3-2
ともあれ、だ。
「とりあえずは弁当を食ってくれ。冷める冷めないはこの際関係ないけど、早く食うに越したことはないからな」
「はっ、そうね。じゃああたしがレイの身の回りの世話を任せられる人材かどうか、きちんと食レポしてあげる――――ってうま⁉ 何この唐揚げ⁉」
「お前の反応は本当に忙しいな……」
口に入れてから反応するまでが早すぎる。ある意味こいつの食レポは受けるだろうな。
「うん、これは想像以上だね。冷めているはずなのにパリッとしているというか……煮込みハンバーグもびっくりするくらい柔らかいのに、形が崩れていない。しかもデミグラスソースの味は市販の物以上に完璧だ。これは玲が手元に置いておきたくなるはずだよ」
「お前の食レポは打って変わって完璧だな……」
「本当のことを言っているだけだよ」
三人が三人、それぞれが個性的なのがミルスタの長所なんだろうな。カノンとミアだけでこれだけの差があるというのに、残った玲の反応も二人とは全く違う。もう一心不乱に食っている。脇目も振らず、ただただ目の前の弁当に集中しているようだ。ちょっと怖い。
「ま、まあ? 及第点ってところね! これならレイの世話役を任せてもいいわ!」
「及第点って……お前一番最初に美味いって声上げてたじゃねぇか」
「べ、別に褒めたんだから文句ないでしょ⁉ 何⁉ もっと褒めればいいわけ⁉ じゃあ言ってあげるわよ! 美味いわ! 高級焼き肉店の特上牛カルビ弁当に匹敵するくらいね!」
「食ったことねぇけど、何となく分かるな……そっか、美味かったならよかったよ」
「あたしが手放しで人を褒めるなんて、この二人以外の相手にはほとんどないんだからね! 感謝しなさいよ! そして作って来てくれてありがとう! これで伝え残したことはないかしら⁉」
「ツンデレキャラかと思ったらめちゃくちゃ素直じゃねぇかお前」
見た目的には絶対そのキャラなのに。詐欺か? いや、別にこいつはそんなつもりじゃないんだろうな。
「凛太郎、ありがとう。とても美味しかった」
「もう完食したのかよ……そんなに急にかき込んで午後動けるか?」
「大丈夫。もう消化が始まってる感覚がある。むしろ体にエネルギーが行き渡って元気いっぱい」
「どうなってんだよ、お前の体」
多少は気を使って油をカットしてみたり工夫はしたものの、こんなに早く消化が始まる訳がない。きっと玲の体が特別なのだ。これ以上は踏み込まないようにしよう。
「……じゃあ、そろそろ帰るよ。役目は果たしただろ?」
「おや、そんな連れないことを言わないでおくれよ。よかったらボクらのレッスンを見ていかないかい?」
「レッスン?」
「そう。今から次のライブでやるパフォーマンスを最初から通しでやるんだ」
「だいぶ長くなりそうだな、それ」
「まあ二時間くらいかな。でも自分で言うのも何だけれど、ボクらのパフォーマンスを間近で見られる機会なんてそうないと思わないかい? それにボクとしては観客がいてくれた方が気持ちも上がるし」
「確かにそうだけど……」
俺は横目で玲へと視線を送る。
――――どうしてこいつも期待の眼差しで俺を見ているんだ。
立場上、どうしたって玲に弱い。俺が強く拒否すればきっと帰ることは容易だろうが、それではきっと玲が悲しい顔をしてしまう……気がする。
「わ、分かったよ……せっかくの機会、だしな」
「そうこなくっちゃね。ボクらも本番の気持ちで頑張るから」
ミアは楽しそうにスピーカーの方に近づき、素人には何をしているのか分からない操作をし始める。その横に座っていたカノンは、一つため息を吐いた。
「知ってる? あたしたちのライブのチケット代って定価でもそれなりに高いのに、転売されてるやつはその倍以上するのよ? ……もちろん転売する奴らは許せないけど、それでも買うっていうファンがいるくらい価値がある物なの。得したわね、あんた」
「そう言われてみると確かに得した気持ちになるが……」
「っていうか、人生損していないなら得なのよ! ほら、さっさとここに座る!」
「わ、分かったって」
カノンに肩を掴まれ、その場に座らされる。ちょうど三人を正面から見ることができる位置。確かにこれはファンならたまらない特等席だ。
損してないなら得。思いのほか胸を打たれる言葉だった。どうせ帰ってもやることなどないのだから、もう諦めてこの状況を楽しんでしまおう。
「凛太郎」
「何だよ……」
「見てて」
「……ああ、分かった」
俺のその言葉を聞いて満足したのか、玲はスタジオの中央へと立つ。そして横に並んだカノンとミアと目を合わせると、そっと目を閉じた。
わん、つー。
玲のカウントに合わせ、三人は一斉に跳び上がる。それと同時に、スピーカーから彼女らの曲が流れ出した。俺でも知っている、彼女たちのデビュー曲だ。
(やっぱり……全然違うな)
さっきまでの彼女たちとは、雰囲気が全く違う。
高低差はないはずなのに、すぐそこ――――手が届く位置にいるはずなのに、どういう訳だか遠い存在に見える。
まるでステージの上にいるような、そんな感覚。
中央に立つ玲が身を翻せば、それに合わせてカノンもミアもターンを決める。
驚いたのは、タイプが丸っきり違うはずの三人の動きが、この時だけは完璧に揃っているという点。
しかもそれを歌いながら行っている。
なのに、何故かそれぞれの個性と呼べる部分だけははっきりと顔を出していた。
素人の目では大した感想も口にできないが、きっとこれが彼女らを一流足らしめている部分なのだろう。
激しい曲から、しっとりとしたバラード、明るく可愛らしい曲まで、ミルスタの三人は完璧に歌い切り、踊り切った。
最後のポーズを決めてお辞儀をすると同時に、三人は大きく息を吐く。
これでライブ自体はおしまいのようだ。
思わず拍手をしていた俺に、玲は視線を向けてくる。
「……どうだった?」
「拍手の通りだよ。……すごかった。いい物を見させてもらった」
「なら、よかった」
ほっとしたような笑みを浮かべる玲の頬を、一筋の汗が伝う。
踊りながら歌う。それがどれだけキツイことなのかを、その汗が表していた。
「ふふん! ちょっとは敬う気になったかしら!」
「ああ、ここに来た時よりも尊敬の念は強まったよ」
「……何よ。手放しに褒められるとちょっと気持ち悪いじゃない」
「どうされたいんだよお前は……」
褒めたのに不満げな顔をされれば、こっちは立つ瀬がない。
とりあえずカノンは放置し、俺はミアへと視線を向けた。
「えっと……ありがとうな、ミア。本当にいい経験ができたよ」
「ならよかった。お弁当を持ってきてくれるなら、またいつでも見せてあげるよ。それだけボクは君の料理が気に入ったからね」
「ただの一般人の弁当のどこがそんなにいいのかねぇ……? 俺にはいまいち分からねぇや」
「何だろうね。でも、すごく温かい気持ちになったんだ」
「俺の弁当で?」
「そうだよ。やっぱり学生と芸能人を兼業していると、少しずつストレスが溜まってね。今は充実しているし楽しいんだけど……たまに普通に高校生活を送っている皆が羨ましくなる時があるんだよ」
「……ああ、なるほど」
「分かってくれるかい? 君のお弁当はね、そんなボクに『ただの高校生』の気持ちを思い出させてくれたんだ。これはすごくありがたいことなんだよ?」
ミアのその主張に、玲は頷き、カノンは黙って顔をそらす。
否定もされないということは、どうやら二人も同じ気持ちらしい。
ようやく玲が俺の料理を気に入った理由に納得がいった。
「そうだ、せっかくならボクと連絡先を交換しないかい? もうレイとは連絡を取り合ってるんだろう?」
「ああ……まあそれくらいは別にいいけど」
「うんうん。あ、ちなみに今から教えるのは仕事用じゃなくてプライベートのやつだから、絶対に人に教えちゃ駄目だよ?」
「晒さないから安心しろよ」
俺たちはそれぞれスマホを並べ、ラインの連絡先を交換する。
クラスメイトの名前がずらりと並ぶ中に、少しだけ異質な名前が紛れ込んだ。
「ちょっと! そこで交換し合ったらあたしだけ除け者じゃない! あたしとも交換してよ!」
「いいけどさ……別にラインする用事なんてありゃしないだろ?」
「こういうのは交換しておくことに意味があるの! いつでも連絡できるってだけで結構安心するんだから」
「それはまあ、確かに」
結局カノンともラインを交換し、俺の新しい友達の欄にアイドルが二人並ぶことになった。
それにしても――――宇川美亜、日鳥夏音って……ガチの本名じゃねぇか。
「これでよしっと。授業中とか夜なら相手してあげるから、面白い話の一つでも送ってきなさいよね」
「そんなところに労力を割くつもりはねぇ。あんまり期待すんなよ」
俺は服装を正しながら立ち上がり、彼女らの弁当箱を手に持った。本当に綺麗に食べきってくれたもんだ。箱が軽くてしょうがない。
「あ、玲。今日はどうすんだ? いつも通りなら飯作って待ってるけど」
「うん、お願いしたい」
「分かった。じゃ、改めて俺は帰るわ」
これ以上ここにいても邪魔なだけだ。俺は三人に背を向け、スタジオの出口へと向かう。
「りんたろーくん」
「何だ?」
「またね」
「……ああ、また」
また、か。
妙に胸に残るミアの言葉に惑わされつつ、俺はスタジオを後にする。
今日の経験を糧に、一つだけ決めたことがあった。玲が帰宅次第、このことは話すべきだろう。
受け入れてくれるといいのだが――――。
「二人とも、"例の件"は考えてくれた?」
「うん。ボクは問題ないと思ったよ。カノンは?」
「……最初はちょっと反対だったけど、信用できそうな奴ってことは分かったわ。……いいんじゃない? あたしも問題ないと思う」
「――――ありがとう。じゃあ、今日の夜に彼に話しておく」