36-2
「いらっしゃい」
そんなことを言いながら、俺は玄関の扉を開いた。
目の前にいたのは、私服姿の玲たちと、雪緒の姿。
連絡は受けていたためあらかじめ知っていたが、本当に四人で合流してから来たらしい。
「やっほー、りんたろー」
「お招きありがとう、凛太郎君」
「お腹空かせてきた」
「おう、さっさと上がってくれ」
俺はまずいつも通りの調子の三人を中へと招き入れた。
そしてその後ろにいた雪緒と視線を合わせる。
「ねぇ、僕まで呼んでよかったの? 正直ちょっと場違い感あるんだけど……」
「んなこと言ったら俺だって場違いだろうが。今日は俺の恩人として呼んでるんだから、思い切り楽しんでってくれよ」
「うーん……でも凛太郎も大企業の息子さんだしなぁ」
この野郎、早速いじってきやがって。
こいつは俺が吹っ切れたってことを知っているから、もうからかっていいもんだと思っているらしい。
まあ、その判断は当たっている。
むしろ今となってはいじってもらえるだけありがたい。
俺自身、"いつも通り"が戻ってきた実感が欲しかったのだ。
「馬鹿言ってねぇでさっさと入れ。お前の分の飯、このままじゃ残飯になっちまうぞ」
「それはまずい。君の料理を捨てることなるくらいならどんなところにだって行くよ」
「へいへい、そいつはありがたいね」
「褒めたつもりだったんだけどなぁ」
ケラケラ笑いながら、雪緒を中に招き入れる。
そのままリビングへと戻ると、好奇心に染まった目で部屋を見渡す玲たちの姿があった。
「ふーん……ここが凛太郎君が小さい頃を過ごした家か。ご立派だね」
「レイの実家に似てるわね。お金持ちってみんなこういう家が好きなのかしら?」
正直カノンの意見は同意せざるを得なかった。
でかい家好きだよね、金持ち。
すみません、偏見です。
「すごくいい匂いがする。もう料理はできてるの?」
「ああ、メインどころは概ねな。後は細かいやつと、冷蔵庫で冷やしてるデザートくらいか」
「楽しみ。お腹空かせてきた」
「それ、家に上がる時にも言ってたぞ」
相変わらず玲は食い意地が張ってるな。
まあ、俺にとってはそれが一番ありがたいんだけど。
「凛太郎、僕らは何か手伝うことあったりする? 待ち時間があるなら手持ち無沙汰になっちゃうし、手伝えそうなことがあれば手伝いたいんだけど」
「そいつは助かるな。じゃあ取り皿とか食器を並べてもらえるか? 料理に夢中になってたせいで忘れてたんだ」
「おっけー、分かったよ」
食器が入っているところを伝えると、雪緒だけでなく玲たちも手伝いを始めてくれた。
この間に、俺は料理の仕上がりを確認しにいく。
(……よし、どれもそろそろ良さそうだ)
圧力鍋の蓋を開き、スペアリブの香りを嗅ぐ。
うん、いい出来だ。
香りだけでかなり食欲をそそられる。
フリカッセの方も鶏肉には完全に火が通り、ホワイトソースの濃厚な香りが漂っていた。
どちらも一口ずつ味見をし、細部まで味を確認する。
「ははっ、さすが俺。バッチリだ」
味も完璧。
これなら堂々とあいつらの前に並べられるだろう。
俺はスペアリブを大皿に、そしてフリカッセをそれぞれの皿に盛りつけ、四人が待つテーブルの方へと持っていく。
「ほら、今日のメインディッシュたちだぞー」
そう言いながらテーブルに置いてやれば、途端に四人の目が輝き出す。
「わぁ! スペアリブじゃない! んー! いい匂いね!」
分かりやすくテンションが上がったカノンを見て、俺の方も思わず笑顔になる。
やっぱり自分のためではなく、誰かのために料理を作る方が楽しい。
特にこいつらを喜ばせるために作る料理は、俺の人生を充実させてくれる大事な物だ。
こいつらの目を見て、俺は改めてそう思う。
「すごいね……これ時間かかったんじゃない?」
「いや、圧力鍋があったからそうでもねぇよ。こっちの白いのもそんなに長い時間煮込んでたわけじゃねぇしな」
「へぇ、志藤凛太郎ともなれば、時短術もお手の物ってことかな。さすがだね」
「褒めたって料理しか出てこねぇぞ?」
「それを出してほしいから褒めてるんだよ」
相変わらずミアは口が上手い奴だ。
俺は一度台所に戻り、メインディッシュの隣に置く予定だった小鉢の準備をする。
通称、カクテルサラダ。
小さな器にトマト、アボカド、ゆで卵、そしてチーズを細かく切って盛り付け、最後にドレッシングをかける。
たったこれだけの工程なのだが、見栄えは抜群だ。
ここに軽くレモン果汁を絞ってやれば、重たい料理たちの箸休めとして抜群の効果を生んでくれる。
「よーし、これで料理は全部だ。スペアリブが結構な量だから腹は満たせると思うけど、足りなければ言ってくれ。米はねぇがバゲットなら用意してあるから」
俺は彼女らの前にカクテルサラダを置き、最後に自分の席の前にも同じ物を置く。
そしてそのまま席に座り、それぞれと目を合わせた。
「そんじゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
五人で揃って手を合わせ、料理に手を付け始める。
俺は一旦手を動かさず、四人がどんな反応をするのか様子見することにした。
まずスペアリブに手をつけたのが、玲とカノン。
二人はほぼ同時に肉を口に運び、そしてほぼ同時に目を見開いた。
「柔らかっ!」
「柔らかい……!」
そして飛び出した言葉もほぼ同じだった。
「何これ……! 口の中で溶けるんですけど⁉」
「すごい、飲み物みたい」
圧力鍋によってホロホロ――――いや、もはやトロトロになったスペアリブは、ナイフなど使わなくてもフォークだけで容易く切れる。
咀嚼すれば口の中でたちまち解け、煮込む際に使った醤油ベースのソースが絡まった肉の旨味がじんわりと広がる。
まさに俺の思い描いた理想のスペアリブがここにあった。
「おっと、ボクはこっちから手を付けようかな」
「僕もそうしよっと」
二人がスペアリブに手を付けているのを見て、ミアと雪緒はフリカッセの方に手を伸ばした。
それぞれ鶏肉を口に運んだかと思えば、二人ともスペアリブ組と同じく目を見開く。
「美味しい……!」
「うん……! ホワイトソースがよく絡まってて美味しいよ!」
こちらも口に合ったらしい。
とりあえずメインどころはどちらも成功と言えるだろう。
自分の中では完璧にできたと思っても、結局食べてくれる奴らの口に合わなければ意味がないからな。
これでようやく俺も安心して料理に手を付けられる。
「……それにしても、思ったよりも早く解決したわね。今回の件」
皆で料理に手を付けていると、思い出したかのようにカノンが口を開いた。
「結局、凛太郎の昔馴染みっていう天宮司さんとはどうなったの?」
「ま、これからも仲良くお友達でいましょうって感じかな。あいつもずいぶんと家柄に振り回されたみたいだし、向こうが諦めてくれた今、変にいがみ合う必要もなくなったからな」
「ふーん……昔の恋心が燃え上がったりはしなかった?」
「あー、そいつはなかったな」
結局途中で自分の本心に気づかされたし、俺にとって天宮司への恋心はとっくに過去のものになっている。
そこだけは少し時間が経った今でも揺るぎない。
「そう言えば、お父さんとも仲直りできたんでしょ? よかったわね」
「仲直りって……まあ、それに関してはお前のおかげもでかい。ありがとうな、カノン」
「何よ。素直にお礼を言われると照れるじゃない」
カノンは少し頬を赤らめ、俺から視線を逸らす。
そんな彼女の態度を見て、玲とミアは俺の方に訝しげな視線を送ってきた。
ああ、確かカノンの家で色々話したことについては二人に何も伝えていなかったな。
別に丁寧に解説する必要もないと思うけど。
「親父とは今後も必要以上に連絡を取ったりすることはねぇと思う。俺も親父も、そういうのは柄じゃねぇからな」
自分でそう口にして、去り際にソフィアさんから言われた言葉を思い出した。
俺と親父が似ているって話。あれはもしかすると、顔のことじゃなくて性格のことだったのかもしれない。
――――だからと言って似ているとは思えねぇなぁ。
「凛太郎君のお父さんって、どんな人なのかな?」
「えぇ? んー……一言で表すなら仕事人間だけど、別になんか面白い人ってわけでもねぇぞ?」
「だとしても、今度会ってみたいな。ぜひ挨拶しておきたい」
「挨拶?」
ミアはニコニコと笑みを浮かべながら、俺を見ている。
不気味だ。あまりにも不気味だ。
「私も挨拶したい。凛太郎にはいつもお世話になっているから、お礼を言わないと」
「ああ、そんなの別にいいのに……でもそういうことだったら、今度連絡してみるわ。仕事が忙し過ぎて全然予定合わない気がするけど」
これに関しては玲にも言える。
多忙な社長に、多忙なアイドル。
どう足掻いても予定が噛み合う気がしない。
「確かにあたしらもこれからもっと忙しくなるしねぇ……っと、あたしもこっちの……なんだっけ?」
「フリカッセな」
「そうそうフリカッセをいただくとするわ」
そんなとぼけたことを言いながら、カノンはフリカッセの鶏肉の方に手を付ける。
鶏肉を口に入れたカノンは、しばらく咀嚼した後に驚愕したような表情を浮かべた。
「んっ! ソースで煮込まれてるはずなのに、皮がまだパリッとしてるわ」
「ん? ああ、先に鳥肉の皮がある方を焼いておくんだ。そうすると油っぽさも軽減できるし、芳ばしさを付けることもできるんだよ」
「へぇ……! 相変わらず工夫が行き届いてるわね」
「まあな。最近また一から料理を学び直してるんだ。どうせならもっと極めたいと思ってな」
玲の母親である莉々亞さんの料理を食べてから、俺のモチベーションは爆上がりしていた。
酒一つで仕上がりが変わる奥深さ――――まだまだ俺は未熟者なんだと、悔しさがこみ上げてくる。
やはり将来の嫁には、最高の料理を届けてやりたい。
今後は料理本をそのままなぞるだけでなく、あらゆる工夫を試していこうと思っている。
「うーん……これ以上凛太郎君が料理上手になったら、ボクらは増々君から離れられなくなるじゃないか。その時は責任を取ってくれるんだろうね?」
「ははっ、おう、そん時はまとめて面倒見てやるよ」
「え?」
こいつらが俺の料理を求めてくれるのなら、それには応えてやりたい。
人生の大きな転機に、こいつらはいてくれた。
この恩は、一生かけて返していく。
まあ、さすがにこいつらもいずれ俺の下から離れていくとは思うけどな。
そのうち旦那や嫁だってできるだろうし、俺のところに毎回飯だけ食いに来るわけにも――――。
「……あんた、それ本気?」
「え?」
そんな俺の考えとは裏腹に、カノンたちはえらく真剣な眼差しで俺を見ている。
あれ? もしかして俺変なこと言ったかな。




