42‐3
「じゃあ、凛太郎君。君は先に入って着替えておいてくれたまえ。そのあとは全部ボクらに任せればいいから」
「……前は洗わせねぇぞ」
「ほら、入った入った!」
「無視すんなよ⁉」
ミアに押されるまま、俺は脱衣所に閉じ込められてしまう。
俺はため息をつきながら、部屋から持ってきた海パンへと着替えた。
これは柿原たちとプールに行くことになった際に買った物。
あれはあれで大変な一日だった。
まあ、最終的に二階堂と柿原がくっついてくれたおかげで、いい思い出となったわけだが。
そんな思い出も、今日で上書きされる予感がする。
(どうしてあいつらは裸の付き合いをしたがるのかねぇ……)
それこそ、玲とミアは何度か俺と一緒に風呂に入っている。
こう聞くとあまりにもパワーワードが過ぎるが、実際にやましいことが起きたわけじゃない。
多少接触事故はあったが――――うん、思い出さないようにしよう。
普段自覚はないが、もしかしたらミアの目線からは俺が疲れているように映ったのかもしれない。
風呂は体を清潔にしてくれるほか、確かに疲労回復効果も見込める。
毎日必ず湯船につかるミアにとって、その回復効果には確固たる信頼があるようだ。
そう考えれば、何度も風呂ネタを持ち出す理由にも納得がいく。
もちろん、からかいも含まれているのだろう。……八割くらい。
「準備できたかい?」
「ああ、着替えたよ」
俺がそう答えると、脱衣所の扉が開かれた。
「なっ……」
そして俺の目に飛び込んできたのは、体にバスタオルを巻いただけの三人のあられもない姿。
あまりにも煽情的が故に、俺は思わず目を逸らしそうになる。
「あ、大丈夫だよ。ちゃんと中に水着は着てるから」
そう言いながらミアがタオルをほどくと、そこには言葉の通り見覚えのある水着があった。
確か前に海で着ていたやつだ。
「当然かもしれないけど、夏が終わってから新しい水着を買っていなくてね。でもそれだと新鮮味がないだろう? だからこうしてタオルですべてを隠してしまえば、また違った興奮を届けられるんじゃないかって」
「興奮って言うな……!」
剥き出しの太ももに、膨らんだ胸元。
堂々とそれらを見せつけてくるミアに、興奮しないと言ったら嘘になる。
さらに彼女と同等の魅力を持つ少女が、ここに二人もいるのだ。
ここまでくると、やっぱりご褒美などではない。
「りんたろー! 隅々まで綺麗にしてあげるから、覚悟しなさい!」
「なんでお前は吹っ切ってんだよ……」
さっきの照れはどうした。
「よく考えてみたら、あんたに日頃の感謝を伝えるの上でこれ以上いいものはないのかなって。ほら、あの天下の美少女アイドルであるあたしが背中を洗ってあげるなんて、間違いなく最上級のお返しでしょ? 素直に喜んでいいのよ?」
「……そうだな」
自己肯定感の高さが仇になったか……。
ミアほどのメリハリはないが、しっかりと完成されたスタイルを持つカノン。
女性のスタイルに特別なこだわりを持たない俺からすれば、ミアのスタイルもカノンのスタイルも、素直に刺さってしまう。
「……凛太郎」
「な、なんだよ」
「これ、そそる?」
「ぶっ――――」
玲が突然前かがみになり、胸元を強調してくる。
くっきりと見える谷間と、タオルの端からちらりと見える水着。
こんなの、そそられないわけがない。
しかしながら、玲が自分からこういうことをしない人間ということを、俺はよく知っている。
多分そそるの意味も分かっていない。
こういうことを吹き込む人間は、この場において一人しかいなかった。
「ミア……毎度毎度言ってる気がするが、玲に変なこと吹き込むなって」
「あはは……これはさすがに破壊力がありすぎて、ボクも教えたことを後悔しているよ」
どこに後悔があったのかは分からないが、頼むから反省してくれ、本当に。
「……気を取り直して、早速洗っていこうか。準備はいいかな? 凛太郎君」
「はぁ……もう逆らわねぇよ。一思いにやってくれ」
「往生際がいいね。じゃあ行こう」
逃げたら逃げたで、きっと今日のことでからかわれ続ける羽目になる。
ここは浴室の隅でも眺めながら、時が過ぎるのを待とう。
この家の浴室は、豪邸ということもあってかなり広い。
一人で入ると少し寂しく思ってしまうほどであり、浴槽も高級ホテルと見紛うほど大きい。
幼い頃に住んでいた時はよく分かっていなかったが、ジャグジーが備え付けられていることにも驚いた。
築二十年近い建物でありながら、今でもすべての設備が不備なく動いている。
その時点で、建築時にどれだけいい物をつけたのか、容易に理解できた。
「シャワー出すよ」
ミアがシャワーの蛇口を捻る。
シャワーがお湯に変わるまでの間、浴室には沈黙が広がっていた。
少し間が空いて冷静になってしまい、全員恥ずかしさを感じているのだろう。
当然俺も照れに照れてしまい、誰とも目を合わせられずにいた。
「……シャワーかけるよ。熱かったら言ってね」
「あ、ああ」
背中にシャワーが当たる。
温度はちょうどよく、特に熱いとも思わなかった。
「ちょうどいいよ。気持ちいい」
「そ、そうか。よかったよ」
ミアの声が上ずっている。
どうして言い出しっぺのお前が照れてんだよと問いただしたいところだが、それによってますます自分も意識してしまうことになりそうで、やめた。
「確か凛太郎は頭から洗う派だった」
「よく覚えてるな……」
シャンプーへと手を伸ばした玲を見て、思わず呟く。
「じゃ、じゃあ! あたしはりんたろーの髪を濡らしてあげるわ! ミア、シャワー貸して」
「……まあいいか。ここは譲ってあげよう」
シャワーがカノンの手に移る。
そして背中に当たっていたお湯が、ゆっくりと頭の方へと移動した。
髪と髪の隙間を、お湯が流れていく。
そしてしっかりと頭皮まで濡れるように、カノンの手櫛が入った。
「どうかしら⁉︎ 髪が引っ張られて痛かったりしない⁉︎」
「ああ……気持ちいいよ」
「ほんと⁉︎」
「本当だって。こんなところで気なんて使わねぇよ」
「そ、そう! ならいいわ……」
実際、マジで気持ちがいい。
髪を梳いてもらっているだけなのに、どんどん心地よさが増していく。
自分で触っても大して気持ちよくないのに、人にしてもらっているだけでどうしてここまで感覚が違うのか。
「カノン、そろそろシャンプーする」
「ちぇ……仕方ないわね」
残念そうにカノンが引き下がり、代わりに玲が俺の後ろに立った。
ずっと気にしないようにしていたが、三人とも立ち位置がやけに近い気がする。
風呂の椅子に腰掛け、背中を向けているこの状況。
直接視界に入らず、三人の気配だけを感じているこの状況だからこそ、やたらと胸が高鳴る。
「凛太郎、いくよ」
「あ、ああ……」
シャンプーを乗せた玲の手が、俺の頭を洗っていく。
頭皮を揉み込むように洗われるたびに、心地のいい快感が駆け抜けた。
玲に頭を洗ってもらうのは初めてではないが、これに慣れるということはまずなさそうだ。
「気持ちいい?」
「あぁ……」
「っ……」
思考すらも溶けてきて、返事の声も漏れ出すようなものになってしまった。
それを少し恥ずかしく思ったのも束の間、次から次へと押し寄せてくる快楽が、新しく湧いたその思考すらも熔かしつくす。
「ねぇ……今の声、なんか色っぽくなかった?」
「うん……ちょっとドキっとしちゃった」
後ろでカノンとミアが何やら会話している気がしたが、今の俺には、その言葉を理解する余力すら残っていなかった。




