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35-2

 俺の目的を聞いた親父は、しばらく言葉を失っていた。


「……それは、あまりにも難しいことだ。向こうの会社は規模だけでなく歴史も深い。簡単に買収することなど――――」

「でも親父、不可能とは言わねぇんだな」

「……」


 痛いところを突かれたとばかりに、親父の眉がピクリと動く。

 そう、不可能では無いのだ。

 俺の見立てが間違っていなくてよかった。

 マジでホッとした。


「実のところ、さっきの役員の人から天宮寺グループの資料も見せてもらったんだよ。もちろん内部データじゃないから完璧とは言えねぇけど、それでも概ね正確な資料だと思った。そんでその資料を見る限り、向こうには伸び代のある事業はなく、現状だと昔から取り組んでる商売が連中の支えになっているってことが分かったんだ」


 結局のところ、それ以外の事業が上手くいっていないため、全体の業績が右肩下がりになっているわけだ。

 このままだと数十年後にはだいぶ落ちぶれていることだろう。

 その時に割を食うのは、きっと彼女だ。


「つまり、向こうの太い商売をいくつか買い叩くだけで、天宮寺グループは存続していくことが難しくなる。そうすりゃ少しでも長く生きていくために、他の事業ごと無償でこの会社に取り入ろうとするだろう。要は向こうに頭を下げさせるって寸法さ」

「確かにそれであれば、我々が買い叩く事業は少なくて済むが……」

「相手方が手放すかどうかって話なら、問題ねぇ。向こうの社長、天宮寺秀介は、経営技術に難がある。これくらいは誰かに聞かなくても調べりゃ出てくるからな。今の天宮寺グループは、他の幹部役員に支えられているって説が濃厚だ」

「……その見立ては私も同じだ」

「だろ? で、どうせそいつらみたいな役員は、無能な社長に不満を抱えているはず。まずうちで天宮寺グループの株を大量に買って、その上で優秀な幹部たちに高待遇をチラつかせてやれば、きっと根こそぎこの会社の味方になってくれるだろうよ」


 俺の話を聞いていた親父は、再び絶句した。

 まあ、さすがに無茶だったんだろう。

 俺の話もほぼ素人意見だし、長らく経営者を務めてきた親父からすれば、きっと鼻で笑い飛ばすような内容だったに違いない。


「……驚いたな」


 しかし、ようやく口を開いた親父から飛び出してきた言葉は、俺の予想とは違うものだった。


「確かにその方法なら、天宮寺グループの買収に勝算が生まれる。我が社としても、アミューズメント系の事業はほしいと考えていたところだ。テーマパークを作ろうとすれば一から土地を選び、そこからさらに建設するための資金と時間を作らねばならない。だが天宮寺がすでに持っている土地や施設を利用すれば、そこの問題は一気に解決する。買収ならこちらに有利な形で事業を獲得できるし、利益を持っていかれることもない」


 親父は側に控えていたソフィアさんに何かを命令すると、彼女はすぐにノートパソコンを持って戻ってきた。

 テーブルの上でパソコンを広げた親父は、そのままキーボードを叩き始める。


「時間はかかるが、我が社がすでに持っている関係を使えば天宮寺グループの幹部たちをこちら側に落とすことも可能だ。少なくとも一年以内には、天宮寺グループを我が社が吸収するという話を現実にすることができるだろう。もちろん、お前の考えたプランがすべてそのまま実現できればの話だが」


 ま、マジかよ――――そんな言葉が口から漏れそうになったが、俺は懸命に堪えた。

 当然だって顔をしていた方が、なんかかっこいいだろ?

 理由なんてそれだけだ。


「じゃあ、できるってことでいいんだな?」

「……ああ。しかし、何故お前がそれを望む? この会社を継ぐ気はないはずだろう」

「確かに俺はこの会社を継ぐ気はねぇ。だけど……この方法を使って、どうしても助けてやりたいやつがいるんだ」


 頭の中に、つい最近和解できたあの女の顔が浮かぶ。

 彼女のためにこんなことをする義理なんて、どこにもないのかもしれない。

 むしろあいつにとっては余計なお世話になるかもしれない。

 ただ、それでも……。


「こう見えても、俺はあいつの――――天宮寺柚香のヒーローだからな。あいつが苦しんでいるなら、力になってやりたいんだよ」


 そう口にした途端、あまりにも恥ずかしくなって目が泳いでしまう。

 さすがに実の親の前で格好つけすぎたか?

 ……まあ、いいか。少しでも俺の熱意が伝わってくれるなら、それでいい。


「あの娘を助けたいわけか……なるほど、私では思い至らない考えだ。しかし、それなら彼女の求婚を受け入れればよかったんじゃないのか?」

「それは無理だ。俺はあいつに対して恋愛感情を持ってないからな」

「……?」


 どうやら親父は、俺が天宮寺のことを好きだから助けようと思っていると思ったらしい。

 それはそれで理解できる考え方だが、俺の場合は違う。


「あいつを助けるために取る俺の行動は、全部俺の想いを貫くためのものだ。結局のところ、俺はマシな人間になりたいんだよ。誰かを助けることができる……誰かを支えるために動くことができる人間になりたいんだ」

「……」

「だからこの話も、別に天宮寺が助けを求めてきたから動いているわけじゃない。全部俺の身勝手な考えから始まったもんだ」


 あいつからすれば、ありがた迷惑で終わる可能性だって十分にある。

 しかし、たとえ余計なお世話だったとしても、俺は自分のために天宮寺を助けるのだ。

 それが、自分を好きになることができる生き方だから。

 俺はこれからも、自分のために、自分が好きなように生きていく。


「これで十分根拠は示しただろ? この会社にも大きな利益があることだって分かった。ここまで条件が揃ったわけだし、そろそろ返事を聞かせてほしい」

「……」


 それからしばらく、親父は手元の資料やパソコンの画面と睨めっこしていた。

 そして熟考の末、ようやく口を開く。


「――――分かった、お前の提案を呑もう」

「っ……!」


 思わずガッツポーズが飛び出していた。

 親に自分の我儘を聞いてもらっただけ。

 そう聞けば大したことでもないように感じるが、俺の中では世界がひっくり返るくらいの大事である。


「ただし、お前も分かっていると思うが、買収して吸収するまでにはそれなりの時間がかかる。一年以内に話をつけるところまでは持っていくが、その先はどれだけかかるか分からないぞ」

「話をつけてくれるだけでも上等だ。要は天宮寺柚香の他社との婚約話がなくなればいいんだからな。たとえ何か問題が起きて上手くいかなくても、政略結婚のことなんて考えている暇ないくらい天宮寺グループを引っかき回せればそれでいい」


 そう、必ずしもこの話が最後まで上手く必要はないのだ。

 俺からすればこの志藤グループも、天宮寺グループもどうでもいい。

 あいつの自由に繋がるなら、それでいい。


「ふっ……なるほど、お前は私だけでなく、この志藤グループすらも利用しようとしているわけか」

「これまで散々俺に寂しい想いをさせたわけだし、これくらいの我儘聞いてくれてもいいんじゃねぇか? なあ、親父」

「それを言われると私には立つ瀬がないな。……分かった。この話、全力で乗らせてもらう」


 俺と親父は、固い握手を交わした。

 これが親子としてあるべき姿なのかは分からない。

 しかし今はこの形が一番心地いいと感じる。

 俺とこの男の関係は、きっとこれでいい。

 

 こうして、俺――――志藤凛太郎と、その親、志藤雄太郎のわだかまりは、十年近い歳月を経てようやく改善されることとなった。

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