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36-4

「――――つーわけで、しばらく家を使わせてほしいんだけど」


 リビングの方でボードゲームに華を咲かせているミルスタの三人と雪緒を置いて、俺は一人電話をかけていた。

 電話の相手は、もちろん実の父親である。


『……家を使うこと自体は構わない。私もほとんど帰っていないし、むしろ人が住んでいてくれた方が助かるからな。その一緒に住むという芸能人の人数は?』

「三人だ」

『ならば書斎はそのままでも部屋数は足りるな』

「ああ。使ってない部屋をあいつらの部屋にさせてもらおうと思ってる」

『そこまで納得しているのであれば、後は好きに使ってくれ』

「助かるよ」


 これで家のことはなんとかなったか。

 ていうかこの状況はなんだ?

 俺と親父ってつい最近まですごい仲悪かったのに、関係が改善された途端こんなにも連絡を取り合うものなのか?

 ――――まあいいや。

 俺は使えるものはなんでも使う主義。

 断られたのであればともかく、許可してもらえたのなら遠慮する必要もない。


『それにしても、お前が芸能人と暮らすことになるなんてな……どういう経緯で知り合った?』

「まあ、三人いるうちの一人とはクラスメイトだからな。出会いはそこだよ」

『乙咲さんのところの娘だったか。不思議な縁もあるものだな』


 まったくだ。

 昔会った女の子と再会して、振り回されたり振り回したり。

 一体どこの漫画の中の話なんだろうか。


『今更父親面して言えるような立場でもないし、お前自身理解していると思うが、自分たちで選んだ道だからこそ気を付けて進め。何かあった時、道を閉ざされるのはお前ではなく――――』

「ああ、分かってる」

『……そうか、それならいい』


 そんな会話を最後に、どちらとも言えず電話を切った。

 俺の人生だけなら、どうとでもなる。

 しかしあいつらの立場は別だ。

 俺はこれからも、ミルフィーユスターズの夢を守り続ける。


「……凛太郎?」

「ん?」


 突然名前を呼ばれて顔を上げれば、こちらを窺うような顔をしている玲と目が合った。


「電話終わった?」

「ああ、今終わったよ。この家なら自由に使ってくれて構わないってさ」

「それは朗報。本当にありがたい」

「てか、お前はなんで俺のところに? ボードゲームはどうしたよ」

「早めに負けちゃったから、凛太郎の様子見に来た。三人はちょうど今盛り上がってる」


 リビングの方に耳を傾ければ、確かにうめき声やら歓喜の声が聞こえてくる。

 確かにめちゃくちゃ盛り上がってるな。


「……」

「? どうしたの?」

「あ、いや、なんでもねぇよ」

「……?」


 危ねぇ、思わず顔をジッと見ちまった。

 こいつのことが好きなんだと自覚してから、妙に意識してしまう。

 当然っちゃ当然なんだろうけど、自分の中にそんな甘酸っぱい感情があるんだと思うと途端に小っ恥ずかしくなった。


「そ、それにしても、本当によかったな」

「え?」

「武道館ライブの話だよ。お前の夢だったろ?」

「……うん、ついにここまで来れた」


 玲は目を閉じ、しみじみとした雰囲気でそう言った。


「まだ、実感はあまりない。気持ちがふわふわして、なんだか浮いてるみたい」

「そうか……面白い感覚だな」


 俺はまだ夢が叶うという感覚を知らない。

 この世に生きるほとんどの人間は、幼い頃に抱いた夢を叶えられずに死んでいく。

 ヒーローやらお姫様やら、現実を知っていくうちに人は夢を見なくなる。

 だから俺は、抱き続けた夢を叶えようとしている玲を尊敬しているんだ。

 自分にはない何かを持っている人間に、俺は惹かれてしまうらしい。

 ただ――――俺には一つだけ気になっていることがあった。


「なあ、玲」

「なに?」

「武道館ライブが終わったら……その後はどうするんだ?」


 アイドルという夢を叶え、武道館ライブという夢を叶え、その先にあるものとはなんだろう。

 実のところ、今日までずっと気になっていたことだった。

 夢の果て。そこまで行きついてしまった人間は、一体次に何を見る?

 また新しい夢を見つける? それとも――――。


「……正直、まだ何も決めてない。ミアは女優を目指していたり、カノンはブランドを作ったりプロデュース業とかしたいって言ってたけど、私にはそういう目標もないから」


 玲はどこか寂しそうな顔をしている。

 夢が叶うということは、夢が終わるということ。

 何を贅沢をと思われるかもしれないが、字面だけで見ればその言葉は事実だ。

 夢に向かって走っている時こそ人は輝くと俺は思う。

 すぐに次の夢を見つけて走り続けられる人間には、きっといつまでも輝き続けることだろう。

 しかし、その輝きを火に例えた時、文字通り燃え尽きてしまった人間はどうなってしまうのか。


「凛太郎は……私がアイドルじゃなくなっても、一緒にいてくれる?」


 それは一体、どんな意図が込められた質問だろうか。

 玲にとって、自分がアイドルであるということはこの上ない価値。

 その価値を手放した後のことを聞いてくるということは、こいつの中には大きな迷いがあるのだろう。


 たとえば、武道館ライブが終わった後、ミルフィーユスターズを引退しようと考えているとか……?


 ともすれば、俺は――――。


「レイー! 早く戻ってきなさい! 次のゲーム始めるわよー!」

「「っ!」」


 突然リビングの方からカノンの声がして、俺たちの肩が跳ねる。

 どうやら今やっていたボードゲームが終わったらしい。

 あまりにも間が悪いというか、むしろ助かったというか。

 もしかすると俺は、雰囲気に流されてとんでもないことを口走っていた可能性がある。

 

「……戻ろうぜ。結局夢を叶えた後のことなんて、実際に夢を叶え切った瞬間にしか分からねぇんだからさ。まだまだ時間はあるんだろ?」

「うん……」

「武道館ライブの前に、まだハロウィンライブだって残ってるわけだし。俺にできることならなんでも手伝うからよ。とりあえず、目先のことから一つずつだ」

「……分かった」


 そんな会話を最後に、俺たちはリビングへと戻ることにした。

 未来のことなど分からない。

 ただ一つ言えることは、取り返しのつかない大きな何かが変化しようとしていること。

 その時俺たちの関係は、一体どうなっているのだろうか。

 すべては神のみぞ知る。

 俺は出口のない思考の迷宮を、ひとまず後回しにすることにした。

 

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