『好き』とテスト勉強 2日目
1学期中間テストまで、残り13日
目が覚めると、窓から春朝の明るい日差しが差し込んでいた。
目を擦りながら、体を起こすと制服のままだった。口のなかも気持ち悪い。おそらく風呂にも入らず、歯も磨かずにもう1人の僕は寝たんだろう。
制服のポケットからスマホを取り出して時間を確認すると6時前だった。
意識がはっきりとし、ようやく昨日の出来事がスラスラと頭の中に入ってくる。
テスト週間になって部活がなくなったこと。ファミレスでみんなと勉強をしたこと。ヒナと2人で帰ったこと。
『お前も、自分の感情に従って行動しろ』
何故もう1人の僕がそう思ったのか、記憶を辿る。
『物事には必ず理由がある』と何かの本で読んだ事がある。
自分が思ったこと、考えたこと、言ったことには必ず理由が存在する。それを1番理解しているのは自分自身なはずだ。
数秒目を閉じて考えて、ようやく解が見つかった。
『恐怖』によってもう1人の僕は、このような解を導き出した。
今まで僕も、もう1人の僕も自分勝手な言動や感情を持たなかった。『好き』という感情に関しては特にだ。
だが、あのお爺ちゃん先生の言ってる事が間違っていない限り、3年もしないうちにどちらか1人はこの世を去る。
それが僕か、もう1人の僕かはまだわからない。まだというより、結果が出てから初めてわかる。
可笑しな話だ。
僕と、もう1人の僕は伝えたいことを記憶に強く残して会話のような交換日記のような事をたまにする。ただ会話が成り立っているとは言えない。一方的に伝えてるだけだ。
僕はベッドから降りて洗面所に向かう。どうやらもう1人の僕は昨日、風呂にも入らず、歯も磨かず、服も着替えずに寝てしまったらしい。
洗面所についた僕は棚から下着とタオルを出して、シャワーを浴びる。
僕の家には、今僕以外には誰も居ない。兄弟はいないし、お父さんとは小学校に入学する時を最後に会っていない為、あまり記憶に残っていない。
お母さんは、最近話題になっている働く女性の1人でバリバリ働いている。だから家に帰ってくるのは年に数回だ。
そんな特別な家庭にいる為か、両隣の幼馴染み一家がいつも助けてくれる。
ご飯も1週間に半分くらいは分けてくれるし、風邪を引いた時は家事全般をやってくれる。
いつも助けられているわけにも行けないので、ご飯を作ったり、洗濯をしたりと僕なりに努力はしているつもりだ。
シャワーを浴び、タオルで体を拭いた後に制服を着る。
5月下旬は早朝と夜は少し寒いので夏服を着るか冬服を着るか迷う時期だ。
だが夜に出かけることもないので夏服を着ることにした。
まだ登校する時間ではないので、台所に行きトースターに食パンを1枚入れる。
少食なので朝からあまり食べることはできない。だから朝食は食パン1枚とカフェオレ1杯で済ましている。コーヒーが飲めないわけではないが、牛乳を取りたいのでカフェオレにしている。
食パンをトースターに入れている間に、冷蔵庫から牛乳とペットボトルに入ったコーヒーを出す。
割合は特に決めていない。その時の気分によって変える。今日はコーヒーを多めに入れておいた。
冷蔵庫に戻すと、ちょうどトースターの音が鳴った。
出来上がった食パンを皿に乗せて、机に向かう。
テレビでニュースを見ながら食べるのが僕の朝のルーティーンだ。テレビの右下には6時30分の文字があった。
いつもより時間があるが昨夜、帰ってくると同時に寝てしまったので勉強をしていない。ゆっくりとしていたいが、勉強をしたほうがよさそうだ。
食パンの食べかすが乗った皿と底に少し色がついたマグカップを水につけて、勉強をするために自分の部屋に向かう。
階段を上っていると外からチュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえてくる。
自分の部屋のドアを開けると、正面にある窓からヒナの横顔が見えた。
僕の部屋とヒナの部屋は隣という表現はおかしいがとても近くにある。それも窓と窓が同じ位置にあるから互いの部屋が見えてしまう。カーテンを閉めれば見えないが、朝起きると窓を開ける習慣がお互いにあるので朝はカーテンがない。
どうやらヒナの着ている服が制服なので結構前に起きたようだ。
「ヒナおはよう」と挨拶すると気付いたようで目があった。
数秒見つめあっていたのだろうか、僕とヒナは固まったままその場を動かなかった。
急に恥ずかしくなり、僕は顔背ける。
横目でヒナの方を見るとヒナの姿は見えなかった。
顔がまだ赤く、熱いことが伝わってくる。
いつからだろうか、ヒナと目があったりするとよく顔が熱くなる。ヒナも僕と目が合うと顔が熱くなったりする。それが何故かはわからない。
昨日は英語の勉強をしたので、今からは日本史の勉強を始める。
正直、日本史は暗記だと思っているので勉強とは考えていない。詰め込んだ分だけ点になる教科だ。満点を狙うのなら教科書や資料集を読み込まないといけないが、苦手な英語と国語があるのでそんな悠長なことはしていられない。
30分くらいしか時間がなかったので、人物の名前をマトメルだけで終わってしまった。
鞄に教材を詰めて、玄関を出ると青葉が立っていた。
外はまだ少し肌寒いように感じるが、さらに太陽が輝いているのでもう少しすると半袖でも暑く感じるだろう。
僕は玄関の前に他の2人が集まってから一緒に学校に行く。昔からのなのでもう慣れている。
もう1人の僕は、西端高校に通うようになってから1人で先に行くようになった。青葉やヒナが追いついたら一緒に行くという形だ。何故そうなったかは——くだらない理由だ。
「青葉おはよう」
僕は毎日挨拶を欠かさずにする。特に青葉には絶対にするようにしている。
青葉は僕の奇病のことを知っている為、負担をかけている。だから青葉への感謝は忘れてはいけない。挨拶は感謝のうちに入るかはわからないが、やって損ではないと考えている。
「アッキーおはよう」
青葉が僕に挨拶を返すと右の方からドアの開く音がした。
「アッキー、青葉、おはよ〜」
肩の上まで伸びた新雪のような真っ白で艶のある綺麗な髪を揺らしながら、ヒナは僕と青葉に近づいてくる。
「ヒナおはよう」
青葉はヒナに挨拶を返す。
ヒナが近くまで来た為か白檀とジャスミンを混ぜたような芳しい香りが春の風にのって流れてくる。
その匂いに取り憑かれていたのか思わずぼーっとしてしまった。
最近、ぼーっとしてしまうことがよくある。それもヒナが相手の時だけだ。
「アッキーぼーっとしてどうしたの?」
自然と、僕より背が低いヒナが上目遣いで顔を覗いてくる。
僕は手の甲を口に当てて視線を逸らす。
「お、おはようヒナ。ち、ちょっと考え事してただけだよ……」
「そっか。じゃあ行こうか!」
今日も3人で横一列に並んで学校に向かう。幼稚園、小学校、中学校、それに高校。毎日同じように歩いている。最近は2日に一回だけれど……
だがそんな当たり前の毎日も、あと2年半で終わるかもしれない。
何事もなかったかのように終わるかもしれない。
もしかしたらもう1人の僕が何事もなかったかのように終わるかもしれない。
誰にも観測されずに消えるかもしれない。
もしかしたらもう1人の僕が誰にも観測されずに消えるかもしれない。
——だから僕は、こんな日常を大切にして生きていく。
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教室では昨日と同様、朝からほとんどの人が椅子に座って勉強をしていた。
テストが始まるまであと13日。まだ時間はあると考えていると足元を掬われてしまう。時間は有限だ。
「ヒナ今日も勉強教えて欲しいから、ヒナの家にアッキーは来れる?」
『どうして僕にだけ聞くの?』と返してしまいそうになったが質問の答えとなっていないので心の中で止める。断る理由も見当たらないので「僕は行けるよ」と答えた。
そうするとヒナは喜んだのか、少し微笑んだ。
その表情を見て思わずドキッとしてしまう。
「青葉も来れる?」
ヒナが青葉に問う。
「オレは葵の家で教える予定があるから今日は無理だな。悪いな、また今度誘ってくれ」
青葉は「葵のところに行ってくる」と言い何処かに消えてしまった。
「じゃあ今日は2人かな?」
僕がヒナの方を向くとヒナの白い頬が少し赤くなっていた。
「そっか、今日は2人《《きり》》か……」
ヒナは僕との2人きりは嫌なのだろうか。少しショックだな……少し心がモヤモヤするし。
「ヒナおはよ〜」
僕の低い気分にマイナスをかけたかのように宮垣さんの気分は高そうだ。
「昨日は楽しかったよ〜!もしよかったらさ、今日も勉強会しない?」
「「え?!」」
僕も思わず驚いてしまう。
「さすがに2日連続はあかんかったよね」
宮垣さんが言う『あかん』とは『ダメ』という意味の名古屋弁だ。
「2日連続でもいいよ……ただ……」
「ヒナはいいけど、他の人がどういうか……」
ヒナが僕と2人きりが嫌なら宮垣さんもいた方がいいのでは?と僕は考える。
「……アッキーはどう?」
どこかデジャブを感じるやり取りだ。僕は宮垣さんとあまり話した事がなく、気まずくなりそうだ。だがヒナにとっては宮垣さんがいた方が良いだろう。
「ヒナがいいなら、僕もいいよ」
「ヒナ、矢加部くんありがとう!」
宮垣さんは笑顔になり喜んでいる表情をしている。
一方でヒナの顔には昨日と同様に少し影かかっている。
もしかして僕がいること自体が嫌なのか?そしたら毎日嫌な思いさせてることになるぞ。
思えば、高校生になったくらいからヒナの態度がよそよそしい。青葉やその他の人に対しては普通だが僕にだけは違う態度をとっている気がする。
「それじゃあHRが始まるからまたあとでね」
宮垣さんは自分の席に向かって行った。
「ヒナ、少しいい?」
「いいけど、急にどうしたの?」
「ヒナってさ、僕のこと嫌い?……その一緒にいたくないとか思ってたりする?」
僕は思い切って聞いてみた。
少し待つと答えが返ってきた。
「嫌いなわけないじゃん!むしろ一緒にいたいよ!」
声を少し荒上げてヒナは僕にそう言った。
「ごめん。変なこと聞いちゃって……」
気まずくなり、沈黙が続く。
『むしろ一緒にいたいよ!』とはどういう意味なのだろうか?僕にはわからないが、そう言われて少し安心した。
その時ガラガラ、と教室のドアが開かれた。
「HRを始めるので、立っている生徒は席に座ってください」
丁度良いタイミングで春日井先生が入ってきた。
自然に席戻れたところでHRが始まる。
「テスト週間になって2日目となりました。今日も一日頑張っていきましょう」
定型文となりつつ事を言い終え、級長が、号令をかける。
「起立!気をつけ!礼!」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
深々と下げた頭を上げてからトイレに行くことにした。
後ろのドアに行こうとすると、目の前に消しゴムが転がってきた。
足元まで来たのでそれを拾い上げると、「拾ってくれてありがとう!」と声が聞こえる。
聞き覚えのある声。
声の持ち主は宮垣さんだった。
拾った消しゴムを手渡すと「じゃあ、またね」と言い教室を出て行ってしまった。
僕もその後を追うように教室を出て、トイレへと向かった。
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授業や掃除の時間も終わり放課後となった。
鞄のチャックを閉め終わったところで、ヒナが近づいてきた。
「行こっか」
僕とヒナの2人ならヒナの家で教える予定だったが、宮垣さんが加わったことによって昨日と同じファミレスに行く事となった。
僕とヒナは宮垣さんの席に向かう。
「桜、早く行こ〜」
朝は少し表情が暗かったが、今となってはいつも通り明るい表情だ。
「うん!」と宮垣さんは言い、ヒナと話し始めたので僕は先に教室を出た。
教室を出たとき、ヒナと宮垣さんを隣同士で歩かせるために僕は壁に沿って歩こうとした。
そこまでは良かった。だが、僕の次に教室から出てきたヒナは僕と少し間が空いている壁との隙間に入り込んできた。
ヒナは壁沿いに歩きたいのかな?と思った僕は宮垣さんがヒナの隣で歩くためのスペースを作るために、ヒナから少し距離をとった。
こうすると、宮垣さんが僕とヒナの間で歩くか、ヒナが僕に近づいて、ヒナと壁の間を歩くかを選ぶことができる。
ヒナとほぼ同時に教室から出てきた宮垣さんは予想外の行動を取った。
宮垣さんはヒナの隣ではなく、僕の右側にやってきた。
左から、壁、ヒナ、僕、宮垣さんというよくわからない順となってしまった。
少し廊下を歩いて階段まで来ると、昨日と同様、生徒玄関までの階段は多くの生徒で混雑していて、一段降りるのにも時間を要しそうだ。
「やっぱり混んでるね」
僕の左側に立っているヒナが、小さな声で言う。
「そうだね〜」
ヒナの小さな声に反応したのは僕の右側に立っている宮垣さんだ。
宮垣さんが僕の右側に来た理由がさっぱりわからない。
もしかして宮垣さんは最近はやりの『チョロイン』ってやつなのか?主人公の些細な理由で惚れるチョロいヒロインと何処かで聞いたことがあるような気がする。
そう考えると、今日のHRのあとに消しゴム拾ったくらいだろうか。
そんな冗談は置いたとして、本当に理由がわからない。
ヒナのことを好んでいないから?それだったら勉強会に誘わないはずだ。
それとも道の真ん中を歩きたいから?それだと納得がいくが道の真ん中を歩きたいなんていう変人ではないはずだ。
ヒナが一段降りるとそれを見た宮垣さんが僕の右側に来た理由を考えている僕も降りる、ヒナがもう一段降りると僕も降りる、というのを繰り返していると気づかないうちに生徒玄関まで来ていた。
「「駅前のファミレスまで〜いざ出発!」」
2人で楽しそうに会話をしている。やはりヒナは朝のような少し影がかかったような暗い表情より明るい表情がよく似合う。
昔からヒナと一緒にいるが、笑っているときの顔が一番好きだ。
ヒナと宮垣さんは既にローファーを履いており、外に出ている。
宮垣さんの横にいるヒナが、口角が上がった可愛らしい顔をまだ下駄箱にいる僕に向けながら言う。
「アッキーも早く行くよ!」
「うん。いま行くよ」と僕は、聞こえるか聞こえないかわからない声量で返事をする。
ちょっとだけサイズの大きいローファーを履き、生徒玄関と外との間にあるたくさんの人に踏まれて汚れている線のような物を僕は大きく跨いだ。
生徒玄関以降はヒナと宮垣さんが隣同士で歩いていて僕は後ろから見守るだけだった。
そのため、ファミレスまでの道のりは長く感じられた。
昨日、もう1人の僕が来た時よりと同じくらい客がいた。
先まで案内された店員は昨日とは別の人だった。
席は案内されず、『お好きな席へとどうぞ』と言われたので昨日と同じ席にした。
昨日は席順で迷ったが、今日は迷う必要がない。
僕が1人で座って、向かいにヒナと宮垣さんが座れば良い。
僕は手前側の席に座る。
予想通り、ヒナと宮垣さんは向かい側の席に座った。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びくださいませ」
マニュアル通りの言葉をいいながら一礼をして店員はバックヤードの方へと去って行った。
「今日は青葉もいないし、ゆっくりやろ〜う」
とヒナは言っているが、勉強会の意味はあるのだろうか?それなら僕が来る意味——
今思えばもう1人の僕は勉強を教えていない気がする。根気がどうとか言ってたような……
「それじゃあ勉強会の意味がないよ。せめてパフェ食べた後は真剣にやろ!」
宮垣さんはパフェが食べたいようだ。
僕の近くにあった『春のフルーツフェア』と書いてあるのを宮垣さんの方に出すと、「矢加部くん、ありがとう!」と宮垣さんは言い、受け取ってくれた。
僕は特に食べたいものがないので、ドリンクバーだけにしておいた。
ヒナと宮垣さんは苺のパフェを食べるようだ。
僕は注文した後、ドリンクバーコーナーに行った。
このチェーン店のドリンクバーコーナーは種類が多いので何にするか迷う所。
手を顎に当てて考えていると、宮垣さんもやって来た。
「矢加部くんはどれにするの?私は甘いもの食べるから苦い飲み物にするんだ」
僕にとってはどうでもいい情報を宮垣さんは伝えてくる。
「じゃあ僕はコーヒーにします」
僕はヒナと青葉以外の同級生には敬語で話す。理由は簡単で、親しい人がいないからだ。所謂『ぼっち』というやつかもしれない。
アイスかホットで迷ったが、まだ外は暑いのでアイスにした。
少し汚れているガラスのコップを手に取り、氷を入れた後、所定の位置に置き、『アイスコーヒー』と書かれているボタンを押す。
「矢加部くんってコーヒー飲めるんだ。凄いね」
「別に凄くないと思いますけど」
コーヒーが飲める人なんて日本人だけで数千万人といる。それが凄いわけがない。
「じゃあ、私はココアにしようかな〜」
『私は甘いもの食べるから苦い飲み物にするんだ』と数十秒前には言っていたのにもかかわらず甘いココアを選ぶ思考回路が僕にはさっぱりわからない。
が、そのような事をあまり話したことがない人に言うのは失礼だ。
僕は「いいんじゃないですか?パフェと合いそうですし」と適当に言うと、
「やっぱり合うと思うよね!それなのにヒナは絶対に合わないとか言うんだよ!矢加部くんもひどいと思わない?」
どうやらヒナは僕と同意見のようだ。ひどいのはヒナではなく、宮垣さんの舌だと思う。
「そうかもしれないですね。じゃあ僕は先に戻ります」
テーブルに戻ると、ヒナが両手を顎に当てて待っていた。
「アッキー聞いてよ!桜がココアは苦い飲み物って言い出したんだよ!それでパフェに———」
ヒナが色々と僕に向けて喋り始めてきた。昔からヒナが1人で話すのをゆっくりと聞くのが僕は好きだ。
安心感というか、和むというか、穏やかな気持ちになるというか……口に出して説明するのは難しい。取り敢えずヒナの話を聞くのは好きだ。
ヒナの話を数分ほど聞いていると、宮垣さんが戻ってきた。
「遅れてごめんね。なんか機械が壊れてたみたいで時間かかっちゃった」
宮垣さんの右手にはココアがあった。どうやら本当にパフェとココアが合うと考えているらしい。
まあ他人の感性を否定するつもりは更々ないため、どうでもいいが。
「お待たせしました。春限定、イチゴたっぷりパフェです」
タイミングよくパフェが2つやってきた。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか。ごゆっくりお過ごしください」
昨日の店員に比べて、今日は普通の人だった。
目の前ではイチゴがたくさん乗った大きなパフェが2つ。メニューを見て想像したものよりだいぶ大きかった。
「それじゃあ食べよーう!」
とヒナが言い出したのを皮切りに物の数分で食べ切ってしまった。
「ヒナって好きな人とかいるの?」
と宮垣さんがいうとヒナは驚いたのか少し咽せている。
「え?!好きな人かー。いるって言えばいるかな?」
こんな会話を果たして僕は聞いていいのかと思ってしまう。
「それってどんな人?」
宮垣さんはさらに聞く。
「うーん。それより好きってのがまだどんなのかわからないんだよね。それが『好き』っていう感情であってるのかどうかわからないってかんじかな」
とヒナは答えた。
「『好き』っていうのはね、その人と一緒にいると穏やかな気持ちになったり、その人の笑顔を見ると自分も笑顔にって、その人が暗い顔をすると自分も暗い気持ちになったりすること」
「あとは、その人が別の女の子と話してたり、その人に嫌なこと言われたり、嫌いだと思われてると心がモヤモヤしたりする、かな?」
宮垣さんは「あくまでも持論だけどね」と付け足した。
「それでヒナの好きな人ってどんな人なの?」
「名前は言わないけど、その人は桜も知ってる人だよ。勉強は真ん中くらいの成績で、運動はできる方かな。特にイケメンってわけでもないけど、優しいし、一緒にいると安心するんだ」
ヒナが言う『その人』が誰か僕にはわからない。
ただ僕の心はモヤモヤしている。少しではなく、もの凄く。
それに『その人』のことを考えると無性にイライラする。
「ヒナ、それは『好き』を通り越して恋だよ恋!ヒナも乙女なんだね〜」
と宮垣さんは話しているが僕の意識は2人の会話ではなく頭の中にある。
宮垣さんの言っていた、
その人と一緒にいると穏やかな気持ちになる。
その人の笑顔を見ると自分も笑顔になる。
その人が暗い顔をすると自分も暗い気持ちになる。
その人が別の女子と話すと心がモヤモヤする。
その人に嫌いだと思われてると心がモヤモヤしたり————
ようやく理解できたのかもしれない。
僕は
ヒナが好きだ。
モヤモヤしていた原因の正体もようやく理解できた。
昨日、もう1人の僕が『好き』と言う感情を認めたからこの気持ちに気付いたかもしれない。
僕は昔からヒナのことを親友、いや家族のようだと《《思っていた》》。
だがそれは違った。
僕は昔からヒナのことを家族のようだと《《思い込ませていた》》。『好き』という感情を認めないように。その感情を気付かせないように自分自身を騙していた。
ヒナと一緒にいたり、話を聞くと僕は穏やかな気持ちになる。
ヒナの笑顔を見ると僕も嬉しくなって思わず笑みが溢れる。
ヒナが暗い顔をすると僕もネガティブな気持ちになる。
ヒナが他の男子と話したり、他の男子のことを話すと心がモヤモヤしたりする。
ヒナが僕のことを嫌っていると考えるだけで心がモヤモヤする。
全部当てはまる。宮垣さんの持論だったとしても、一般的な論だったとしても、そうじゃなかったとしても、そんな小さな事を僕は厭わない。
もう僕は認める。ヒナのことが好きだ。初めての恋、初恋の相手はヒナだ。
いつから好きだったかはわからない。なぜ好きになったのかなんてもっとわからない。頭で理解することなんて一生無理だ。
頭で理解なんてしなくていい。感情で理解すればいい。
もう1人の僕《《も》》認めた感情『好き』。
15歳、高校生になってようやく知った感情。
けれどもこの感情を知り続けるのはあと3年もないかもしれない。
if、もし3年ではなく、5年、10年、30年、死ぬまでと知り続けたらどれだけの幸せなことなのだろうか。
『好き』、それは片想い、両想いと2つある。
僕のは片想いだ。
片想いのままこの世から存在が消えるのはどれだけ哀れなことなのだろうか。
片想いの気持ちを伝えられずに消えることはもっと哀れで、残酷で、虚しいことだ。
共有財産であるはずなのに、もう1人の僕は許可した。
『お前も、自分の感情に従って行動しろ』
なら、
僕は18歳の誕生日までにヒナにこの気持ちを伝える。
『お前《《も》》、自分の感情に従って行動しろ』
もう1人の僕が許可したからにはそうさせてもらう。
どんな結果が得られようと僕はヒナに伝える。伝えられないのが最悪の結果だ。
だがもう1人の僕は『《《も》》』と言った。つまり彼も自分自身の感情に従って行動するということだ。
だから僕も許可する。
『君も、自分の感情に従って行動していい』
と僕は言葉を記憶に深く刻む。
や……くん、ア……!
やか…くん!、「アッキー!」
「アッキー!さっきから話しかけてるのにどうしたの?」
目の前にはヒナの左右に揺れた手があった。
「ごめんごめん、ちょっと考え事してた」
「朝もこんな事なかった?心配するんだからやめてよ」
ヒナは溜息のようなものを吐き、手を引っ込めた。
『心配するんだからやめてよ』
その一言が僕はとても嬉しく感じてしまう。
ヒナが僕のことを気にかけてくれている、と。
病気のよう思える思考だが嬉しいものは嬉しいので仕方がない。
「ああ、これからは《《心配かけないように》》気をつけるよ」
僕がそう言うと、夕焼けに照らされたのか、ヒナの頬が少し赤くなるのが見えた。
その後は、宮垣さんがヒナに数学を教える予定だったが、勉強関連の事は何もせず、ずっと2人で会話をしていた。反対側の席に座っている僕は1人で日本史の勉強をして2回目の勉強会は幕を下ろした。
帰り道、宮垣さんが1人になってしまうので僕とヒナで駅まで送っていくことにした。
「矢加部くんもヒナも反対方向なのにありがとう」
どうして『矢加部くんもヒナも』と言うのだろう。
普通、僕よりも親しいヒナを先に呼ぶと思うのだが。
「宮垣さんはどうして僕、ヒナ、の順番で言うんですか?普通の人ならヒナ、僕って順番だと思うんだけど」
僕は聞いてみた。
「それはね、私が矢加部くんのことが好きだからだよ〜」
「「え?!」」
宮垣さんが僕のことを好き?どういうことなんだ?ヒナまで驚いている。
「もちろん、嘘だよ」
「だと思ったよ。桜がアッキーのこと好きなわけないもんね」
と、ヒナが宮垣さんに言っている。それはそれで傷つく。
そんな冗談もあり、すぐに駅まで着いた。
「じゃあまた明日、学校でね!バイバーイ」
宮垣さんはホームの奥へと消えていった。
「それじゃあ帰ろっか」
ヒナは僕の方を向き、笑顔で「うん!」と答えた。
やはり僕はヒナの笑顔が大好きだ。
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僕は彼女が大好きだが愛してなどいない。一方彼女は僕を熱烈に愛しているがそれほど好きではない。 byオスカー・ワイルド