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May be a problem〜僕の家族を紹介します〜

作者: 種トラ

1、僕


1-1初めての一人暮らし


 僕がこの地に来て5年。この地といってもここから実家までは車で20分ほどの隣町であるため、田舎から都会へ上京した仲間と比べると、引越しのうちにも入らないかもしれない。

 僕の家は農園付きの新築一軒家。風通しがよく、暑さが苦手な僕にとっては冷暖房費が掛からずありがたい。今となっては、そんな家を用意してくれた、おじさんに感謝している。

 おじさんは、一人暮らしが初めての僕をすごく気にかけてくれ、食事・掃除・洗濯など身の回りのことも全てしてくれるため、僕は毎日悠々自適に暮らすことができている。


 そんな、おじさんとの出会いは、半年前。。。


 温厚な両親と、6人兄弟の末っ子として育った僕の家族は、お世辞にも綺麗とは言えない賃貸住宅で暮らしてきたが、世間で言うところの絵に描いたような平和な家族だった。そんな僕たち家族も年齢を重ね、ここ数年で兄達は皆独立しそれぞれの家庭を持つようになり、結果、現在の家には両親と僕の3人で生活していた。両親との親子水入らずである3人生活は、変わらず平和で楽しい日々だった。

 そんな中、大家さんの所に、春先から見知らぬ人がよく通うようになってきた。その人は、40歳前後くらいのおじさんで、痩せ型の坊主。言葉も地元のものとは違い、おそらく関西出身の人ということは何となく分かった。

 どうやら、このおじさんは自分の建てた住宅に入居する人を探しているようで、知人である大家さんの所に相談に来ていたらしい。

 きっと、老後年金問題とか何かで不安になり、不動産経営でも始めようと思ったものの、入居者が決まらず困っているといったところか。


 そんな身の回りの少しずつの変化も気にせず過ごしていたある夜、僕は突然、身動きが取れなくなった。


 え!?



 あまりにも突然のことでパニック状態となったが、手足を何か紐のようなもので拘束されていることは感じ取れた。紐を解こうと抵抗を繰り返すも、上から押さえつけるその力はあまりに強く、僕の力では到底敵わない。そして、少しその力が弱まった瞬間、僕は思い切って振り返った。



 そこには、例のおじさんがいた。



 あまりの恐怖に僕は声も出すこともできず、僕はそのままおじさんの車に乗せられて夜の闇に引きずり込まれていった。突然連れ込まれた車内で聞こえるのはおじさんの息が上がった呼吸の音のみ。カーライトが照らす劣化が進んだ道路を見ながら、僕は不安と戦っていた。


 え!?どうなるの?


 え!?何される?


 え!?


 え!?


車が止まった。


 車から降ろされたそこには、広大な土地の中にまだ建てて真新しいと思われる一軒家がポツンとあった。


 「さ、今日から君はここで暮らすんやで」


 おじさんは僕にそう言ってきた。



意味がわからない。見ず知らずの人に突然連行され、出てきた一言がこれか。



そういうと、おじさんは何も言わず姿を消した。


 依然として繋がれた状態の僕は、この敷地から出ることもできず、どうして良いか全くわからないまま、しばらく呆然としていたが、突然降ってきた豪雨をしのぐため、仕方がなく家の中に入ることにした。外観だけではよくわからなかったが、その家は広く、しかし間仕切りがない。一言で言えば大きなワンルームのような家だった。



 これからどうしよう。



僕は考えた。


選択肢としては、3つ。

1つ目は、逃走を図る。

2つ目は、ここで暮らしチャンスを伺う。

3つ目は、このまま生き絶える。


 おじさんが姿を消したこの機会を逃す手はなく、1つ目の逃走は、当然だと考えたが、ここがどこなのかもわからない、逃げたところで周りに人がいるかどうかもわからない。最悪、それが原因で事態が悪化する可能性もある。


 そう考えると今の状況での逃走は部が悪い。こんな状況でこの判断がよくできたものだと自分でも冷静さに驚いた。


では2つ目はどうか。

幸いにも、家の中には十分な水や調味料も用意してあり雨風もしのぐことが出来る。しばらく状況を把握した上で、来るべきその時に向けて準備を重ねる。


よし。これはありだ。


最後に3つ目。


無い。こんなとことで終わりたく無い。


実質2つの選択肢の中から、まずは生きることを最優先に選び、チャンスを伺うことにした。

そうこうしているうちに、少し緊張糸がほぐれたのか、僕は気がついたら眠りに落ちていた。


翌朝、大きな音で僕は目が覚めた。

目が覚めたというより自分のお腹の音で起こされたと言った方が正しいかもしれない。それもそうだ。昨晩から何も食べていないのだから。

もう一つ、目が覚めて驚いたことがあった。昨晩は気がつかなかったが、昨日の豪雨による泥で部屋は相当汚れていた。

空腹と部屋の掃除。選ぶまでもなく僕は食料調達のために家の前の畑に足を伸ばした。昨日は気がつかなかったが、結構な種類の食材が家の前で取れることが散策をして分かった。これであれば当分は食うには困らない。

いくつかの食材を取り家に帰り驚いた。


家の中に入って、すぐに気がついた。

部屋が綺麗になっている。

今朝、気がついた部屋の汚れもなくなっている。。。


どういうこと?


翌日も、食料調達と逃亡のヒントを探しを兼ねて家の周を散策しに行った。

そして帰り、驚いた。新しい水や食べ物が家の中に置いてある。


その翌日もその翌日も、僕が帰ってくると家は綺麗に掃除され、水や食べ物も新しいものが用意されていた。不思議に思った僕は、この家で何が起こっているのかを確認するために、家を観察することにした。


翌日、いつものように畑に向かった僕は、畑に身を隠しながら家を観察していた。

すると遠くから人影が近づいてきた。


坊主頭で細身のシルエット。


あの、おじさんだ。


おじさんは、倉庫に置いてあった掃除道具を手に家の中に入っていった。手慣れた手つきのおじさんは部屋の掃除が終わると、キッチンで料理を始め、こちらも手早く済ますと何も言わずに去っていった。


翌日もその翌日もおじさんは、身の回りのことをやりにこの家に足を運び続けた。

その姿を見ているうちに、おじさんに興味を抱くようになった僕は、おじさんの前に現れる決断をした。


いつものように、家事をしているおじさんの前に僕は現れた。


「おう、どうや。ここの暮らしは。」


あの夜のことがなかったかのように話しかけてくる。何なんだこの人は。


「ここで取れるもんはみんな新鮮やろ。でも、それだけやと栄養バランス悪いから、色々持ってきたる。遠慮せず食えよ!」


遠慮以前に、聞きたいことが山ほどあるはずなのだが、何故かおじさんを嫌いになれない自分がいた。


それ以降、おじさんと過ごす時間が増えてきた。

時には一緒にキャッチボールをしたり、食事をしたり、おじさんの仕事を手伝ったり、同じ時間を共有すればするほどおじさんとの距離は縮まっていった。

この前も、一緒に食事をとった後帰りが遅くなったおじさんは僕の家(正確にはおじさんの家に僕が住んでいるのだが)に、寝泊りをした際に、


「今日は泊めさせてくれてありがとう。って、ここ俺の家やのに、なんかこっちが間借りしてるみたいやないか!」


始めは、どうにかして脱出することを考えていた僕だけれど、おじさんとの会話やここでの生活にまんざらでも無い心地よさを抱いている自分がそこにはいた。








1-2、おじさんとの生活


ある日、


「お〜い。今日はいいもの持ってきたぞ!」


と、おじさんが見たこともないような食材を持ってきてくれた。



???



 それまで僕は実家を出たことがなく、おまけに実家はテレビでよく映るような大家族。そのため、これまで旅行もろくにした事がなく、正直言って食にも疎い。

 でも、それでもハッキリしていることは、おじさんが手に持っているものは



すごくいい匂いがする!これは美味い!



ということ。どうやら、美味しいものはいいと体は分かっているようだ。

 おじさん曰く、仕事で北国に行ってきた際に、わざわざ取ってきてくれたそうで、季節限定のものとのこと。


いくらくらいするんですかと思わず聴きたくなったが、そこは流石に失礼だと思い言葉を飲み込んだが、僕では当然手に入れられないんだろうくらいのことは容易に想像できた。


 「よし!お前のためにさばいてやる!」


 おじさんは、見慣れない工具を持ってきて、目の前で殻をむき始めた。お世辞にも、手慣れた手つきとは言い難かったが(きっと、おじさんも普段あまり食べることはないんだろうな)、目の前で一生懸命剥いてくれるおじさんの姿を見つめていた。


 「よし!できたぞ!」


 お世辞にも、綺麗とは言い難いが、殻から外れた身はとても白く輝いていた。おじさん曰く、本来なら焼いたり、湯がいたりして調理するのが一般的だけれど、新鮮であるため、生でも大丈夫らしい。お腹を壊さないかと少し不安にもなったが一口食べて、気がついたら声に出していた。


 「う、美味〜!!」


 こんなに美味しい食べ物があるのか!弾力といい、鼻から抜ける風味といい、こんなもの、これまで食べたことはない!


 「そうか!美味いか!!」


おじさんは、嬉しそうに僕の顔を見つめていた。

その夜、僕とおじさんは、たわいも無い話をしながら夕食を楽しんだ。



1-3、見知らぬ女


最近おじさんが活発だ。

おじさんが隣に新しい家を建て始めたのだ。しかも、2棟。1棟は僕の家と同じくらいお大きさのもの。もう一つは、僕の家よりもひとまわり以上大きな家。今更、おじさんの行動を見て驚くことは無くなってはいたものの、やはり変だ。おじさんは村でも作ろうとしているのかな。と、冗談まじりで思っていた。


朝、目が覚めると、見知らぬ女が隣にいた。


年齢は僕より少し年上で痩せ型の体型。毛も染めており、修羅場をいくつもくぐり抜けて来たようなヤンキー臭がする。僕の一番苦手なタイプだ。ご承知おきのことだと思うが、僕の家族はみんな穏和であり、兄弟も反抗期らしい反抗期もなく、当然ながら、思春期にありがちなヤンキーへの憧れなどは一切抱かず、またそんな友人も周りには全く皆無だった。そんな、苦手タイプどストライクが一夜にして目の前に、いや、隣に現れたのだ。

少し、いや正直にいうとかなりビビりながら彼女の方を見た。彼女もまた、僕のことを明らかに警戒している。それもそうだ。誰だってこんな状況に置かれたら、そうなる。そうならない方がどうかしている。

でも、僕にはすで分かっていた。ここには、これまで数々のそんな状況を作り出してきた人がいる。



「おう!紹介するわ!今日からお前の嫁になるアンナや!よろしく頼むで〜」


僕は、知らぬ間に、初めて会った年上の女性と結婚していた。



アンナは無口だ。というか、誰にも干渉されたく無いのか、誰にも心を開こうとしないのか。それだけでなく、第一印象の通りヤンキー要素があり、暴力的だ。


例えは、食事の時。ダイニングに並べられた食事を二人で食べようとするも、大皿に乗った食べ物を取ろうとすると、これは私のよ!あんた何取ろうとしてんの!と言わんばかりに手を上げてくる。何度もいうが、穏和な家庭で育った僕にとってそれは、異国どころでは無いくらいのギャップと心と体へのダメージものだ。おかげで、僕の食は細くなり、一方彼女は。。。


1-4、監視カメラ


 近頃、人の視線を感じることが多くなった。とは言っても、この家に暮らすのは僕とアンナの二人。おじさんも僕たちが仮にも新婚であるからか気を使っているのだろうか、最近は必要最低限しか現れない。

 近所といっても、おじさんが建設中の新築くらいであり、そもそもここは人里離れた場所であるため人がいるはずがない。あるのは、毎夜観れる満天の星空くらいのものだ。

 突然の結婚ではあったものの、日々少しずつではあるが僕とアンナの距離は近づいている。もちろん、まだそういった関係には程遠いけれど。

 僕は、この少しずつ互いを理解しあってきている時間をアンナと大切にしていきたい。そう思うようになっていた。

 そういえば、僕の両親も知り合いの紹介でのお見合い結婚だと聞いているし、すでに物心つく前からのいいなづけがいた、初めて会った時から結婚が決まっていたなんてケースも昔はざらにあったと聞くし、僕らだけが特別というわけではないよな。と最近は思うようになってきた。

 完全におじさんに出会ってから考え方がおかしくなってるなと、少し頬を緩ませながら、窓の外に見える満天の星空を見上げていた。

 

「キラキラと星々が瞬くのは、地球には大気があってそのおかげで揺れて動く瞬きが見れるんやで」


以前おじさんが教えてくれたことを思い出しながら、夜空を見上げていると、赤く光る星を見つけた。他の星とは比べ物にならないくらい、赤く大きく光る星を見つけ、こんな星もあるんだ。少しくらいの出来事なんか気にしていても仕方がないよな。プラス思考で行こう。と見つめていると、他の星とは比べ物にならないくらい、その赤い星は点滅した。


赤い星が点滅した。


点滅した。


点滅した!?


静かな家に、小さな機械音が聞こえた。


カメラだ!


赤く光るその星は、僕らが見上げて楽しむものではなく、おじさんが僕たちを見下ろして監視するためのカメラの明かりだったのだ!


やばい!いよいよ、やばい!!

今までもやばかったけど、これはもう範疇なんでものではない!

監視されている!僕らの生活を!


やばい!やばい!やばい!



2、私


2−1、芽衣


 青 碧 蒼


 まさにその言葉で埋め尽くされてしまっているのではないかと思ってしまうほどの世界で私は生まれました。世界といっても、最近出来たコンビニに、お年寄りが集まり、病院検査の合間の新たな井戸端会議所になるような平和な世界。私、芽衣はそんな小さな南の島で生まれ育ちました。

 これといった観光名所もあるわけではないこの島は、最近になって世界遺産に選ばれるだの選ばれないだのといったニュースで忙しく、役場の人たちは毎日慌ただしくしているようでした。

 といっても、そんな世界も私にはあまり関係のないところで、というのもどんなところにも栄えている場所と栄えていないところがあるもので、私はこの小さな島の後者に当たるところで家族と暮らして来たからです。

私は他の子よりも足が速く、お父さんもお母さんも足が速いことで有名で、その血を受け継いだ私は町内でも1、2を争うようなスポーツ少女でした。

私自身も走ることが大好きでいつかは大きな舞台で活躍してみたいなと思っていました。小さい頃は、お父さんとお母さんとかけっこをして遊んでいるような少女時代を過ごしていました。

 なので、決して裕福な環境というわけではなかったけれども、それでも家族みんなでそれなりに楽しい毎日を過ごしていました。


 あの日までは。


 それは、丁度私が10代後半に差し掛かる頃。いつものように、家に帰るとお父さん、お母さんの元気がありません。どうしたのかなと思って、声をかけても二人とも何も答えてはくれません。いつもは陽気な二人のこんな姿は今までに見たことがなく、嫌な予感がしたことを今でもハッキリと覚えています。

 次の日、私たちの家に見知らぬ男が数名やって来ました。男たちは、土足で私たちの家に上がり込み、ジロジロと家中を見て回ります。怖くなった私は物陰に隠れ、いざとなったら自慢の足で逃げようと思っていました。まさか、こんなところで自慢の脚が役に立つなんて。。。

 男たちの、あまりの迫力に負けたのか、お父さんもお母さんもその場から動くことはできず、ただ嵐が過ぎるのを待つような状態です。男たちの物色は、終わることはなくついに私が隠れる物陰の前までやって来ました。


 怖い。怖い。怖い。


ただただ恐怖と戦いながら、嵐が過ぎ去るのを待っていましたがその時、


「見つけた」


その言葉を聞いた瞬間、気づけば私は逃げ出していました。


怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!


私は、なきながら家の玄関まで向かいます。いつもはすぐそこだった玄関が、永遠にも思うほど遠い。


あと少し!あともうちょっと!! 


玄関は目と鼻の先


ガッ!!


あっ!


あるはずもない壁にぶつかったかと思うと、

私は玄関にいたもう一人の男に取り押さえられてしまいました。


やめて!離して!!

誰か!誰か助けて!!


全力で抵抗する私ですが、男の力に敵うはずもなく、すぐに部屋の隅に追い込まれてしました。

私にはもうどうすることもできず、角を抑えられたオセロのように、これまでの私たちの世界がただバタバタと黒に染まっていくところを、眺める他ありませんでいた。


「芽衣〜!!」

「芽衣〜!!」


お父さんとお母さんが必死に叫ぶ私の名前は、徐々に、しかしただ確実に、変わりゆく黒い世界に、余りにも無力に吸い込まれていきました。私には、もう抵抗する力はほとんど残っていませんでした。


家の中に不気味な静けさが漂い出した頃、左手に何かを持った一人の男が家に入って来ました。ダイヤのピアスに金のネックレスや時計といったこの島には明らかに似つかわしくない姿をしたその男は、私を見つけ、


「ほ〜。この子か〜うちに来るんは。」


と言いながら、私のところに近寄り、一枚の紙切れを目の前に出して来ました。


「これが、ワシらとあんたとの契約書じゃ。これで今日からあんたはワシらのもの。きちんとその身体で働いてもらうけ〜の〜」


この状況で、こんなことを言われたら、流石の私も意味を理解してしまいました。

でも、なんなの。こんな紙切れ一枚で私の人生終わってしまうの。そう思うと何だか悔しくなり、契約書を飲み込んでやろうと口を開けたのですが、男にあと少しのところで気づかれてしまいました。

「お〜危ないの〜。あともうちょっとで食われてしも〜とこじゃった。危ない。危ない。しかし、この子は元気がええの〜よう稼いでくれそうじゃ!お前ら、丁重に扱えよ!!」


男は、ガハガハと笑いながら家を後にし、残ったのは、言葉では表現できないくらいの静寂さだけでした。


両親との別れの挨拶もできずに、私はそのまま男たちの車に乗せられてました。その時の様子がどうだったのか、どれくらいの時間がかかったのかなどは、何も覚えていません。ただ、覚えているのは、これから待つ新しい世界に対する恐怖を耐えていたことくらいです。


到着したその先には、そこそこに大きな宿舎のような建物があり、その中には女の子たちが数名いて、その様子からきっとこのたちも私と同じような境遇で、ここにいるんだろうなとわかりました。



2−2、アンナ


翌朝、私たちがいる宿舎に男がやって来ました。ダイヤのピアスに金のネックレスや時計。そう、あの男です。私たちは、恐怖で体が動かなくなり、後ずさりが精一杯でした。

しかし、男は一人ではなく、もう一人若い男と一緒に部屋に入って来ました。


「社長。この子たちが出るのはいつ頃からにしますか。」


「そうじゃの〜一度に全員は大変じゃろうから、一人ずつ試してみるかの〜」


「わかりました。では、適当に順を追って連れて行きます。」


「おう。じゃ〜後は任したけ〜の〜。」


男はガハガハと笑いながら、去って行きました。


「さて、最初は誰からかな。」


若い男は、私たちの顔を眺め、


「よし、じゃあ最初は、そこの君から!よろしく!」


選ばれたのは、私たちの中でも一番肌が白く綺麗な美人な子でした。

その肌の白さからか、ユキと名前を付けられたその子は、若い男とともに宿舎を後にしました。


その後、ユキはしばらく宿舎に帰って来ることはありませんでした。

残された私たちはと言うと、特に何かをさせられるわけでもなく、ただ朝起きて、朝昼晩の三食を食べて眠る。その毎日を過ごしていました。

時間を持て余していた残された私たちは、みんな年齢が近い子たちだったため、自然とそれぞれの話をするようになっていました。話を聞いていると、みんな私と同じような田舎育ちで、家族と平和に暮らしており、突然家族の元を引き離されたそうでした。

同じ境遇を持つ私たちは、会話で気をそらしながら毎日を消化して行きました。

そんな日が続いていた夜、ユキが宿舎に帰って来ました。帰って来たユキは何だか少し大人になったような感じがしました。ユキは部屋に入ると私たちの存在が見えていないかのように、前を通り過ぎ、一言の会話もかわすこと無くそのまま寝てしまいました。


私たちはお互い顔を見合わせました。


次は誰なのか。


翌日にはモモが、そしてその次にはミルクが若い男に連れ、そして、ついに私の順番がやってきてしまいました。そして、新しい名前を付けられました。


私の新しい名前は、


アンナ


私は、アンナ。


名前を付けられることで、自分の中で何かが変わるわけでも無く、例えるならただなんの痛みもないタトゥーを掘られたような感覚の中、運ばれること、数時間。車はある一定の舗装をされた道をゆっくりと走って行きました。

車の外を見るとそこはパラレルワールド。自分だけがどこか歪んだ別世界にいるような感覚がありました。

不思議なもので、一度別世界の住民となると、それまで感じて来た痛みや悲しみ。不安や恐怖といったことさえも、曖昧で意味をなさないようになり、時の流れ自体も明日に向かって流れているのか疑わしくなっていました。


車が止まり、若い男に降ろされた私は、薄暗く少し錆びついた扉の前に連れられて行きました(いや、連れられたのか。それすらも曖昧)。


大人たちの欲望で満たされた空気は、私の別世界になど関係なく侵入し、あっという間に塗り替えられて行きました。


扉の中には、はっきりとは分かりませんでしたが、男が数名おり、


彼らがいるその空間に、私は一人放り込まれました。。。




2-3、見知らぬ男


こっちでの生活がしばらくたった頃には、私たちは完全にこちらの世界の住人としての毎日を暮らしていました。こちらの世界での体験は、私たちに本来不要であるだろう男への警戒心を植え付けたとともに、生きるための強さのようなものを与えてくれました。もはや、怖いものなどないと言えるほどに。


そんなある日、私たちの社長のところに痩せ型で坊主のおじさんが現れました。そのおじさんは、あまり慣れた様子はなく、若い男の話を聞きながら、私たちの方を物色していました。背丈は170cmほどで、痩せ型の坊主頭。特に怖いと言う印象もないような人ではありましたが、何かを秘めているような感じはしました。そのおじさんは私たちをひと通り見学すると、奥にある社長の部屋へ入っていき社長と何かの話をしているようでした。私たちには何を話しているのかは全く分かりませんでしたが、社長とおじさんは楽しそうにしていたと思います。

一通り話が終わったのか、出されたコーヒーを一気に流し込み、おじさんは扉をあけて私たちの方へゆっくりと近づいて来ました。


「この子がええな〜」


おじさんの指が差したのは、そう。私。

私はおじさんに買われたのです。


そこからは、驚くほどに手際が良く、こちらが感嘆してしまうほどにことが進み、私はおじさんの車に乗せられていました。


当たり前ですが、車中での会話はなく、ひたすら車に揺られて過ごすのみでした。ただ、驚いたのが、ここに来る前よりも今の方が心が楽ということ。通常であれば、パニックになっても仕方がないと思うこの状況を受け入れてしまうあたりが、私がどれだけあの空間で心が壊れていたのかを物語っているようでした。


2回目の見慣れない地。広大な土地に一軒家があるここが、どうやら私が次に暮らす場所らしい。前とは打って変わってひとけがない。もしかして、私一人なの。とそれはそれで気が楽かもしれないと思い、家に近づくと、目の前には私より少し気の弱そうな青年が一人たたずんでいました。


彼はじっと私の方を見つめて来ます。その瞳にはこれまで出会って来た男のような雰囲気はありませんでしたが、実際にこれまで出会って来た男たち、それらの経験によって否応無しに生まれた男そのものへの警戒心は、私にはもうどうすることもできず、自分の身を守る、油断や隙を与えてはいけない、そのために私は彼を睨み続けることにしました。



「おう!紹介するわ!今日からお前の嫁になるアンナや!よろしく頼むで〜」


!!?


私はこの年下の彼と結婚させられていたのです。


ちょっと待って。


いきなり結婚!?


出会って数秒。互いの名前も性格もわからないまま夫婦となった私たちの生活はこうしてスタートしたのでした。


彼はとても優しい男性でした。途方に暮れている私を見かねて、野菜の収穫の仕方を教えてれますし、ご飯の際も私に遠慮をして先に食べさせてくれるのですが、やはり、過去のトラウマは私の警戒心を刺激し、そのせいで思わず彼に手をあげてしまいます。会話もうまく出来ない私は、ただ時間が経つのを待つばかりの日々を送っていました。


彼の優しやは、その後も変わることなく続けられました。そんな生活を送っていたせいか、私もかなり肉付きが良くなってしまったと反省するばかりです。


2-4、監視カメラ


彼女は、太った。明らかに、太った。毎日彼女を見ていると気がつかないが、出会った当初を思い出すとお腹周りが特にひどい。そりゃそうだ。旦那の分までご飯を横取りする生活を続けているのだから。


あ、気づかぬうちに自分のことを自分で旦那と言っている。

そんな変化に気がついた。そして、不思議と悪い気持ちはしなかった。


でも、彼女もまだ若いんだから、女を捨てないで欲しいと思っている僕の心配をよそに、アンナは今日も無口で、いつもと変わらぬ朝食を食べている。

朝食を食べ終え、アンナが畑に行こうと、立派になった体を動かすと、アンナのお腹が揺れた。


いや、揺れたというよりも動いた!


冷静になりもう一度アンナを見てみる。



ドクン


明らかに、アンナのお腹が動いている!

いや、正確にはアンナのお腹の中で何かが動いている!



そう。

僕は、年上、元ヤン、子持ちの女性と結婚していたのである。


 

3、僕の家族を紹介します


アンナの妊娠がわかった。

いや、わかってしまった。


初めての彼女であり嫁であるアンナ。

予想外すぎる事態に、動揺を隠せない僕は、ただ気を紛らわせるために日常生活をこなして心を落ち着けようとしていた。


でも、一番辛いのはアンナの方じゃないか?


本当の父親が誰かもわからない子供をお腹に宿し、そして見知らぬところで暮らさざるを得ないアンナこそ辛いに決まっている。


そう思うと、僕にできることはアンナにしてあげたいとう気持ちが芽生え、彼女をサポートしていく決意ができた。


それから、数ヶ月がたち、今朝からアンナの身体に異変が起こった。

きっともうすぐ生まれる。


僕らの経緯上、自宅出産しか選択肢はなかったが、むしろ今更病院に連れて行かれても差し障りがあるだけで、ここ自宅が何より安心安全な場所だと思っている。


時間を追うごとにアンナの呼吸も激しさを増す。


がんばれアンナ!

がんばってくれアンナ!!


声には出せない気持ちを心で叫ぶ。



産まれるー!!



ボトン



赤ちゃんが産まれた音と同時に、

天使のような赤ちゃんの産声が私たちの耳に届けられた。




「メェ〜!!」

種子島で一人で村開拓を行っている人物おじさんの話を基に描いています。

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