26-3
教室に戻ってベースを回収した俺は、校庭に戻ってステージの裏手へと回る。
その頃にはすでにミルスタのライブは終わっており、生徒たちは手持ち無沙汰な状態になっていた。
何人かは彼女らが出て行くところを見届けようと残っているが、ほとんどの人間が例年通りの後夜祭を過ごそうとしている。
「あ、凛太郎」
「すげぇ普通に話しかけてくるじゃん、お前」
「だって、他に人はいないから」
見届けようとしている連中がいるということは、まだミルスタはステージの裏から退散していないということ。
特段会うつもりはなかったが、冷静に考えてみれば、こうして鉢合わせすることは当然だった。
「どのみちあたしらはしばらく出て行けないからね。せっかくだし、あんたの演奏を聞いてから帰ることにするわ」
「おい……プレッシャーかけんなって」
「大丈夫よ。あんたは十分やれてたし、自信持ちなさいって」
一番楽器が上手いカノンに言われると、少しだけ自信がついてしまうのが悔しい。
向こうもそれを理解しているのか、どこかからかうような目で俺のことを見ている。
せめてもの抵抗として、感謝だけはしないでおいた。
「ボクも見ていくつもりだよ。君のファンとして、晴れ舞台は見届けないとね」
「お前が俺のファン? 冗談だろ」
「ううん、本当だよ。ボクの心は君にゾッコンさ」
何だか言い方が古いなぁ。
ミアの言うことは、いまいち本当かどうか分かりにくい。
まあ、ここも冗談半分で聞き流しておくべきか。
「っていうか、出て行くつっても騒ぎにならないようにできるのか? 後夜祭も結構人は残るけど……」
「大丈夫。また変装して、うちの学校の制服で紛れ込むから」
玲に続いて、カノンが地味メイクなら任せなさいと豪語するものだから、ここは納得せざるを得なかった。
俺も彼女たちの心配ばかりしている場合じゃない。
『おい祐介、シンバル落とすなよ?』
『分かってるよ……っ。い、意外と重いんだな、これ』
ステージの向こうから、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
そろそろ彼女らとは他人のフリをしなければならない。
「お、凛太郎! 先に来てたのか!」
「うん。あ、ドラム運んでたんだね。ごめん、気が利かなくて」
「ああ、これか? 別に気にしなくていいぜ。吹奏楽部の先生に見つかって、ついでだから運べってこき使われちまっただけだからよ」
そう言いながら、堂本は空いている場所にドラムセットを置き始める。
俺は柿原が持っていた方のシンバルを手伝いに行き、同じ所へと置いた。
そして一息ついた堂本が、後ろに控えていたあの三人に気づく。
「うおっ⁉ の、残ってたのか――――じゃなくて! 残ってたんですか⁉」
「あ、ごめんね。騒ぎになっちゃうから今すぐ出て行くわけにはいかなくて。隙を見て出て行くから、ボクらがここにいること許してくれるかな?」
「も、もももももちろんです!」
あの男気に溢れ、男が憧れる男筆頭の堂本が、縮こまりに縮こまって頭を下げている。
本当に申し訳ないんだけども、こんな姿は見たくなかったなぁ。
まあ彼も純朴たる男であることに間違いないということだろう。
「お、乙咲さん……その、一応クラスの文化祭実行委員だから言わせてもらうんだけど……俺たちは乙咲さんが手伝ってくれなかったなんて全然思っていないから。君には、あんまり引きずらないでほしい――――と、思ってる」
「……うん、ありがとう。そう言ってくれると、少し救われる」
柿原のフォローによって、玲の表情が柔らかくなる。
言葉にしてちゃんと伝えてもらうということは、一つの安心材料なのだ。
「――――そういやぁよ、俺たちって何て言ってステージに上がるんだ?」
「え?」
「一応バンド名みたいなのってあった方がいいんじゃねぇのか? 周りは決めてるみたいだったぞ? ステージ順が書かれてるやつ見せてもらったけどさ」
そう言えば、確かに一度たりともバンド名を決めるなんて話はしなかった。
人前で演奏するなんてこれっきりだと思うし、そもそも決めるつもりがなかったというのが本音である。
「あった方がいいのか? 考えたとしても、それを堂々と名乗って出て行くのはちょっと気が引けるんだけど……」
「でも格好つかなくねぇか? 今のところ柿原バンドで登録されちまってるんだぞ?」
ううむ、それは格好がつかない気がするな。
「例えばだが……ミルフィーユボーイズとか――――な、なんつってな!」
――――それはどうなんだろうか。
堂本も冗談のつもりのようで、チラチラとミルスタの三人の反応を窺っている。
しかしおかげでだいぶハードルは下がったように感じた。
「いいと思う。ミルフィーユボーイズ」
「……え?」
彼の冗談によって出来上がっていた何とも言えない空気が、玲の鶴の一声によって一刀両断された。
何を思ったか、玲はミルフィーユボーイズという自分たちのユニット名を擦った名前を"いい"と言ったのだ。堂本がアホみたいな声を漏らしてしまうのも無理はない。
「お、乙咲さん……いいの?」
「うん。ミルフィーユ自体は私たちのものじゃないし」
俺の問いに、玲はあっけらかんと答えてみせた。
そういう問題ではないという気持ちはあるが、こんな直前になって他にいい名前が思いつくわけもなく。
柿原も堂本も訳が分からないと言った様子だし、とりあえずはこの名前で行くしかなさそうだ。
「まあ面白いんじゃない? 他の人たちからは受け狙いって思われるだろうし」
「た、確かにそうっすね! へへへ!」
カノンの茶々入れに対して、堂本が照れたように頬を掻く。
――――堂本も男の子だな。
「じゃあ……俺たちのバンド名は、ミルフィーユボーイズってことで。竜二も凛太郎も、それでいいか?」
一つ頷く、俺と堂本。
そうして静かに、俺たちのバンド名は決定した。