39‐2
その後、ライブは特にトラブルも起きずに閉演した。
アンコールも終わり、ミルスタの三人が完全に舞台から捌ける。
観客は直帰するもよし、物販に寄って買い物してから帰るもよし。
ひとまず俺は、何事もなくライブが終わったことに安堵した。
「もう終わりかぁ……初めて参加したけど、楽しいね、ライブって」
どこか寂しそうな様子で、雪緒はそうつぶやいた。
「そいつはよかったよ。……っと、物販寄ってくか? もう人気グッズは売り切れちまってるだろうけど」
人気のグッズであるTシャツやタオル、トレードマークのキーホルダーなどは、すぐに売り切れてしまうと玲たちが言っていた。
だいぶライブの余韻に浸っていたせいで、今から物販に向かっても最後尾の方になるだろう。
となると、人気のグッズは手に入れられない可能性が高い。
「元々欲しい物とかは特にないんだけど、一応見てみたいな。せっかく来たんだしね」
「そうか、それじゃ寄っていこう」
二人して物販へと向かおうとした、その時――――。
「きゃっ⁉」
「っ、おっと」
向こうから歩いてきた少女と、肩同士がぶつかってしまう。
華奢な少女と一般的な男子高校生の俺がぶつかれば、どちらが大きく体勢を崩すかは明白だった。
ぐらりと転びそうになる彼女を認識した俺は、咄嗟にその腕を掴んで引き寄せる。
「すみません、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
転びそうなところから持ち直した彼女と、目が合う。
ずいぶん整った顔立ちをしているようで、大きくて綺麗な瞳がやけに印象的に映った。
口元はマスクで、髪色髪型は帽子に隠れていて分からないが、おそらく相当な美少女。
玲と出会っていない俺だったら、このまま見惚れていたかもしれない。
まさかこんなところで美少女と暮らしている恩恵を受けられるとは。
幸いなことに、俺は目の前の少女の外見に特別な感想を抱かずに済んだ。
「あ、たびたびすみません。無理に掴んじゃって……痛かったですよね」
「い、いえ! ぶつかったのはウチの方なんで……」
改めて持ち直しているのを確認して、俺は少女から手を放す。
今時、良かれと思って手助けしたことで痴漢と訴えられてしまうこともあるらしい。
見知らぬ女とはかかわり過ぎないに限る。
そう思って、俺はすぐにこの場を離れようと踵を返した。
「あの!」
しかし、何故か彼女は俺の服の袖を掴んだ。
何事かと思い振り向けば、うるんだ瞳の彼女と再び目が合う。
「な、何か?」
「あの、その……ぶつかったお詫びに、何か奢らせてもらえないかなーって思って……」
「え?」
この女は何を言っているのだろう。
転びそうになったところを助けただけの俺に、そこまでする必要なんてない。
別に悪意があるようにも見えないが、失礼な話、あまりにも旨い話過ぎて怪しさすら感じてしまう。
「……悪いけど、そういうのは別に――――」
「おい……シロに何をしてるんだ」
話を断ろうとしたその瞬間、突然俺と少女の間に別の人間が割り込んでくる。
俺に対して鋭い目つきを向けてくるその人物は、シロと呼ばれた少女に勝るとも劣らない美少女だった。
「シロ、こいつ痴漢?」
「はぁ⁉」
予想すらしていなかった疑いをかけられ、思わず大きな声を出してしまう。
突然何を言い出すのだ、この女は。
「だ、大丈夫⁉ 凛太郎」
成り行きを見守っていた雪緒も、さすがにこれ以上はと思ったのか側に寄ってきてくれた。
割り込んできた女はいまだ俺に対して警戒心を向けている。
残念ながら、俺の懐はそんなに広くない。
初対面で敵意を向けられ、あらぬ疑いをかけられ、すでにこいつに対する俺の印象は最悪だ。
「もうっ! クロってば! その人は痴漢やあらへんよ! むしろ転びそうになったウチを助けてくれた恩人や」
「……そうなの?」
クロと呼ばれた失礼女は、俺と自分の後ろにいる少女を何度か見比べた。
そしてようやく勘違いを理解したのか、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すまない……早とちりした」
「あ、ああ……」
彼女は自分の間違いに気づいた途端、すんなりと頭を下げた。
こちらも喧嘩腰になりかけていた分、あまりの素直さに思わず体の力が抜けそうになる。
「ウチのクロが堪忍なぁ。この子、あんまり男の子に免疫がなくて」
「……別にいいよ、勘違いって分かってくれたなら」
「おおきに。おにいさんが優しい人でよかったわぁ。ところで、連絡先交換せぇへん?」
「何もかもいきなりだな……悪いけど、初対面の人とは交換しない主義なんだ」
もちろん嘘だ。
こいつらからは、どことなく面倒くさい匂いがする。
特にこのシロと呼ばれた関西弁の女。
人懐っこそうに見えて気を許せば、いつの間にかこちらが弄ばれているなんてオチになりかねない。
策士であるミアに、胡散臭さがプラスされたといえば分かりやすいだろうか。
「あれま、残念やわ。ならまたどこかで会うたら、そん時は交換してくれはりますか?」
「ああ、分かったよ」
本当に会うことがあればな。
「言質は取ったで? ほなら行こか、クロ。もうここに用はあらへんし」
「うん」
「再会、楽しみにしてるで。ほなまた」
軽く手を振って、彼女たちは去って行く。
二人の背中が小さくなったのを確認して、俺は大きくため息を吐いた。
「はぁ……なんだったんだ、今の女たちは」
「ごめんね、すぐ間に入れたらよかったんだけど」
「雪緒が謝る必要なんてねぇよ。別に何も被害はなかったしな」
「まあ……ある意味逆ナンだった、のかな?」
確かに逆ナンと言われれば、それ以外の言葉は見当たらない。
俺にもついにモテ期が来たかと浮かれたいところだが、少なくとも、あのシロと呼ばれていた関西弁の女は間違いなく厄介。
正直面倒臭いことはどんなに美味しい話であっても御免だ。
「とりあえず俺たちも行こうぜ。変に時間取られちまったし……」
「あ、うん。そうだね」
「ん? どうした?」
「……いや、さっきの二人、どっかで見た気がして」
二人が去っていった方を見ながら、雪緒はそんな言葉をこぼす。
「どっかって……どこだ?」
「うーん……ちょっと思い出せないかも」
苦笑いを浮かべる雪緒を見て、俺は首をかしげる。
見覚えのある雰囲気――――。
そう言われると、なんとなく俺もそんな気がしてくる。
帽子とサングラスで外見的特徴はほとんど隠れていたが、雰囲気に覚えがあるというか……。
例えるなら、初めてミルスタの三人に出会った時に感じたものに近かった。
もしかすると、雑誌などで活躍するモデル、あるいはインフルエンサーだったのかもしれない。
それならなんとなく見覚えがあることも納得だ。
「まあいっか。行こう、凛太郎」
「おう」
このことを特に重要と思わなかった俺たちは、そのまま会場を後にした。




