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38‐2

「おはよう、凛太郎君」


 しばらくしてリビングの扉が開くと、そんな声と共にミアが現れた。

 彼女の部屋着姿は、直視できないくらい妙に色っぽい。

 そろそろ見慣れてきたと思ったのだが、まだまだ時間が足りないようだ。


「ん、ミアか。相変わらず早いな」

「君には負けるけどね。いつも何時に起きているんだい?」

「大体六時前くらいかな」


 時計を確認してみれば、現在時刻は六時二十分。

 朝食の時間は基本的に七時くらいに設定しているから、まだ余裕があるといっていい。

 

「コーヒーでも淹れようか?」

「できればいただきたいかな」

「分かった。ちょっと待ってろ」


 冬の気配が強くなり、最近はますますホットコーヒーが美味くなってきた。

 挽いた豆を紙フィルターに乗せ、沸かしたお湯を注ぐ。

 リビングに芳ばしい匂いが立ち込め、喫茶店の雰囲気にグッと近づいた。


「ほい、コーヒー」

「ありがとう。助かるよ」


 ミアは俺からコーヒーを受け取り、カップに口をつける。


「ん? 豆変えた? なんかいつもより深みがあって美味しい気がする」

「お、よかった。ちょっとずつブレンドを変えてんだけど、今回だいぶ上手くいってさ。結構自信あったんだよな」


 この家での生活が始まると同時に、俺はいくつかのコーヒー豆を取り寄せる形で購入した。

 せっかく淹れるなら自分で一番と思えるものを作りたい。

 そう思って毎日試行錯誤していたのだが、最近になって自分が理想としているものを作り出すことに成功した。

 コーヒーの美味さはその日の調子を決める。

 そう信じている俺は、コーヒー一杯でも妥協しない。


「そういや、新聞届いてたぞ」

「ああ、助かるよ」


 俺は朝ポストに入っていた新聞をミアへと渡す。

 情報は自分を守るものと語っていた彼女は、毎日こうして新聞を読んでいた。

 時事ネタを取り扱う番組に出ている時に、的を射た言葉でスタジオをどよめかせている姿を見ると、日々のこうした習慣が実を結んでいるのだと認識できる。


「……ねぇ、凛太郎君は"ツインズ"って知ってる?」

「ああ、今めちゃくちゃ伸びてる二人組のアイドルだろ?」


 チョコレート・ツインズという名前で活動している、二人組のアイドルグループ。

 元々は動画サイトに既存アイドルの曲を"歌って踊ってみた"というタイトルでアップしていたらしく、それが芸能事務所に見初められる形でデビューを果たした。

 というのが、ミルスタの人気が爆発した少し前の話。

 ミルフィーユスターズという化物グループが一世を風靡してしまったせいで、ツインズはそこまで大きく注目を浴びなかった。

 しかしそれが最近になって新たな熱を持ち、世間から強い関心を抱かれている。


「さすが、よく知っているね」

「テレビでもネットでも引っ張りだこだしな。情報断ちでもしてない限り、知らないままじゃいられねぇよ」


 それに俺は、ツインズの大ヒットはミルスタにも少なからず影響を及ぼすのではないかと警戒していた。

 故に何度か自分で調べることもあり、一般人よりは彼女らについて詳しいと言っていいレベルに到達している。


「黒担当のクロメ、白担当のシロナ……セクシー路線に力を入れた二人組のアイドル。うん、なかなか手強そうだ」

「手強そうって……やっぱアイドル的にはライバル視するもんなのか?」

「それはそうさ。現状の人気で負けているつもりはないけれど、ボクらの仕事が取られてしまう可能性は十分あるしね」


 そう告げるミアの顔は、決して冗談を口にしている顔ではなかった。

 今のところ、ミルスタがツインズに仕事を取られるような姿は想像できない。

 むしろミルスタ自体が忙し過ぎて、少しくらい取られた方がスケジュール的にありがたいのではないかと思ってしまうほどだ。

 しかしこれはあくまで素人の意見。

 きっと仕事が奪われるようになってからでは手遅れなのだろう。

 

「ん……おはよう」


 そんな話をミアとしていると、リビングの扉を開けて玲が入ってきた。

 眠そうに目を擦っている彼女の寝間着は、相変わらずだらしないことになっている。

 オーバーサイズのTシャツはほとんど肩からずり落ちており、その豊満な胸元でかろうじて支えているような状況。

 朝から一々目のやり場に困る。


「おはよう……お前さ、寝ぼけてるのは分かるけど、もう少し格好を気にしてくれよ……」

「別に、凛太郎になら見られても問題ない」

「いや、どちらかというと俺の方の問題だから――――って、ちょっと待て。そのTシャツ俺のじゃないか?」

「ん。洗面所にあったから借りた」

「道理で一枚ないと思った……」

「凛太郎の匂いがするから、よく眠れるの」

「はぁ⁉ お前まさか、洗濯前のやつを持ってったんじゃ……」


 玲は何も言わず、小さく微笑んだ。

 果たしてその反応はどちらのものなのだろうか。

 思わず頭を抱えそうになる。

 これまでもマンションの同じフロアという極めて近しい距離で過ごしていたわけだが、一軒家での生活はその比ではない。

 特に水場が共用になったことで、その感覚を加速させている。

 洗面所に行けば誰かが脱ぎ散らかしたであろう服が落ちているし、浴室には中々お目にかかれない数のシャンプーが並んでいる。

 ミルスタの三人を支えるため、俺は覚悟を持ってこの生活を始めた。

 しかしそれは三人のためならどれだけ自分の時間を割いても構わないという方向の覚悟であり、距離感に対する覚悟は若干薄かったのである。

 俺の読みが甘かっただけの話だが、今更距離感どうこうで話をこじらせるのも面倒臭いため、俺はこのまま慣れるのを待つことに決めた。

 不快なわけでもないし。


「カノンはまだ起きてない?」

「あいつはいつも最後だしな……でもそろそろ起きてくる頃だと思うが」


 そんな話をしていると、ちょうどリビングの扉を開けてカノンが中に入ってきた。

 しかしその顔はどこを見ているのか分からないくらい寝ぼけており、足元もふらふらとおぼつかない。


「おはよう、カノン。顔洗ってきなよ」

「んー……」


 ミアの言葉を聞いているのかいないのか。

 それでもおぼつかないまま洗面所へと向かっていくところを見るに、自分が何をしなければならないかは分かっているのだろう。

 

「……一応ついていこうかな」


 苦笑いを浮かべながら、ミアがカノンの後を追う。

 これもまあ、いつも通りの光景だ。

 普段はカノンとほぼ同じタイミングで起きる玲が洗面所まで付き合うのだが、時間がわずかにズレるとこういうこともある。


「そうだ、玲」

「ん、なに?」

「もうすぐハロウィンライブだろ? コンディションは大丈夫か?」


 今は十月終盤。

 あと数日もすれば、ミルスタのハロウィンライブが始まる。

 屋外のライブ会場を使ったコスプレ可のイベントらしく、もちろんチケットは完売状態で、本人たちの準備も着々と進んでいる。


「ん、大丈夫。体調はばっちり」

「ならよかった」

「これも凛太郎が世話してくれているおかげ。凛太郎のご飯を食べるようになってから、体調が悪くなったことがない」


 それは元々お前の体が頑丈だから――――と言いそうになり、野暮だと思ってやめた。

 ここは素直に喜んでおこう。


「凛太郎は、ハロウィンライブ来れそう?」

「大丈夫だって。ちゃんと予定空けてるよ」


 そう伝えると、玲はホッとした様子を見せる。

 ハロウィンライブのチケットは、すでに入手困難。

 しかしある意味関係者と言える俺は、玲たちからチケットを譲ってもらっていた。

 ちなみに、今回のライブは会場の都合で関係者席がなく、俺も一般の客と同じ場所で楽しむことになっている。


「今回のライブ、いつも以上に衣装が可愛い。凛太郎の視線も、きっとくぎ付け」

「そいつは楽しみだ」


 得意げな玲を見ると、自然に笑みがこぼれてしまう。

 三人のコンディションは万全。

 これなら、ハロウィンライブはきっといいものになるはずだ。

 

 

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