36-3
「まとめて面倒見てやるよってことは、今後ボクらの食事はすべて君が管理してくれるってことでいいのかな?」
「い、いや……それはちょっと言葉のあやっていうか」
「ふぅん? 君は自分の発した言葉に責任も取れないような男だったのかな?」
「うっ……」
いや、なんだ? 何故俺が追い詰められている?
「前々から玲ばっかり羨ましかったのよねぇ~。あんたの生活に必要なお金くらいあたしたちだって払えるし? できることならあたしも玲と同じ契約を結びたかったのよぉ」
「ボクもカノンと同じ考えさ。できることなら玲と同じようなサポートを受けたいってずっと思っていたんだよ」
不敵な笑みを浮かべながらにじり寄ってくる二人。
思わず俺は机ごと後ろに下がってしまうが、二人はそれよりも早く距離を詰めてくる。
「……駄目、凛太郎は私のもの」
しかし、そんな二人を阻むように玲が割り込んできてくれた。
ナイスだ、玲。
お前の背中が神々しく輝いて見えるよ。
つーか雪緒。
平和だなーって顔をしながらサラダを食うな。
助けろよ、俺を。
「退きなさいよ、玲。りんたろーはあたしたちのことも責任取ってくれるって言ったのよ」
「そうだよ。ボクらだってもう凛太郎君に世話をしてもらう権利があるんだ」
カノンとミアVS玲。
こんなところでミルスタが対立を起こしているなんて知られたら、ファンたちは一体どうなってしまうのか。
――――って、そんな能天気なことを考えている場面でもないな。
「凛太郎に世話してもらえるのは、私だけ。いくら二人でも譲りたくない」
「何よ、あんたもこれまで通り世話してもらえるんだからいいじゃない」
「……でも」
「悪いけど……あたしももう本気なの」
「っ……」
玲が息を呑んだ気配がした。
おいおい、結局いつもの小競り合いかと思っていたんだが、少し様子が違わないか?
「カノン……それって」
「あんたらには皆まで言わなくても分かるわよね。あたしも参加することにしたのよ、あんたらの戦いにね」
「……」
もしかして俺、今お邪魔虫なのか?
ここは一応俺の家なんだけど、何故か俺がいない方が話が上手く進んでいくような予感がする。
「……凛太郎」
「え? あ、なんだよ」
「カノンとミアにも、これからはご飯作ってあげられる?」
「は? ……俺はいいけど、お前はいいのかよ」
「二人とは公平に戦いたいから」
「……?」
目線だけで火花を散らす三人。
ともかく俺がミアとカノンの世話もすることで、何かが公平になるらしい。
それならまあ、いいのかなぁ?
「……待った」
睨み合いが続く中、声を上げたのは沈黙を貫いていたはずの雪緒だった。
「三人共、凛太郎のサポートを受けたいってことだよね?」
「そうね。そういう話をしているところよ」
「その気持ちは僕もすごく分かるんだけど、ちょっと冷静になってほしい。三人分の世話のために行ったり来たりしていたら、いくら凛太郎でも体が壊れると思うんだ」
「むっ……」
「乙咲さんは最初から凛太郎とそういう契約を交わしているんだから優先権があるのは当然としても、他の二人が凛太郎を無理やりシェアしようとしているなら僕は止めるよ」
雪緒の言葉を聞いて、カノンとミアはばつの悪そうな表情を浮かべた。
「確かに、ボクらは毎日同じ時間に仕事が終わるわけじゃない。日によって別々な時間に帰ることだってあるし、休みの日だって毎回同じじゃない」
「そうね……合鍵を渡すこともやぶさかじゃないけど、1LDKの部屋も含めてトイレもお風呂も毎回三軒分掃除してもらうってのは、ちょっと申し訳なさ過ぎるわ」
彼女らの言う通り、実際三人分の世話はできると思うが、学業と両立させられるかどうかは若干怪しい。
料理は毎回作り置きなんてことになりかねないし、掃除洗濯、それらすべてが三倍になるというのは単純にしんどいものがある。
何より面倒臭いのは、全員のスケジュールを細かく把握しておく必要があることだろう。
正直、今の俺では自信がない。
それこそ優月先生のところでバイトもしたいし、自分の時間をこれ以上犠牲にはできないわけで。
三人のうちどこかを疎かにするというのも申し訳なくなるし、そこまで考えるとあまり現実的な話ではないように思える。
せめて三人が同じ場所に住んでてくれたら――――ん?
「あ、三人共この家に住むとかどうだ? そうすれば水場は共有になって掃除しやすいし、料理だってわざわざ個別に用意しなくて済む。全員まとめて面倒見れるから、俺も負担は少なくなるぞ」
「「「……」」」
「……って悪い、さすがに冗談――――」
空気感を外したと思った俺は、慌てて今の発言を取り消そうとする。
しかしそんな俺の言葉を遮るようにして、玲たちは身を乗り出してきた。
「それよ!」
「それだね」
「それがいい」
「……え?」
目を輝かせている三人を見て、俺は首を傾げる。
「ああもう、なんで思いつかなかったのかしら! もうどうせ同じフロアに住んでるわけだし、一つ屋根の下で暮らしているのと何も変わらないじゃない!」
「だね。ボクらだって今後は三人でもっとコンビネーションを深めていかないといけないわけだし、今度は完全に一つ屋根の下で過ごすっていうのはいい案だと思う」
コンビネーション?
俺はその言葉に疑問を覚え、思わず口に出していた。
「……決まったの」
「え?」
「私たちの、武道館ライブ」
「ッ⁉」
玲の潤んだ目は、それがまさしく現実であるということを表していた。
武道館ライブ。つまりは、玲の夢。
ミルフィーユスターズの"レイ"が掲げる、アイドル活動における大目標だ。
「決まったんだな……ついに」
俺の言葉を受けて、玲は頷く。
そしてカノンとミアも、どこか得意げな様子で彼女の隣に並んだ。
「武道館ライブが、今の私たちの集大成。これまでのライブとは比べ物にならない規模になると思う」
「ライブ時間も最長になるだろうし、演目も最多になる予定だね」
「パフォーマンスだって武道館用に一新するつもりよ。だからあたしたちはこれまで以上にお互いを知って、お互いを信頼し合わないといけないの」
そうか、そうなのか。
興奮が足元から脳天に駆け抜ける。
人の夢が叶う瞬間に立ち会えるというのは、こんなにも感動するものなのか。
ああ、いや。まだ完全に叶ったわけじゃない。
ライブの開催が決まっただけ。当事者でもない俺がはしゃいでいる場合じゃないだろう。
「よかったな……玲」
「うん。……だから、凛太郎」
「ん?」
「改めて、私たちからお願いがある」
先ほどまでの険悪な雰囲気はどこへやら。
三人は強い結束力を持って、俺の前に立っていた。
これこそ、俺の知っているミルフィーユスターズの形――――。
「武道館ライブが終わるまで、私たちと一つ屋根の下で暮らしてほしい」
「……どうしてそうなる?」
結束した三人から飛び出してくる願いがそれ?
俺の頭はその要求のインパクトに耐え切れず、混乱し始める。
「もう、さっきも言ったでしょ? これから先はあたしたちの信頼関係をもっともっと強くしていかないといけないの」
「そうそう。そんな大事な時なのに、君を巡って争っている場合じゃないだろう? だからせめて武道館が終わるまで、君のことをシェアさせてほしいのさ」
あー、なるほどね。俺のシェアかぁ。
うーん、冷静に考えても意味が分からないな。
「凛太郎……お願い」
「うっ……」
ただ、こんなにも懇願されると俺だって無碍にはできなくなる。
まあ元々こいつらの頼みを一方的に突っぱねるような真似はしないが、さすがに三人と一つ屋根の下で暮らせと頼まれたとしたら、俺の中にも炎上リスクの問題で断るという選択肢が浮上する。
しかし武道館が終わるまでという期限付きであり、尚且つこうしなければ絆が揺らぐと言われてしまえば、もはや断るという選択肢へ続く道は閉ざされたも同然だった。
「……分かった。変に抵抗したところでお前らが一度望んだことを取り下げるようなことはしないだろうしな。その話呑むよ」
「「「っ!」」」
「ただ、リスク管理の面で俺が出すルールには従ってもらうぞ」
それから俺は、いくつかのルールを提示した。
ひとつ、外での接し方はこれまで通りを心掛けること。
ふたつ、俺と三人の帰宅時間は極力ずらすこと。
みっつ、今まで以上に変装して外の視線に気を付けること。
並べてみて思ったのだが、ほとんどは天宮司の監視対策の時と同じような内容だな。
「これが守れるんだったら、ひとまず期間限定でお前らの世話役は引き受ける」
「守る」
「守るよ」
「任せなさいって」
返事は軽いが、三人共目は真剣だ。
俺に対して緩いだけで、本来こいつらは強いプロ意識の塊。
こんなこと言われずとも、自分たちの不利益になるようなことはしないでいてくれるだろう。
そう考えると、ある程度リスクを取ってまで俺を手元に置いておこうとしてくれているのか。
んー、照れるな。
「で、場所どうする? 本当にこの家を使わせてもらうのはさすがに図々しいよね」
「お前らがいいなら、聞くだけ聞いてみるか? どうせ親父が帰ってくる機会なんて大してないだろうし」
「うーん……それはありがたいけど、凛太郎のお父さんに対してのボクの心証が悪くなったら嫌だなぁ」
「何を心配してるんだ、おのれは」
とりあえず、これからの話はここまで。
俺たちは当初の目的通り、食事に集中することにした。
天宮司の件のお礼だったつもりが、いつの間にかミルスタの武道館決定祝いの会になってしまったわけだが――――まあ、別にいいよな。
今日のところは、これからの俺たちに乾杯ということにしておこう。