44‐1 敵情視察?
翌日の日曜日。
今日は休日であるはずなのに、芸能人にはあまり関係がないようで。
玲たちは雑誌の取材やらグラビア撮影やらで家を留守にしている。
あいつらには悪いが、好都合だった。
外出用の服に着替えた俺は、戸締りを確認してから家を出る。
向かうのは、シロナから提示された待ち合わせ場所だ。
電車に揺られることしばらく。
俺は待ち合わせ場所である渋谷駅に到着した。
(……人やばいな)
駅の周りで待ちながら、俺はそんな園児でも思いつきそうな感想を頭に浮かべていた。
普段から人通りが多い印象のある渋谷駅だが、日曜日ということもあり、人口密度もかなり増している。
新宿渋谷、池袋……そもそもそういった駅で降りることが少ない俺としては、正直この人混みは慣れない。
根本的に、とにかく歩きづらいところが苦手だ。
自分のペースで歩かせてもらえないと、ストレスが溜まる。
そういった面から、こんな風に呼び出されでもしないと自分からこの地を踏むことはほとんどない。
だから慣れないという悪循環なのだが――――まあ今はその話は置いといて。
「あちゃー、えらいお待たせしてすんまへんなあ」
ボケーっと人混みを眺めていた俺に、聞き覚えのある声がかかる。
振り向いてみれば、そこにはあのハロウィンライブの時と同じ格好をしたシロナらしき女が立っていた。
「えっと、一応確認するけど、シロナだよな?」
「いやですわぁ、そんな他人行儀な。せっかくこうしてデートするんやで? ここはシロとか、シロちゃんって呼んでや」
「……シロナで間違いないんだな」
「いけずやね、おにいちゃん」
いけずなんて、最近の高校生が使う言葉じゃないだろ。
――――なんてことを考えていると、シロナがスッと距離を詰めてくる。
そして俺の耳元に顔を寄せ、口を開いた。
「渋谷の若い子で、ウチらのこと知らん子はほとんどおらへんのよ。だからシロナって呼ばれると、身バレの可能性が高くてなぁ……後生やから愛称で呼んでくれへん?」
「……」
一瞬、わざと人に見つかることも考えた。
そうすればスキャンダルになり、ツインズに対してかなり手痛いダメージを与えられる。
俺の方は一般人だし、大したリスクは負わない。
実行に移すのは至極簡単だ。
だけど――――。
(……そんなことで勝っても、あいつらは喜ばねぇよな)
元々やるつもりはなかったが、俺は改めてその考えを否定する。
あいつらのことだ。正々堂々と戦った上で負けるより、不正を働いて勝つ方を嫌うのは分かっている。
俺は小さくため息をつき、シロナへと視線を向けた。
「シロ……これでいいか?」
「っ! 嬉しいわぁ、そう呼んでもらえて。じゃあウチもこれからはりんたろーさんって呼ばせてもらても?」
「……好きにしろよ」
「おおきにな、りんたろーさん♡」
そう言いながら、シロナが腕に絡みついてくる。
「お、おい⁉」
「まあまあ、ほな行きましょ」
「ちょっと待てよ……! そもそも今日何すんのかって話も聞いてねぇんだから!」
「あー、せやったせやった。そういえば何も伝えてへんかったね」
シロナはケラケラと笑った後、自分のスマホを見せてきた。
そこには美味そうなパンケーキの画像が映っている。
「りんたろーさん、カフェ巡りしましょ」
最初に連れていかれたのは、ビビットカラーの装飾が目に悪い、とにかく派手なカフェだった。
「ここのパンケーキが有名らしくてなぁ。ずっと食べたいって思ってたんよ」
「ふーん……?」
外に置かれた看板には、ホイップクリームがこれでもかと乗せられたパンケーキの写真が貼られている。
これを頼むとして、果たして食い切れるのだろうか。
まあ別に俺まで同じ物を食べる必要はないんだろうけど、そもそもこいつ自身が食い切れるのかどうかの方が心配である。
実際に見たことはないが、SNSに乗せる写真だけ撮って、料理を残す輩もいるらしいではないか。
こいつがそういう部類の人間だったら、その時は容赦なく叱ってやる。
「りんたろーさんは何食べる?」
「俺は……」
「すみませーん! スペシャルパンケーキ二つー!」
「おい、話聞けよ」
席に着いた途端、シロナは近くの店員に注文を告げてしまった。
こっちはまだメニューも見ていないっていうのに。
「ええやんええやん。ここに来てパンケーキも食べんで帰るなんて、ウチが許さへんもん」
「許すとか許さないって話じゃねぇだろ……」
「えー? だってりんたろーくん、絶対自分じゃパンケーキ頼まへんやろ?」
「……」
図星である。
「騙されたと思て、ここのパンケーキ食うてみ? きっと後悔せえへんから!」
「お前も来るの初めてだろうが」
「おー、ナイスツッコミや。もっと声を張り上げたら七十点はあげられたわ」
それでも七十点なのかよ。
って、そんな話はどうでもよくて。
「口調で決めつけて悪いが……あんた、関西の人なのか?」
「そうよ? 大阪生まれ、大阪育ち。東京には高校入学と同時に来て、今は二年目ってところやね」
「へぇ、こっちに受けたい高校でもあったのか?」
「いんや、別に?」
俺は素直に疑問を抱き、首を傾げた。
「ウチとクロメは中学の頃から動画投稿を始めたんやけど、すぐにバズってしもたんや。そんですぐに今の事務所から声がかかって、ちょうどその本社が東京にあるさかい、ついでにこっちの高校通おうってことになってん。まあウチもクロメもとびっきりの美少女やから? 声がかかるのも当然やな」
「……」
「……一応、ツッコミどころやで?」
「は? 別に間違ったこと言ってねぇだろ、あんた」
ツッコミどころなんてなかったはずだ。
こいつとあのクロメとかいう女が、ミルスタに負けず劣らずの美少女であることなんて百も承知。
こっちからすれば、否定する気すら起きない。
「……なるほどぉ、そういうところであの子たちを篭絡したんか。大した男前やなあ」
「なんの話をしてんだ?」
「自覚ないのも憎いわぁ……ま、切り替えていきましょ」
何やら動揺していたようだが、シロナはすぐに表情を先ほどまでのものに戻す。
「それじゃつまり、スカウトがあったから東京に来たってわけなんだな」
「そゆこと」
「……つーかもう一人の名前で思ったんだけど、わざわざ俺に声をかけなくても、あいつを一緒に連れてくればよかったんじゃねぇか? どうして俺に連絡なんて」
「りんたろーさんは鈍感やねぇ。簡単な話ですわ。ウチがりんたろーさんとデートしたかったから声をかけた。それだけのことやで」
「……」
普通なら、ここは喜ぶポイントなのだろう。
今をときめくチョコレート・ツインズの片割れから、デートに誘われた。
俺が彼女らのファンだったとしたら、きっと来世まで忘れない思い出になったはず。
ただ、贅沢な話、そういうのはもうあいつらとの生活でお腹一杯なのだ。
「……っと、どうやらパンケーキが来たみたいやで」
シロナが見ている方に視線を向ければ、向こうから俺たちの頼んだスペシャルパンケーキを運んでくる店員の姿が見えた。
お盆にパンケーキを乗せた店員は、俺たちのテーブルの側にたち、それぞれの目の前に皿を置く。
「こちらスペシャルパンケーキです。メープルシロップ、チョコレートソース、キャラメルソースがついておりますので、お好きなソースをかけてお楽しみください」
店員の言葉通り、広めの皿にはパンケーキの他に三つのソースがついていた。
これだけホイップクリームが乗っているというのに、まだ甘味を追加できるというのか。
甘党ではない俺は、見ているだけでも胸やけしてしまいそうである。
「ほな、写真撮ろか」
そう言いながら、シロナは再びスマホを取り出し、シャッターを切る。




