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36-1 終わりよければすべてよし?

「――――ってわけで、今回の件は一通り解決したんで」

『そっかぁ……本当によかったね』


 俺は天宮寺との再会から始まった一連の流れの決着を、電話で優月先生に報告していた。

 優月先生には俺の恋人役の相談なんかもしていたし、その時にだいぶ心配させてしまっていたため、事態がどう転ぼうとも必ず報告すると決めていたのである。


『それにしても……まさかあの“堅物”を堕とすなんてね……』


 堅物とは、俺の父である志藤雄太郎のことを言っているのだろう。

 堕とすという言葉に少し違和感はあるものの、まあ……やったことはあながち間違っていないか。


『凛太郎、もしかしてビジネスマンの才能があるんじゃない?』

「やめてくださいよ……」

『あはは、ごめんね! 凛太郎はうちのアシスタントとしてずっと働いてくれるんだもんね!』

「え?」

『え?』


 おかしなことを言う優月先生だ。

 締め切りが辛すぎて頭おかしくなっちゃったのかな?


『……ごめん、調子に乗りました』

「あの、しばらくは恩があるんで強めのツッコミがしにくいんですよ。その辺り分かってもらえると助かります」

『すごい真面目な返し……でも、本当に解決してよかったね。凛太郎が苦しまないようになればいいなって、ずっと思ってたからさ』


 電話越しに優月先生の優しさが伝わってくる。

 この機会でようやく俺と親父は家族になれたのかもしれないが、この人はそれ以前から俺のことを身内として扱ってくれていた。

 俺にとっては歳の離れた姉と言っていいだろう。

 いざという時に頼ることができる、頼もしいお姉ちゃんだ。


「まあそんなわけで、そろそろ自由に動けそうなのでまた職場に戻ってもいいっすか?」

『ほんと⁉︎ 助かるぅ……! そろそろ修羅場りそうだったから、戦力が欲しかったのぉ』

「修羅場って聞いたらあんまり行きたくないっすけどね……」


 死ぬと分かっていて戦いに行きたがる奴が世の中にどれくらいいるのだろうか?

 少なくともこの現代日本には全然いねぇだろうな。


「じゃあ、今日のところはこれから予定があるのでこの辺で。またシフトに関しては提出します」

『予定?』

「全部が終わった打ち上げっていうか……世話になった連中にお礼する会を開く予定なんだ」

『お礼する会⁉︎ 私も行きたいんですけど⁉︎』

「締め切り大丈夫なんですか?」

『……今日のところは勘弁してあげるわ』


 大丈夫じゃないんだ……。


「その、ガチでやばくて人手が必要なら行きますけど……」

『ああ、ごめんごめん。時間は厳しいけど、人手は足りてるから大丈夫! 今日のところは気にしないでパーティーしてきなよ。頼る時は遠慮なく連絡させてもらうからさ!』

「……分かりました、それならお言葉に甘えます」


 それからしばし世間話をしてから、俺は通話を終えた。

 この先も、できれば優月先生に心配をかけずに過ごしていきたいものだ。

 元々多忙な人だし、いらない心労を抱えて欲しくはない。


「さて、と」


 俺はそんな言葉と共に、腕まくりをする。

 そしてこの家のキッチン――――志藤家の台所を見渡した。


「予想はしてたけど……全然使われてねぇな」


 そんなことをつぶやきながら、俺はピカピカのコンロを眺めた。

 そう、ここは俺が小さい頃に住んでいた志藤の家。

 玲の家と同じくらいの立派な家。

 母親のことはあまり思い出したくないが、ここにいると嫌でも脳裏によぎる。

 しかし、まあ、それによって気分が沈んだり体調が悪くなるということはない。

 俺はちゃんと過去を乗り越えられたのか心配だったが、どうやら問題はなさそうだ。

 で、どうしてここで料理をしようとしているかと言えば、今日のパーティーの場所がこの家だからってことに他ならない。

 来てくれる奴らは、ミルスタの三人と、我が親友の雪緒。

 今回の件でたっくさん心配をかけたわけだし、この辺りでお礼をさせてほしいと提案したのが今日のきっかけとなった。

 この家を会場に選んだのは、本当になんとなく。

 強いて言うのであれば――――俺はもう過去を吹っ切ったという証明がしたかったのかもしれないな。


「料理なんて全然しないくせに、やたらと調理器具は揃ってるんだよな……」


 俺はいろんな棚を開きながら、そんなことをぼやく。

 あの親父のことだ。メーカーに頼んで適当に揃えたに違いない。

 現にここにある調理器具はどれも同じメーカーのものだ。

 いいなぁ、うちよりも調理器具の種類は豊富だし。


「じゃあ、やるか」


 俺は冷蔵庫から食材を取り出し、今日振る舞う予定の食材たちを並べていく。

 つーか、この冷蔵庫もだいぶいいやつだ。

 マジで欲しい。頼んだらくれねぇかな?


「まずは肉から行くか……」


 俺はスペアリブを手に取り、キッチンペーパーで水気を拭き取る。

 塩胡椒で下味をつけた後、フライパンで焼き色がつくまで火を通した。

 そんでもって、ここから活躍してくれるのが――――。


「……くそ、これも欲しいのになぁ」


 コンロの上に置いた“圧力鍋”を見て、俺はまたもやぼやく。

 圧力鍋は本当に便利な代物だ。

 最初は圧力をかけるってなんぞやと思っていたが、使ってみるともうこれなしでは生きられない体になってしまった。

 まずなんといっても最強の時短術になるという点。

 もちろん料理によるが、これがあれば何時間も煮込まなければならない料理が数十分程度で終わる。

 スペアリブはほろほろに柔らかくすることが大事な食材。

 フライパン一つでも柔らかく調理することはできなくもないが、こういう部分で妥協はしたくないのだ。


 醤油やみりん、砂糖におろしにんにく。

 そして臭み取り用の酒と、少量の生姜を足して、圧力鍋の中にスペアリブと共に入れる。

 ここで蓋をして、中火でしばらく。

 やがて圧力鍋の機能で加圧が始まるため、ここからは数十分放置しておけばいい。

 まあ便利なこと。


「この間に……っと」


 俺は加圧が終わるまでの間にもう一品作るために、鳥もも肉を手に取った。

 スペアリブ含め使う食材的にかなり肉肉しくなってしまうが、食うのは食べ盛りのアイドルたちだ。

 雪緒も一応男なわけで、人並みには腹のキャパがある。

 米などの炭水化物を用意していないこのパーティーでは、一品一品にボリュームがあればあるほどいい。

 ってなわけで容赦無くこの鶏肉を使っていくわけだが、まずはこいつをきのこなどと合わせて食べやすいサイズに切っていく。

 そしてフライパンにサラダ油とニンニクを入れて、ニンニクの香りを油へと移した後、鶏肉の皮面を焼き色が着くまでじっくりと焼く。

 一旦鶏肉は取り出し、代わりにキノコ類とバターを同じフライパンで炒め、白ワインを回しがけした。

 ちなみにこの白ワインはこの家に元々あった物で、自分の手で購入した物ではないと一応伝えておく。

 そしてアルコールが飛んだ瞬間を見計らい、生クリームとコンソメスープの素を加えて汁気が減るまで煮詰める。

 最後に粉チーズと胡椒をかけ、味を整えて完成なのだが、これまた煮詰めるまでに時間がかかるため、しばらく待機だ。

 この料理の名前は、“鶏肉のフリカッセ”。

 フリカッセとは白い煮込みという意味らしく、まあ簡単に言ってしまえば、シチューに近い煮込み料理ということだ。

 どちらもこれから二十分ほど煮込む必要があるため、これでだいぶ暇な時間ができたわけだが――――。


「ん?」


 その時、ぴんぽーんと家のインターホンが鳴り響く。

 どうやらあいつらが到着したようだ。

 

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