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玲が俺とシロナを無理やり引き剥がす。
その様子に少し驚いた顔をしたシロナだったが、すぐに今まで通りの笑みを浮かべた。
「……あれま、あんたが一番怒った顔をするとは。血も涙もないのかと思てましたわ」
「凛太郎は絶対に渡さない。だから諦めて」
「そう言われるとなおさら欲しくなってまうなぁ……ウチ、欲しいモノが他人のモノだった時の方が燃えんねん」
玲とシロナの間で火花が散る。
ここで玲が俺のことを大事に想ってくれているのは嬉しい限りだが、今は少々状況が悪い。
特に目の前にいるそいつは、おそらく本当に他人のモノを奪うことで快楽を得られるタイプ。
ここで言い返せば、奴はこれまで以上にヒートアップしてしまう。
「……りんたろーを奪おうって話なら、あたしもさすがに黙ってないわよ」
「同感だね。凛太郎君はボクらに必要な人だ。手を出そうっていうなら、全力で抵抗するよ」
俺は頭を抱えそうになる。
嬉しい言葉ばかりだが、ここでムキになってしまうのはよくない。
ここは白けさせるのがベスト。
ミルスタに喧嘩を売っても面白くないという風に認識させることが必要だ。
「ほんまに必要とされてんなぁ、おにいさん。そんなおにいさんを奪えたらと思うと、ゾクゾクしてまうわ」
恍惚とした表情を浮かべるシロナ。
正直俺はその顔を見てマジでビビったが、玲たちは臆することなく彼女の前に立ち塞がる。
「まあ、ええですわ。今日のところは挨拶に来ただけやし」
そう言いながら、シロナは肩を竦める。
「ミルスタの皆さん、ウチらのこと忘れんでな。あんたらは必ずウチらと争うことになる。たとえどれだけ嫌々ゆーてもな」
「……どういう意味かな」
「それはそん時のお楽しみや。ま、臆病もんのあんたらじゃ、その前にしっぽ巻いて逃げ出すんかもしれんけどなぁ」
ミアの眉間にしわが寄る。
この言い方、この先何かが起きることを分かっている様子だ。
こっちはそれが分からない。
故に、何も言い返せない。
「帰るで、クロ。もうこの事務所さんへの用は済んだ」
「うん」
クロメを連れてスタジオの出口へと歩き出したシロナは、その途中で振り返る。
「せやせや、忘れるところやったわ。おにいさん、連絡先交換しましょ」
「……そうだな、約束だったもんな」
再会したら連絡先を交換する。
あり得ないと思っていたが故の約束が、まさかこんな形で果たされることになろうとは……。
「覚えててくれて嬉しいわぁ。約束を守れる男は好きやで」
俺は仕方なくシロナと連絡先を交換する。
どうやらプライベートのアカウントで交換したようで、メッセージアプリに表示されている名前は、狐塚白那と表示されていた。
「がっつり本名かよ……」
「おにいさんとはプライベートでも付き合っていきたいと思とるさかい。本名を隠すなんて、一線引いてるみたいでおもろないわ。なあ、〝しどうりんたろう〟くん?」
にやにやしながら、シロナは俺のアカウント名を読み上げた。
俺はここで、妙な危機感を覚える。
まるで大きな弱みを握られてしまったかのような――――そんな感覚だった。
「ではでは、お時間いただきどうもおおきに。ほな、また」
その言葉を最後に、チョコレート・ツインズの二人はスタジオから出て行った。
残された俺たちの空気は、やや重い。
「凛太郎君、君はあの二人と面識があったのかい?」
ミアに問われ、俺は小さくため息をついた。
そりゃ聞かれることは分かっていたし、答えないわけにもいかない。
「まあ、な。お前らのハロウィンライブの時に、観客席でぶつかったんだよ。そこで変に目を付けられちまったみたいでな……」
「なるほどね。偵察にでも来てたのかな」
十中八九そうだろう。
こうして喧嘩を売ってきたということは、少なくともミルスタのことをライバルとは認識しているはずだし。
観客として会場にいたのも、宣戦布告する前の偵察と言われれば納得がいく。
「それにしても……! 理由はどうでもいいとか、あいつらマジでふざけてるわ! 武道館もりんたろーも、賭けに使うようなもんじゃないっての!」
「心の底から同意するよ。たとえ争うことになっても、その二つを賭けることだけはあり得ないね」
当然だが、カノンとミアの機嫌はかなり悪そうだ。
玲はどうだろう。
俺は彼女の様子が気になり、目を向ける。
するとそこには、やたらと闘争心を剝き出しにしている玲がいた。
「れ、玲?」
「……凛太郎も、武道館も、賭けることのできないとても大事なもの。だけど……馬鹿にされて、ちょっと悔しい」
その言葉を聞いて、俺はハッとさせられる。
まさかあの玲が闘志を燃やすことがあるなんて、考えもしなかった。
乙咲玲としてではなく、ミルフィーユスターズのレイとしてのプライドが、大きく刺激されたのかもしれない。
「それに関しては……そうね。臆病者とまで言われたら、さすがにムカッとくるっていうか……っていうか! めっちゃムカつく!」
「挑発と分かっていても、悔しいものは悔しいよね。仮にシロナの言った通り本当に何かしらの勝負ごとに巻き込まれたとして、そこでしっぽを巻いて逃げ出したら、ボクらは多分この世界でやっていくためのプライドをへし折られるよ」
「何かを賭けるなんてしゃらくさい真似はさせないわ……! こうなったら正々堂々、どんな勝負でも受けてやろうじゃない」
三人が三人とも、激しい闘志を目に宿している。
やる気があるのは大変結構だが、これでいいのだろうか。
第一、世間の人気ではミルスタの方が勝っているのだから、その時点で相手にする必要もないんじゃ――――。
(……いや、そんな風に思う時点で、俺が一番勝敗に囚われてるのか)
ミルスタの方が上。本当にそう認識しているのであれば、あいつらの発言なんて全部無視して、普段通り余裕を持った態度を見せておけばいい。
しかし実際には、そう言い切れないくらいツインズの勢いが凄まじいのだ。
どちらのパフォーマンスの方が優れているのか、どちらの方が人気なのか、この場にいる全員が気になってしまっている。
「上等じゃない……武道館ライブが決まって気合を入れなおしたとはいえ、最近中弛みを感じてたのよね」
カノンが拳を鳴らす。
玲もミアも、意見は同じなようだ。
「打倒チョコレート・ツインズ! そのためにもりんたろーのお弁当を食べて、これまで以上に自分たちを追い込むわよ!」
「うん」
「ん……!」
カノンの声に合わせて、三人は天井に向かって拳を掲げる。
「ほら、りんたろー! あんたも!」
「お、俺もか?」
「あんただってあたしたちの大事な仲間でしょ! 一緒にやるのよ!」
「……分かったよ」
こんなすごい奴らに仲間と言われて、年甲斐もなく心が躍ってしまう。
そこまで言われちゃ仕方ない。
俺も四人と同じように、拳を持ち上げることにした。