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31-2

 しばらくして少し冷静になった俺は、玲の後を追うことにした。

 玲が飛び出して行った理由は分からない。分かってはいけない。

 俺に分かることは、このまま放っておいてはいけないということだけ。

 突然の出来事に対してフリーズしてしまうのは俺の悪い癖。

 今後は自分でも改善していかないと――――なんて話は後回しにして。


(くそっ……! 玲が出て行ってからどれだけ経った⁉)


 スマホに表示された時間を見るに、二分ほどはあたふたしてしまっていたようだ。

 壁にかけていた上着をひっつかみ、部屋着の上から羽織って玲を追いかける。

 しかし玄関から飛び出そうとした瞬間、突然室内にインターホンが鳴り響いた。


「っ、こんな時に……!」


 一旦は無視しようと思った俺だったが、すぐに違和感に気づいた。

 このマンションはオートロック。

 まずはマンションの敷地内に入るための扉があり、外部から来た者は最初にその扉を開けてもらわなければ居住者に会えない。

 そして居住者各々の部屋にも個別のインターホンが備え付けてあるのだが、オートロックと個別のインターホンの音はそれぞれ違う。

 今鳴り響いたのは、俺の部屋の前にあるインターホンの音だ。

 つまり、玄関先に誰かが来ているということ。

 玲が戻ってきたのかもしれない――――。

 そう思った俺は、すぐに玄関扉を開けた。


「玲⁉」

「……ごめんね、レイじゃなくて」

「え、あ……み、ミア?」


 玄関先にいたのは、ラフな格好をしたミアだった。

 そしてその隣には、見覚えのある赤髪が立っている。


「ちょっとお邪魔するわよ、りんたろー」

「なっ……! ちょっと待ってくれ! 今から俺は玲を探しに――――」

「そのことについて話があるから、さっさと中に戻って」

「……っ」


 カノンに胸を押され、俺は部屋の中へと戻された。

 そして訳が分からないまま、突如として訪ねてきた二人によってリビングに置かれたソファーに座らされる。


「先にこれだけは伝えておこうと思うんだけど、レイのことならひとまず心配しなくていいよ。ボクがコンビニから帰ってきた時にたまたまそこの廊下で鉢合わせてね。様子がおかしかったものだから、ひとまずボクの部屋で休ませてる。……本人も自分の感情に振り回されて、訳が分からない状態だったみたいだからね」

「そ、そうか……」

「ボクらは、どうしてレイがそんな状態になってしまったのかを聞きに来た。よかったら聞かせてくれないかな」


 ミアとカノンの視線が俺を貫く。

 よかったらとは言いつつも、二人は俺から事情を聞くまで帰ろうとはしないだろう。

 冷静になって考えれば、この話は彼女らにも関係のある話。

 俺はさっきの玲との会話を、包み隠さず二人に伝えることにした。


「……なるほどね、あの時頭がすっきりしたって言ってたのは、レイから離れるって選択肢を思いついたからなのね」

「ああ、そうだ」

「だとしたら……えいっ」

「あだっ⁉」


 突然、俺の額にカノンのデコピンが炸裂した。

 思いがけぬ痛みに動揺していると、カノンは俺の胸倉を掴んで顔を寄せてくる。


「あんたのやろうとしていることは多分間違っていないし、あたしたちからしてもそうしてもらえるのは正直すごく助かるわ。炎上ネタなんて、一つでも少ない方が安心して過ごせるもの。でもね……」

「……」

「女心ってやつは複雑なのよ。レイだってあんたの提案が間違っていないことくらい分かってる。だけど感情がそれを受け入れたくないって訴えるから、頭と心がチグハグになって苦しんでるのよ。今のデコピンは、レイを苦しめていることに対しての制裁。よかったわね、あんたの考えが間違ってなくて。もしそれも間違っているようなら、デコピンじゃ絶対に済ませなかったわ」

「……ああ」


 俺がシャンとしたのを見て、カノンは手を離す。

 自分の考え自体は間違っていない。

 その事実が土台となり、俺はようやく状況を正しく呑み込めた。


「最後にこれだけは言っとくけど……あんたは何も悪くないわ。当たっちゃってごめん」

「……いや、むしろ助かったよ」


 俺は自分が冴えているとは思わないし、思えない。

 見栄を張って大人っぽく振舞うことはあれど、本当に大人というわけではない。

 自分はまだまだ"学び"の中にいる。

 正しさだけがすべてを解決するとは限らないことを、俺は今日知ることができた。 


「ボクはまだすべての事情を聞いたわけじゃないけど、君は悪くないってことくらいは分かるよ。そしてレイも、ボクらも悪くない。悪いのは君に降りかかっている理不尽だろう? 君がそれをなんとかしたいと思っているなら、ボクらも協力したいんだ」

「それは……助かるけどさ」


 しかし実際のところ、距離を取る以外の方法は存在するのだろうか?

 玲、またはミアでもカノンでも、俺が彼女たちと共にいるところを写真に撮られないようにするというだけなら、お互いに示し合わせて気を付け合うことで可能かもしれない。

 しかし同じマンションに住んでいる以上、どうしても物理的な距離を誤魔化し続けるのは難しい。

 帰りが一緒になるとか、朝にマンションを出る時間が被ったりすることも危険なわけで。

 毎日毎日ビクビクしながら生きるなんて、そんなの絶対に健全ではない。


「ひとまず、レイも入れて一緒に四人で話さない? ボクらとしても複雑な話になったら共有が難しいし、レイも仲間はずれは嫌だろうし」

「そうだな……」

「凛太郎君。もちろん君が連れてきてくれるよね?」

「……分かってるよ」


 ミアは、俺に玲と話す時間をくれようとしている。

 俺もそれを理解した上で、その頼みに乗っかった。


「これだけは覚えておきなさい、りんたろー。二人の間にどういう事情があっても、どういう関係だったとしても、女を泣かせちゃったら男の負けよ」

「なんつー理不尽な話だよ、それ」

「世の中理不尽なことだらけ、でしょ?」

「……ああ、そうだな」


 俺は苦笑をこぼして、自分の部屋を後にする。

 そう、この世は理不尽だらけ。

 玲の気持ちも、この二人の気持ちも、天宮司の考えも、そして……俺の気持ちや考えも。

 すべて各々の相手からすれば理不尽の塊。

 改めてそれを理解した俺にできることは、精々振り回されないよう、自分の理不尽を曲げないようにすることだけだ。


◇◆◇


 玲はミアの部屋にいる。

 自分の部屋を出た俺は、そのままミアの部屋のインターホンを押した。


「……」


 少しの沈黙の後、部屋の扉がゆっくりと開いていく。


「凛太郎……」

「よお、さっきは悪かった」


 俺は玲に対して頭を下げた。

 共用部である廊下で頭を下げるだなんて少々迷惑な話かもしれないが、このフロアは俺たちしか使わない部分だから大目に見てもらいたい。


「凛太郎は悪くない……むしろ、私の方が取り乱してごめん。今辛い状況にいるのは、絶対凛太郎なのに」

「確かにまあ、俺の置かれてる状況はいいとは言えねぇけど……俺にとってはそういう状況ってだけで、人から見れば贅沢な話かもしれねぇしな」


 天宮司柚香は、男から見て抜群の美少女だ。

 持つべき者というやつだろう。

 その美貌は、ミルスタの三人と比べても見劣ることはない。

 そんな彼女と婚約できるというなら、無条件で飛びつくという男は何人でもいそうだ。


「だけど、俺は今のこの状況から抜け出したい。だから……玲、お前にも協力してほしいんだ。この先も、ずっと一緒にいるために」

「……っ」


 離れたくないから、今は離れるということも選択肢に入れる。

 難しい話に聞こえるが、事は単純だ。

 協力という言葉、これが大事になってくる気がする。


「……うん、分かった。凛太郎のためなら、協力する」

「ああ……ありがとう」

「私は凛太郎とずっと一緒にいたい。長く、長く、一緒にいたい。だから仮に今離れなくちゃいけなくなっても、それが今後のためになるなら受け入れる」


 そう告げる玲の目は、すでに覚悟が決まっているように見えた。

 そんな彼女を見て、俺の胸には何か熱いものが込み上げてくる。


「……ミアもカノンも、今回のことに協力してくれるみたいだ。今から少し話せるか? できれば知恵を貸してほしい」

「分かった。少しでも上手い方法がないか、考えてみる」


 玲が俺の方に手を伸ばす。

 俺はその手を取り、彼女をミアの部屋から連れ出した。

 

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