った理由。

 それが分かった今、ここに用はない。


「あいつらは絶対に勝つ。それが分かったから、もういいんだ」

「……」

「じゃあな。甘い物の摂りすぎには気をつけろよ」


 俺はテーブルに自分の飲んだコーヒー代を置いて、席を立つ。

 

「……最後に教えたるよ、ミーチューブでバズる秘訣」


 出入口へと向かう途中、後ろでシロナがそんな風に言った。

 俺は一度足を止めて、振り返る。


「炎上を恐れないことや。多少のワルに目をつむってでも、とにかく注目されればええねん」

「……なんでやねんって言えばいいのか? 嘘ばっかつくなよ」

「っ!」


 きちんとツッコんでやると、シロナは少し驚いた顔をした。

 今の言葉が嘘であることくらいすぐ分かる。

 何故ならツインズ自体が炎上商法をやっていないから。


「にゃはは! やっぱりんたろーさんはおもろいなぁ。そんじゃ、ミルスタのみなさんにもよろしゅう」

「ああ、伝えとくよ」


 手を振るシロナを背に、俺は喫茶店をあとにした。

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